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第38章 薄闇の中で

 昼でも暗いトワイライトベルトには、近づき、留まろうとする者は少ない。
 だけれど東シャンバラで合宿所として使われていた建物の近くにある、温泉が湧いた場所には、今でも時々訪れる契約者がいた。
 現在の時間、その温泉は6人の女の子の貸切となっていた。
「男の子もいた方が楽しかったかな。でも、気を遣うかなぁ」
 洗い場で頭を洗いながら、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が呟いた。
 外見がとても幼く、女子高の百合園生のネージュには、男の子の友人がいない。
「そうですね。こうして体の洗いあいっこをすることもできないですし、たまには女性だけで楽しめることをするのも、良いかもしれません」
 志方 綾乃(しかた・あやの)は、ネージュの小さな背中をスポンジでゴシゴシ洗ってあげている。
「でも、百合園は女子高だからたまにじゃなくて、いつもなんだよ……」
「そうでしたね。でしたら、また合同合宿などありましたら、参加してみたらどうですか?」
「そうだね。友達できるかもしれないしね……あっぶ!」
 綾乃がネージュに頭からお湯をかけた。
「やだーっ、突然かけないでよ〜」
「くすくす……ごめんなさい。反応が可愛くて可愛くて」
 綾乃が可愛らしいネージュに、微笑みを向ける。
「もおっ。次はあたしが洗ってあげるから、後ろ向いてね」
「はーい、お願いします」
 頭を洗い終えたネージュがタオルを取って、背を向けた綾乃の背を磨きだした。
 ……改めて見ると、綾乃の体には傷跡が多い。
 たくさんたくさん無茶してるんだろうなとネージュは心配になるけれど、あえてこの場では何も言わなかった。
 ただ優しく、丁寧にいたわるように、彼女の背を洗っていく。
「ネージュさんは、恋人を作りたいんですの?」
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が、湯を自分の体にかけながらネージュに問いかけた。
「うーん、どうなんだろ……」
 ネージュは、綾乃の背をごしごししながら、首を傾げて考える。
「そういうのもいいなって思うけど、今日みたいなのも楽しいしね。ただ、バレンタインだから、なんだかそういうこと気になるんだよね」
「もう十分です」
「あ、うん。お湯かけるね」
 ネージュは桶でお湯を汲んで、綾乃の背にかけてあげる。
「あたし、こんな見た目だし、性格も子供っぽいから、あんまり恋愛とかって柄じゃないし……そういった経験にも疎いんだよね」
 だから、ネージュは男の子が一緒で楽しめるのかどうか……2人きりで楽しめるのかどうかも、まだよくわからない。
「エレンさんはどうなの?」
「私は多角恋愛主義ですわ」
「多角恋愛……? たくさんの人と付き合ってみるってこと?」
「二股とかってことじゃないですわよ。一人を中心のハーレムっていうのじゃなく、その恋人同士全てがそれぞれをちゃんと愛してるっていう感じの多角形ですわね〜」
 難しいそうな顔をしているネージュに、微笑みを向けて「わかるかしら?」とエレンは続けた。
「そういう考え方もあるんだね……。まだ、自分に合った恋愛の仕方もよくわかんないかなぁ」
 ネージュはふうとため息をつく。
「相手の方から、興味を持ってもらうのもよいかもしれませんわ。良い恋愛をするための、一番の近道は自分磨きですわ」
 エレンはそう言うとスポンジにボディソープをつけて、ネージュの肌に触れた。
「それでは私がしっかり磨くのを手伝ってあげましょう」
「えっ!? ひやっ」
 ネージュが声をあげる。
 エレンの手はネージュの体をマッサージするかのように、洗っていく。
「綺麗にしてあげますわよ」
 幼児体型ともいえる体や、成長していない胸を撫でるように洗ったり、揉んだり。
「私も手伝いますー。」
 綾乃も、後ろから、ネージュの肩に首、小さな足をも洗ってあげる。
「やー、なんか、くすぐったいっ。はははっ」
 二人に磨かれながら、ネージュはちょっと赤くなって、笑い声をあげていた。

「良い機会だ泳ぎの練習をするのである」
 先に湯の中に入ったプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は、人間の泳ぎのマネをして足や手をばたつかせて、遊んでいた。
「ばしゃばしゃするのは、子供なんだって。ここはのーんびりするところなんだよお。あったまるねぇ」
 普段よりゆったり喋って、アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)は幸せそうな笑みを浮かべた。
「そうですわよ。他の方の迷惑になってはいけませんわ〜。そろそろ落ち着いて下さいませ〜」
 エレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)もほんのり頬を染めながら、隅の方でのんびり湯浴みを楽しんでいた。
「なるほど。ところで、日本人はこのようなことをして遊ぶそうなのであるが、プロクルにもできるのであろうか」
 アトラの傍で止まったプロクルは自分の両手を組んで、押し当てている。
「ん? 何やってるのかな?」
「きっとこれですわねー」
 首を傾げるアトラの代わりに、エレアが両手でお湯をぴゅっと飛ばしてみせる。
「それである! ……しかし、上手くいかないである……」
 機晶姫のプロクルにはなかなか難しいようだった。
「あっ、少しだけできた。練習すれば、出来るようになるよ」
 アトラは少しだけお湯を飛ばすことができた。
「時間が必要であるな。普段から練習するのである」
「飲み物を浮かべますから、水鉄砲はそこまでにしてくださいませ」
 エレンが湯の中に入って、木桶を浮かべていく。
「こっちもどうぞー」
 ネージュも、携帯魔法瓶入れたドリンクショコラを、エレンと同じように木桶にいれて浮かべた。
「いただきますわ〜」
 自分の方に流れて来たネージュの木桶の中から、エレアがまず瓶を取り出して戴く。
 そのドリンクショコラは、甘くて、そして少しほろ苦い。
「美味しいですわ。高級チョコレートケーキを食べた後みたいですわ〜」
「良かった、お口に合って。皆あたしより大人っぽいから、ちょっと苦い方が好みかなと思ったの」
 笑みを浮かべるエレアに微笑みを返して、ネージュもエレンの木桶に入っている飲み物の方を戴くことにした。
「うん、エレンさんが持ってきてくれたホットチョコレート、すごい好みの味!」
「ふふ、沢山飲んでくださいませ。お酒ではありませんから、酔いを気にすることはありませんし。でも、のぼせないようにしてくださいませね? まあ、寝室まで運んで差し上げても構いませんけれど」
「うん、飲み過ぎ注意だねっ」
「さあ、入りますよ」
 綾乃は連れてきたスカイフィッシュ軍団を引き連れて温泉へと入る。
「おおー、にぎやかになったのである」
 スカイフィッシュは、器用に仲間を避けて飛び回っている。
「綾乃さんもどうぞー」
 ネージュは綾乃の方へと木桶を押した。
「いただきます」
 瓶を手に取って、木桶をネージュへ送り返して、ほっと綾乃は息をつく。
 暖かくて、とても気持ちが良く、身も心も解放されていく。
 ドリンクショコラを飲んで、ほんわり笑みを浮かべた綾乃は。
「こたつこみゅーん」
 とご機嫌な声を上げる。続いて。
「うにょーん。うにゅうにゅぅ〜」
 など、可愛らしい声を一人で。
「え? え? お酒は入れてないはずなんだけど」
 普段とは違う綾乃の様子に、ネージュはちょっと驚いていた。
「うんにゅーん……」
「こういった一面もあるのですわね」
 幸せそうに声を上げている綾乃の様子に、エレンは穏やかに微笑みながら、ゆっくりまったり、可愛い女友達と一緒に、甘い飲み物と湯を楽しむことにする。