校長室
こどもたちのおしょうがつ
リアクション公開中!
「いい匂いがするわね」 くっついている子供の世話で手が離せなくなった鈴子に代わって、リーア・エルレンがキッチンに顔を出す。 「でも、大人が傍にいない時は、火を使ったらダメよ……って」 リーアはテーブルの上に並べられた数々の料理を見て目を丸くする。 「たまごばかりでございます……?」 リーアと常に一緒に行動している、いよちゃん(邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ))が小首をかしげる。 いよちゃんは外見3歳くらいの内気な女の子だ。 パートナーの清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が買い出しに出かけてしまってから、ずっとリーアの服をつかんで、くっついている。 「見事に卵料理ばかりね……」 リーアはちょっと驚いた後、エレンちゃんに笑みを向ける。 「卵焼きはもう十分だから、エレンちゃんもこたつで待ってて。ね?」 卵を割って、ボールの中にいれて、楽しく混ぜ混ぜしていたエレンちゃんは首をぶんぶん左右に振る。 「えれん、おねえさんだからりょうりできるもん!」 「うん、とってもお上手ね。もう十分よ」 「ちがうの、ここのはしっぱいさくなの! えれん、おばあさまにしこまれたから、もっとじょうずにできるの」 強情にそう言って、エレンちゃんは卵を混ぜ続ける。 「だから〜。つ〜く〜る〜の〜!!」 腰より下まであるロングストレートの綺麗な髪。そしてすらりとした体系は、お嬢様そのものだけれど。 結構結構やんちゃでわがままなようだ。 「ううーん……。でもそうか、それが最後の卵みたいだしね。わかったわかったわ。今度こそ完成させるのよ!?」 「うんっ! ぜったいせいこうさせるの!」 リーアの言葉に、目を輝かせて勢いよく頷いて、エレンちゃんはよくかき混ぜた卵をフライパンに流し込むのだった。 「卵はなしか」 普段通りの姿のままで、手伝いをしている紫音は、そんなエレンの様子にくすりと笑みを浮かべる。 「うん、でも、マシュマロは沢山あるし、ココアやサツマイモ、カボチャもあるからな。終わったらまた少しキッチンかりるよ?」 「おわったらつかってどうぞなの!」 エレンちゃんは慎重に卵を焼きながら答える。 「それじゃ、この出来上がってる卵料理は部屋に運ぶわね」 「ダメー! それはしっぱいなの〜。みんなにたべさせられないの〜!」 途端、エレンちゃんが強く反発する。 エレンちゃんはへの字に口をまげて、眉間に皺まで寄せている。 「うううん……」 説得はできないと悟ったリーアはため息をついたあとこう尋ねる。 「それじゃ、大人だけでいただくから、ね? お友達には成功したのだけ食べてもらったらどうかな」 「わかった……おばばさまたちにたべてもらう〜」 「おばばさまって……」 アーデルハイトだけではなく、シャンバラ古王国時代から生きている自分のことも入っているのかなあと苦笑しながら、リーアは数々の卵料理をトレーに乗せていく。 「おいしそうでございます。オムレツは、はやくたべたほうがよりおいしそうでございますね」 「そうね……とりあえず、運びましょう。いよちゃんもよろしくね」 「わかりました……ですけれど」 いよはリーアの顔をじっと見つめる。 何で自分だけ、子供の姿になってしまったのだろう。リーアと同じがいいのにと思ってしまう。 「コレステロールが心配だわ」 そんなことを言いながら、リーアはトレーに料理を乗せている。いよちゃんはリーアから一瞬だけ離れて、彼女が皆に飲ませていた魔法の薬を、こっそり棚の中から取り出したのだった。 「おー、寒いのう。ん? おまえも遊んできてよいのじゃぞ?」 外から戻ったアーデルハイトが、ミカンの補充をしていた男の子に声をかけた。 男の子は時折外の様子を窺っている。 「しごとがあるから」 「そういうのは、子供化しなかった者に任せておけばいいのじゃ。エリザベートとかエリザベートとかエリザベートとかな」 アーデルハイトの言葉に、無言で首を左右に振って、外見6歳の男の子――カガチくん(東條 カガチ(とうじょう・かがち))は、お菓子の入った段ボールを持ち上げる。 「こういうのは、おとこのしごとだから……エリザベート、じゃまにしかならない」 「ま、そうじゃけどなー」 「テントにもっていく」 それだけ言うと、カガチくんはお菓子をテントに補充するために、薄着でログハウスから出ていく。 子供の癖に無骨で、無表情、そして強面な彼には、近づく子供もおらず、カガチくんは一人黙々と裏方の仕事をしていたのだ。 「もうすぐ食事じゃから、みんなと一緒にここで食べるんじゃぞ」 アーデルハイトはカガチくんにそう声をかけた後『やれやれ』と吐息をつきながら、寝室の方に向かった。 「……へくちっ」 リーアの寝室から女の子が一人、出てきた。ほうめいちゃん(琳 鳳明(りん・ほうめい))だ。 皆が集まる前から、雪の中ではしゃいでいたほうめいちゃんは、風邪を引いてしまっていたのだ。 「ぅー、さむいよぅ。はだみずとばらないよぅ」 寝室で寝ているようにと言われていたけれど、皆の楽しそうな声が響いてくるし、もうすぐ御夕飯の準備ができるっていう話も聞こえてきて、我慢できなくなった。 「かくれんぼしてたことかもいたし……みんな、たのしそうだな〜。あたしも、おそと出たいな〜」 ベッドから下りて、廊下に出たのだけれど、廊下もとっても寒くて震えてしまう。 「おねんえだけって、つまんないな〜。へっくちゅん」 くしゃみをして、鼻水をすするほうめいちゃんの目に、涙がたまっていく。 「……。ぅ、ぐすっ、ひっく」 「おお? どうしたんじゃ?」 寝室に向かっていたアーデルハイトがほうめいちゃんに気付いて駆け寄ってきた。 「ひくっ、ひっく……っ。さみしいよぅ、お外でたいよぅ。おねぇちゃーん」 ほうめいちゃんは、涙をぽたりと落としながら、ぎゅううっとアーデルハイトの腕をつかんだ。 「これこれ。泣くでない」 アーデルハイトは優しい目でほうめいちゃんを見つめて、彼女の頭をそっと撫でていく。 「ぐすっ、ひくっ」 「よーし、ごはんの時は、私がついててやろうぞ」 「ほんと?」 目を潤ませながら、ほうめいちゃんはアーデルハイトを見上げる。 「本当じゃ。ふーふーして食べさせてもやるし、子守唄も歌ってやるぞ」 「うん……やくそく、ね。ぐすっ、お外出れなくても、がまんするよ」 「約束じゃ。だから、もう少し布団の中で眠っておるんじゃぞ?」 アーデルハイトの優しい言葉に、ほうめいちゃんはこくりと頷いて、涙をぬぐった。 でも、部屋に戻りながら、何度も振り向いてしまう。 「すぐだよね?」 「美味しい食事を作ってくるからの。ちょっと待ってるのじゃぞ?」 「おいしくなくてもいいから、はやくね」 「よーし、美味しい食事を早く用意しようかの」 「うん」 大きく頷いて、ほうめいちゃんは寝室に戻っていった。 ……それから少しして、アーデルハイトが病人食を持って寝室を訪れたところ。 ほうめいちゃんは、包丁でトントンする音と鍋がくつぐつする音を子守唄に、眠りについていた。 アーデルハイトは彼女の頭をもう一度撫でて、部屋を後にした。