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リアクション
6.お店らしく。
「こんにちは」
グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)の手を引いて、沢渡 真言(さわたり・まこと)は久し振りにそのドアをくぐった。
前に訪れた時と変わらず、店主であるリンスは椅子に座っていた。前と違うと言えば、今日は静かなことだろうか。
「お久しぶりです」
「久しぶり。あの人形のことだよね?」
はい、と真言が頷くと、リンスが立ち上がった。いくつもある棚の前まで迷うことなく行って、そこから執事人形を取り出して。
ささっと軽くラッピングをしてから、
「どうぞ」
と手渡された。
両手で抱き締められるサイズの、愛らしい、けれど凛々しく静かな顔をした執事人形。
「ありがとうございます」
きゅ、と人形を抱いて笑うと、「どういたしまして」少し柔らかい声で返された。
「そうだ。これ、クリスマスプレゼントです」
お礼も兼ねて用意しておいたそれを手渡すと、「開けてもいい?」と問われた。どうぞと頷いて、披かれていくのをじっと見る。
「……あ。櫛」
中身は、鼈甲の櫛。
「髪が長いですから」
リンスもだけれど、あの人形の少女――クロエも。
「使ってやってください」
「ありがとう」
ふと、グランが真言の手を離れている事に気付く。
工房を見回すと、彼女はリンスが真言の人形を取り出した棚の前で、じっと立っていた。
――用事があるのでしょうか?
荷物持ちとして連れて来ていたマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)に視線をうつす。両手に荷物を持ったマーリンは、くい、と顎で工房の入口を指した。
先に帰ろう、ということだろう。
「グラン、私達は先に帰ります。迷惑のないように、それから気をつけて返ってくること」
「ん」
頷いたのを見てから、工房を後にした。
「いいの?」
真言とマーリンの姿が見えなくなってから、リンスがグランに問いかけた。
問われたグランは、「ん」とまた小さく頷く。
「いい。主、マーリン、一緒。しあわせ。それがいい」
「そう。じゃあ、そんなグリモアにも、しあわせのお人形」
グランの横にリンスが立ち、屈んで下の戸を開ける。
しあわせのお人形。
その言葉に期待せざるを得ない。
無意識に胸に手を当てて、人形を待つと、
「はい」
願っていた通り。期待していた通りの、お人形。
主を、真言を模したお人形。
「本当に、そっくり。びっくり」
「そう? よかった」
きゅぅ、と抱き締める。すっぽり両手に収まるサイズ。小さい。可愛い。嬉しい。
「……お人形、しあわせ」
小さく言ってから、思った。
――主も今頃、しあわせ?
帰路を歩く最中。
「――というわけです」
マーリンは、真言の相談を聞いていた。
今年起きた、様々な事。
建国だったり、契約だったり。
それらは多かれ少なかれ誰かの何かに影響して、だから来年にも影響して。
「もっと頑張らなければいけません」
真言はそう、拳を握った。
「たまには休めよ?」
と言っておかないと、頑張りすぎそうな彼女なので。
マーリンは、よくよくそう投げかける。
――それで素直に休む奴なら苦労しないけど。
「わかってますよ」
やれやれという思い半分、こいつらしいという思い半分に息を吐き、
「真言、ちょっと荷物持ってて」
「え?」
「で、立ち止まる。そう、動かない」
「な、なんですかっ」
「目も閉じてー」
「何しようと思ってるんです!? ちょっとマーリン!」
「目を閉じないとされることをずっと見ていないといけなくなるけど?」
「う……」
言うことに従って目を閉じた真言に、いいこいいこと頭を撫でてから。
そのまますっと髪を梳く。梳くと言うより、かき上げて耳を露出させる。冷気を感じて、「ひゃ、」と声をあげるが気にしない。
そして露わになった右耳に、誓いのイヤリングを付けた。
自分には、左耳分を。
「もういいぞ」
そう言うと、おそるおそる、真言が目を開ける。
「何したんですか」
「ん? お揃い」
「お揃いって、」
「キスでもしておいた方がよかったか?」
「なっ!? 誰がそんなこと望みますか!」
「望まないんだ?」
「や、え、あの、……の、……言えるわけないでしょうがっ!」
顔を赤くして、荷物をマーリンに押し付けて。
歩く真言の背を見ながら、小さく笑った。
家に帰ったら気付くかな。
気付いたら驚くかな。
そうしたら言ってやろう。
いつだって傍に居ることを誓う、って。
*...***...*
「トナカイさーまとサンタさまー」
橘 舞(たちばな・まい)の前を、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が歌を口ずさみながら悠々と歩く。
向かう先は人形工房で、目的はブリジットが依頼した人形の受け取り。それと、新作カエルパイの販売である。前回の人の入り様を見ていた限り、ここなら売れる! と踏んだらしい。
舞も何か力になれたら、と売り子さんを手伝うつもりで居て、サンタの衣装を着用していた。もっとも、外だと人目につく上寒いので、上からコートを着ていたが。
「きょーおは楽しいクリスマスー、っと」
ブリジットの歌が一段落したところで、
「たわけ、そんな曲がどこにあるのじゃ」
金 仙姫(きむ・そに)がツッコミを入れた。
「でもどこかで聴いたメロディですよ?」
「ひな祭りの節じゃからの……」
「いいじゃない、折衷折衷」
「折衷にも程があるわ、アホブリ」
まったくいい加減な、といつも通りに口喧嘩が始まりそうになった時、見えてきた人形工房。
珍しく、喧嘩を忘れてブリジットが急ぎ足になった。
「楽しみなんですかね?」
「それよりもクリスマス商戦を勝ち抜けることが頭にありそうじゃのぉ」
そんな話を仙姫としながら、ブリジットの後を追いかけ工房に入った。
ブリジットの依頼は、ケロッPカエルパイのイメージキャラの人形化。
可愛い系のカエルで、名前はケロッピちゃん。
以上、発注内容。
「……あれが、こうなるとはね……」
全体的に丸みをおびた頭。
大きなまんまるい目と、口角の上がった愛らしい顔立ち。
ゆるんと投げ出された手足。
黄緑色の短毛ボア生地の手触りは良く、中に詰められているの綿の量も素晴らしい。硬すぎず柔らかすぎず、思わずむにむにしたくなってしまう。
「どう?」
「可愛いわ。さすがね」
これならクリスマス商戦もイケる。新年初売りもきっと大丈夫。バレンタインには色違いのケロッピちゃんを作ってもらって、衣装も付けてやって、キャッチコピーを躍らせれば、
「うん、イケる」
これなら消費者受けするだろう。カエルパイのパッケージにプリントしてもいいかもしれない。
「やっぱりイメージキャラって大切ね」
改めてそう思った。
それからサンタ服を着たクロエと並んで売り子準備ばっちりの舞へとケロッピちゃんを手渡す。
「わあ、こうなったんですか? 可愛い〜、あ、柔らかい。むにむに気持ちいい〜」
「ほんとう? ねぇねぇまいおねぇちゃん、わたしもさわりたい!」
「はい、どうぞ。……あ、クロエちゃんが抱っこしてると可愛いですね、ケロッピちゃん」
ケロッピを抱くクロエを見ると、なるほど確かに愛らしい。
そこでブリジットは思いつく。
「ねえクロエ、そのまま『ケロッPカエルパイいかがですか?』って言って御覧なさい」
「けろっぴーかえるぱい、いかがですかー?」
「うん、可愛い。採用。お手伝いよろしくね?」
「はぁい!」
「やれやれ、人様の娘子をこき使いおって」
ブリジットを見て、仙姫は息を吐いた。
「すまんの、アホブリが」
「いいんじゃない? クロエも楽しそうだから」
経験は積んでおいて損はないからね、とリンスは言った。前向きな考えをするな、とその顔を見る。
と、ブリジットが戻ってきた。
ずいっ、と箱を差し出す。
「お礼」
そして、端的に一言。
「クリスマス限定ケロッPカエルパイよ。『ひとつひとつ丹念に作られた気品に満ちた味わいの焼き菓子をホワイトチョコで優しく包みました』」
うたい文句をさらさらと暗唱し、早く受け取りなさいよとぐいぐい。
「どうも。……いいの、もらっちゃって」
「お礼なんだからもらってくれないと困るわよ」
相変わらず強引な奴じゃ、と思いつつ、受け取るのを眺める。
「のう、ブリジット」
「何よ」
舞やクロエも、そしてブリジットも紅白のサンタ衣装を着ているが。
「その服……実際には本来のクリスマスとは関係ないものよのぉ。
そもそもクリスマスの由来は、」
「長い」
なんと。
この金剛山の女仙たる仙姫のためになる話を、『長い』の三文字で叩き斬るとは。
「……まあ、ハロウィンもやっておったしのぉ。これこそ折衷、おそらく正月は餅やおせちを食べるのであろ?」
「当然よ。いろいろ楽しんでこその人生。折衷上等だわ。
というわけで、仙姫も向こうで客引きの歌でも歌ってきて」
その上利用するとは。
釈然としないけれど、せっかくの宴の日。それにブリジットの言うとおり楽しんでこその人生である。
「わらわはわらわなりに楽しませてもらうとするかの」
楽しまねば損である。
時期的に、讃美歌でも歌おうか。大人しすぎて、客引きには向いていないかもしれないが。
いやそれ以前に、
「わらわの歌に魅了されてパイを食べるどころではなくなるかもしれぬがな?」
くすくす、悪戯っぽく笑って、舞の隣に並んだ。
ケロッPカエルパイの売れ行きは好調である。
人形を買っていく客が、そちらにも目を止めるのだ。そして、買って行く。ブリジットが「私の考えに間違いはなかったわ」と誇らしそうに笑っているのが微笑ましい。
舞は、そろそろかな、とクロエを見た。クロエはすぐに視線に気付き、「なぁに?」と首を傾げる。
「クロエちゃんにプレゼントがあるんですよ」
「ぷれぜんと? どうして?」
「クロエちゃんが良い子だからです」
私がサンタさんだからです、と言っても面白そうだったが、純粋なる少女に嘘をつくのも嫌なので、そこは正直に。
クロエは変わらず、きょとんとしていた。
「クリスマスですしね。良い子にしてるとプレゼントがもらえるんですよ」
言いながら、ふわり、ドレスをクロエの身体にあてがった。サイズを確かめるように。
「うん、丁度良さそうですね」
派手過ぎない、淡いピンクのドレス。ふんわりとドレープを寄せたバルーンスカート。ふんだんにあしらわれた白いフリル。
「おひめさまみたい」
「肩のコサージュは取り外しが可能で、ウエストは紐を結んで調節するんです。
……うん、こうして見てるだけでも可愛いなあ。着たらもっと可愛いんだろうなあ……」
「きてもいいの?」
「当然ですよ。だってこれはクロエちゃんに用意したプレゼントですから」
「じゃあ、きたい!」
そう言って、きゃぁきゃぁ喜ぶクロエ。
着付けてあげるのは構わないのだけど、そうするとカエルパイの売り子が居なくなってしまう。仙姫だけではちょっと不安だ。
「着せてあげなさいよ」
ほらみなさい売れるわ売れてるわ、イメージキャラの力は絶大なのよとリンスに力説していたブリジットが、いつの間にか傍に居て、言った。
「私自ら売り子になるから」
しかも、自ら働くことを提案。
「仙姫と喧嘩しないでくださいね?」
「しないわよ」
念のため注意して、返事を受けてからクロエの着替えに行こうとして。
「ミニカエルパイ、か……ネーミングにインパクトがないわね。どうしてオタマジャクシパイじゃ駄目だったのかしら……こっちもイメージキャラクターがあれば売れるかな? どう思う、仙姫」
「無理じゃろうて。ミニでよかろ、わらわは可愛いと思うぞ」
「そっかぁ。ならまあ、いっか」
そんな会話が聞こえてきた。
――今日くらいは、ブリジットでも素直なんですね。
ちょっと面白くて、くすりと笑った。
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