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リアクション
みんなの幸せ
遠野 歌菜(とおの・かな)の実家は九州の田舎にある。
都会のように洒落た店が競うようにあるのではないけれど、ここがお気に入りの商店街、ここがひなたぼっこするのにぴったりの公園、と最寄り駅から家までの道を歌菜はあちこち指さしては、月崎 羽純(つきざき・はすみ)に教えた。
「歌菜の育った街はこんな所なのか……」
羽純にとっては、見るものすべてが新鮮だ。
歌菜にとっても、これがパラミタに旅立ってから初めての帰省。メールや電話でやり取りはしていたけれど、両親に会えるのはとても嬉しい。そして……一緒に行かない? と誘って羽純がOKしてくれたのが、何よりも嬉しかった。
小さな洋風の2階建ての実家に到着すると、歌菜は呼び鈴を押してインターフォン越しに
「ただいまー!」
と呼びかけた。するとすぐに笑顔の両親が出てきて、歌菜と羽純を迎えてくれる。
「パパ、ママ、ただいま! 歌菜、戻りました」
歌菜はぺこりとお辞儀をすると、羽純を紹介した。
「えっと……電話とメールで話してたけど……彼が私のパートナーの月崎羽純、くん、です」
そう紹介するだけで、歌菜の顔は真っ赤になった。
歌菜の髪の色と目の色は、父の遠野 アリョーシャと同じだ。母の遠野 晃の面差しも歌菜に似通っている。
当たり前だが、歌菜と少しずつ似たところのある両親に対して親近感さえ覚え、羽純は落ち着いて挨拶することが出来た。
その挨拶を聞いた歌菜の顔がまた少し赤くなる。
照れている歌菜は可愛いけれど、まさか両親の前でからかって遊ぶわけにもいかないから、羽純はその衝動をこっそりと押し隠した。
家に入ると歌菜は、遠野家特製の美味しいチャーハンをご馳走するのだと、母と一緒に昼食を作りにキッチンに行ってしまった。
羽純は荷物を来客用の部屋に置くと、アリョーシャに案内されてリビングのソファに落ち着いた。
「歌菜が恋人さんを連れてくると言っていたので、どんな人なのかと楽しみにしていたんですよ」
アリョーシャは親しげに羽純に話しかけると、パラミタの様子を尋ねてきた。
人に対して構えない、そんな人懐っこさがやはり歌菜を彷彿とさせて、羽純はアリョーシャの求めるままパラミタで歌菜がどうしているのかを話した。
「そうですか。歌菜もあちらで頑張っているんですね。それに、君のようなパートナーがいてくれるなら心強いです」
羽純の目をじっとのぞき込み耳を傾けるアリョーシャからは、歌菜を大事に思う父親の気持ちがひしひしと伝わってくる。
――歌菜を俺に下さい。
そう言うべきだろうと羽純が決意した時、アリョーシャは不意に姿勢を正し、こう言った。
「歌菜の事、宜しくお願いしますね。君になら、安心して任せられます」
先に言われてしまった。
けれどそう思ってもらえたことに感謝して、羽純は微笑み頷いた。
「……俺が歌菜を幸せにします」
迷い無く答えると、アリョーシャは嬉しさと寂しさの入り混じった……花嫁の父のような顔になった。
そこにいきなり扉が開いて、歌菜が飛び込んでくる。
「私も、私も……羽純くんを幸せにするね!」
昼食の用意が出来たと知らせにきて羽純が父に答える声を耳にした歌菜は、輝かんばかりの幸せに溢れて宣言した。
アリョーシャはクスクス笑い、羽純は一瞬呆れた。けれど、こんな素直さが歌菜の良さであり、大切にしたいと思う所なのだと羽純は優しく歌菜を見つめる。
「俺の幸せがお前の幸せ、だろう? ……だから、幸せになれる」
言ってしまってから照れたが、歌菜はきらきらとした笑顔でそれを受けてくれる。
「うん! 2人で幸せになろう」
ちょっと置いてきぼりをくらっていたアリョーシャも、2人の幸せそうな様子に目を細めた。
「じゃあ、2人の幸せがパパとママの幸せ、だね」
歌菜と羽純が幸せになることが、家族皆の幸せ。そう確認し合って笑っている所に、
「ご飯がさめますよ」
歌菜がいつまで経っても戻って来ないので、母がリビングまで皆を呼びに来た。
家族揃って食卓を囲み、遠野家特製チャーハンに舌鼓を打つ。
そんな――幸せの風景がここにあった。