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地球に帰らせていただきますっ! ~2~

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地球に帰らせていただきますっ! ~2~
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リアクション

 
 
 
 許しの刻
 
 
 
 帰郷した東京の早川家では正月の準備中だった。
 下町情緒の残るこの辺りでは年中行事も昔ながらに行う家が多い。どの家でも新年を迎える準備がされていて、町全体が清々しく見える。
 帰ってきたときにはもう大掃除も終わっていて殆どすることもない。
 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は庭で呼雪の養父、早川 孝則が注連縄を作るのを手伝うと言い、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は養母と台所でおせち料理作りをすると言う。
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は妙に楽しそうに家のあちこちを見物して回っていたから、自分は日頃留守にしている自分の部屋の整理でもしようかと、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は部屋にこもって細々したものを片づけていた。
「そういえば……」
 ふと思いだし机の奥を探ってみると、手紙は数年前に呼雪がしまい込んだままそこにあった。
 真っ白な飾り気のない封筒から取り出した便せんを、窓際で広げてみる。
 線の細い文字で書かれたそれを読み返すと、呼雪はしばし考え込んだ。
 
「あれ呼雪、どこか行くの?」
 呼雪がコートを着た上にヘルからもらったマフラーを巻いていると、その当のヘルに見つかってしまった。
「いや、ちょっと……」
 言葉を濁して振り切ろうとしたけれど、ヘルは強引に呼雪についてくる。
「僕も一緒に行くよ」
 こんな目でヘルが見てくる時には絶対に譲らない。それを知っているから、呼雪は仕方なくヘルを連れて行くことにした。
「うん? 出かけるのか?」
 玄関を出ると、庭にいた孝則が気づいて門の所まで出てきた。
「あれ呼雪? あ、ステラ、ダメだよこれ囓っちゃ」
 ファルも振り返ったけれど、孝則の飼っているラブラドールに作りかけの注連縄を囓られそうになって、慌ててそちらにかかり切りになった。
 ファルまでついて来ると言われないうちにと、呼雪は出かけてくるとだけ養父に告げて足早に門を出た。
「年の瀬で皆急ぎがちだから、気をつけるんだぞ。ヘル君もな」
「うん、任せておいてよ。いってきます」
 ヘルは孝則と目を合わせて頷くと、呼雪の後を追って歩き出した。
 
 
 電車の中でもバスの中でも呼雪は黙りこくっていた。
 思い詰めているようなそんな様子が心配で、ヘルは車窓に顔を向けた呼雪の横顔を何度もこっそりと眺めた。
 バスを下りてゆるやかな道を上って行くと、その先に療養所の建物が見えてくる。
「誰か入院してるの?」
 尋ねてみたけれど、呼雪はいやと短く答えただけで、垣根ごしに療養所の敷地をのぞき込んだ。
 冬の日差しの中、患者や付き添いの人が散歩に出ている。ゆっくり歩いてはベンチで休み、庭にあるものを指して何か喋っている様子等が見えるけれど、会話までは届かない。
 敷地に入ろうとせず、外から見ているだけの呼雪の視線を辿って、ヘルは1人の女性を見つけた。
 年齢は30代後半ぐらいだろうか。線の細い上品そうな女性だ。整った顔立ちをしているけれど、随分とやつれている。
 誰かと似ている……と考えて、写真で見た呼雪の母に似ているのだと思い当たった。
 それに……いつか読み取った記憶の中で泣いていた人のようにも見える。
「声かけなくていいの?」
 尋ねてみたけれど、呼雪は気持ちの整理がつかないようで首を振る。
 元気づけたくてヘルは呼雪の指に触れた。それでも足りなさそうなので、背中側に手を回してさわさわっと……。
「……!」
 がさっ。
 驚いた呼雪が垣根にぶつかり音を立てた。
 その気配を感じたのだろう。女性はこちらに顔を向け、次の瞬間、患者を置いて駆け寄ってきた。
「お前のせいだぞ」
「そんなー」
 ちょっと触ったくらいであんなに飛び上がらなくても、と思っているうちにも、女性は垣根の所までやってきた。
 その目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 か細い声で、その人は必死にそれだけを繰り返した。
 
 泣き続ける女性を落ち着かせ、仕事が引けた後に喫茶店で会う約束をすると、呼雪とヘルは先にその喫茶店に入って時間を潰した。
「あの人は誰なの?」
「叔母だ」
 実母の妹小春なのだと呼雪はヘルに教え、引き出しの中にしまい込んであった手紙を見せた。
『私があなたを守らなければならなかったのに、あんな事をしてしまって……』
 手紙は懺悔と謝罪の言葉で埋め尽くされていた。
「……何があったのか教えてくれる?」
「叔母夫婦は……たらい回しだった俺を最後に預かった親戚だったんだ。きっとあの人たちにも色々あったんだと思う。けど……」
 そう言って呼雪はその当時のことをヘルに話したのだった。
 
 
 仕事を終えるとすぐ、小春は喫茶店にやってきた。
 呼雪の顔を見るとまた泣き出してしまい、落ち着かせるのにしばらくかかった。
 今はどうしているのかと尋ねると、小春は時折ハンカチで涙を押さえながら、これまでのことを話した。
 元は良家の令嬢だった叔母は、夫と共にした呼雪への仕打ちが警察沙汰になった為に、実家から勘当された。その時の夫とは離婚して、現在は独身で、あの療養所で働いているのだと言う。
 苦労知らずだった叔母の白い手は、今はひどく荒れている。
 あの当時の険のあった目つきは消えていて、今呼雪を見る目はうるんで哀しげだった。
(苦労したんだろうな……)
 それでも元気でいてくれて良かったと……心からそう思えた。
「あなたは今幸せに暮らしているの?」
 語り終えた小春は反対に呼雪に尋ねた。ハンカチを握りしめる手に、深い後悔と罪悪感が表れているかのようだ。
「はい」
 さっきから黙りこくっているヘルにちらりと目をやってから呼雪が答えると、小春の目からまた涙が溢れた。
 
 
 会うまでは不安だったけれど、実際話してみれば蟠っていたものが解けていった。
 積もる話をして小春と別れると、呼雪とヘルは実家への帰路についた。
「自分の所為で叔母さんの家庭が壊れてしまったと思ってるみたいだけど、呼雪はなんにも悪くないよ。どうしようもなかったんだから……」
「ありがとうな……お陰で、地球での思い残しがひとつ減った」
 思い残し、なんて言うと縁起でもないかも知れないけれど、自分はパラミタで生きていくつもりだから……。
「だったら良かった。呼雪が幸せじゃないと、僕も幸せになれないもん」
 そう言って笑ってくれるヘルに微笑み返しながら、呼雪は首もとに巻いたマフラーの温かな手触りを確かめるのだった。