イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

2月14日。

リアクション公開中!

2月14日。
2月14日。 2月14日。 2月14日。 2月14日。 2月14日。

リアクション



9


「出来立てに食べてこそ美味しいお菓子をクロエちゃんに作りたいんです」
 リンスに向かって、クロス・クロノス(くろす・くろのす)はそう言った。
「キッチンをお借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
 簡潔な返事にありがとうございますと軽く頭を下げてから、
「そういえば、材料。多めに持ってきたのですけれど……リンスさんも食べます?」
「何作るの?」
「フォンダンショコラです」
「頂きます」
 チョコが好きというのは、いつだったかリンスが話しているのを聞いたことがあって。
 それで、いつもお世話になっているから、との提案だったが即答だった。
 じゃあ作りましょう、とキッチンへ向かうと、クロエがちょこちょことクロスの後を追いかけて来た。
「クロエちゃんは甘いものが好きですか?」
 キッチンのテーブルの上に買ってきた材料を置きながらクロエにそう問い掛ける。
「すきよ! だいすき!」
「そうですか」
 元気の良い返事に微笑み、材料からチョコを取り出す。
「なにをつくるの?」
「フォンダンショコラです」
「ふぉんだん?」
「はい。少し、待っていてくださいね」
 ぽす、とクロエの頭を撫でて、にっこり笑った。


 下準備として、まずは薄力粉とココアを一緒にふるっておく。
 チョコとバターをボウルに入れて湯煎にかけて溶かす。つやが出るまで丁寧に混ぜて。
 別のボウルに卵とグラニュー糖を入れて泡立て、途中こちらも湯煎にかけて、人肌まで温めたら湯煎から外し、混ぜた跡が残るくらいにしっかりもったりするまで泡立てて。
 その中にチョコバター液を入れ、底からすくうようにむらなく混ぜる。
 混ざったら、最初にふるっておいた粉類を再度ふるいながら入れてよく混ぜ、カップに入れて180度のオーブンで焼けば、
「完成です」
「はやいのね!」
「ちょっとコツが要りますけどね。ちなみに焼き上がりの目安は、表面が乾いて中は柔らかな、いわゆる『生焼け』の状態です」
「なまなの?」
「生ですよ」
 カップから外し、皿に乗せてしばし待機だ。
「たべたい。でも、あつそうね」
「そうですね……中、とろとろですから。すぐに食べようとしたら火傷しちゃうかも」
「それはいやだわ」
「じゃあ、待ちましょう」
「うん!」
 待つ間に紅茶を淹れてレシピを書いて、クロエに渡して。
 クロエは嬉しそうにそれを受け取った。
「こんどはわたしがクロスおねぇちゃんにつくってあげる!」
「ふふ。楽しみにしていますね。
 ……さて、そろそろ良いでしょう」
 あまり冷めても、一番美味しい時を逃してしまう。
 出しておいたフォンダンショコラに粉砂糖をふるい、バニラアイスを横に添えて、彩りにミントの葉を飾れば。
「完成です」
「きっさてんででてきそう!」
「でしょう? まあ、アイスやミントはあれば、ですね。
 さ、食べましょう。リンスさんも食べると言っていたから、みんなで」
「はいっ!」
「クロエちゃん」
「なあに?」
「ハッピーバレンタイン!」


*...***...*


 クロスが作り終わるのと同時くらいに。
「リンスさぁん、キッチンをお借りしてもよろしいですかぁ?」
 やってきたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)にそう言われ、リンスは頷いた。
「ありがとうございますぅ♪ それでは、みんなで作ってきますね!」
 みんな? と首を傾げると、そのままぞろぞろとメイベルの後に続き、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が、キッチンに入って行く。
「いつも仲良いね」
 すぐにキッチンに入って行かなかったフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に言うとにっこりと微笑まれた。
「ええ。素敵でしょう?」
「うん」
「お仕事のお邪魔はしないようにしますので、しばしお借りしますね」
「お気になさらず」
「そういうわけには。そうだ、何か飲みます?」
「今は要らない、ありがとう」
「では、わたくしもメイベル様たちと一緒に作ってまいりますわ」
 そうして、フィリッパもキッチンに入っていって。
 ――うちって、キッチンもよく人が立ち入るなぁ。
 そんなことを、ぼんやりと考えたのだった。


 リンスが人形作りの手を止めて、キッチンを見ているのに気付いて。
「お疲れ様。バレンタイン商戦ももう終わりね」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)はリンスの隣にある椅子に座った。
 今まで、バレンタイン特別仕様ケロッPちゃんの売り上げや、カエルパイの売り上げを数えていた。数えながら、リンスの集中が切れるタイミングを見計らっていた。そしてそれは今だった。
「そっちこそお疲れ様。ええと、なんだっけ? 『もうかりまっか』?」
「あなた、そういう言葉どこで覚えてくるの?」
「改めて問われると、さぁ? としか」
 きっと、色々なお客様を相手にしているうちに覚えているのだろうということにして。
「『ぼちぼちでんな』」
 商人らしく返事をしてから、
「忘れないうちに渡しておくわ」
 ずいっ、と箱を渡した。
「何これ」
「友チョコ。ベルギー王室御用達の名店のチョコよ」
「……友チョコ?」
「友チョコ」
「のわりに、なんか凄そうなの来たね」
「まあね」
 ケロッPちゃんも好評、カエルパイの売り上げも順調。そのお礼も兼ねて、ちょっといいものにしてみたのだ。
「予約限定販売で、滅多に手に入らないんだからね。感謝して受け取るといいわ」
「ありがたすぎて食べづらい」
 そう言われてしまうと、却って困ってしまう。ありがたがられるのはともかく、遠慮されるのは好まない。
「べ、別にあなたの為に予約したわけじゃないし。実家でまとめて買ったから、それを一つまわしてもらっただけよ。だからかしこまる必要はないわ。勘違いもしないで」
「んー……わかった。ありがとう」
 受け取ってもらえたので、ほっと安心。
「プラリネって言ってね。中に詰め物が入ってるの」
「へぇ、そんなお洒落なもの初めてだ。食べるのが勿体なくなるね」
「そうよ、一つ一つ細かい細工がされてるんだから」
「……なおさら食べづらくなるね。飾っておきたい感じ」
「駄目よ、なまものなんだから。食べなさい」
「はい」
 一瞬また慌てる羽目になったが、素直に頷かれたのでまあ良しとする。


 さて、ブリジットがベルギーから取り寄せた高級チョコ、プラリネ詰め合わせを送ると聞いた橘 舞(たちばな・まい)はというと。
 ならば私は、と和菓子風のチョコを用意していた。
「クリスマスでもお世話になりましたからね……どうぞ♪」
 渡したのは、
「『生チョコ大福』……なにそれ?」
 リンスがきょとんと舞を見上げてきた。驚いてもらえると、ちょっと嬉しい。
「説明するとですね、国産もち米とココアを混ぜた柔らかい生地の中に、黄身あんとベルギー製の生チョコが入っているんですよ」
「ベルギーって凄い? パウエルのチョコもベルギーだよね」
「ええ、本場ですから。ベルギーでしたら他にもワッフルが有名ですね」
 言ってから、今日はバレンタインなのだからとワッフルの話は頭の片隅に追いやって。
「甘すぎない上品な味が絶品です。ご賞味くださいね」
 ちなみにこれは、舞の実家の京都で、老舗の和菓子屋さんがバレンタイン限定で作っている品だ。
 説明しようか、それとも説明したらブリジットの時のように受け取り辛くなってしまうだろうか、と悩んでいると、視線に気付いた。たどると、クロエが舞をじーっと見ていた。
 ――……あ。
 そういえばまだ渡していなかった。それに気付いて、にっこり微笑む。
「もちろん、クロエちゃんの分もちゃんと用意してありますよ。
 はい、友チョコです♪」
「まいおねぇちゃん、ありがとうー!」
 嬉しそうに笑うクロエを見て、友チョコってこんな感じですよね、そう実感し――
 ――はっ!
 ひとつ、思い至った。
 ――友チョコって……女性が同性の友達に送るものですよね?
 女性から男性へ、だと、義理チョコあるいは本命チョコになると思う。
 ――でもでも、リンスさんって……あれ?
 ブリジットは友チョコだと言った。
 ならば女性なのだろうか?
「わ、私……リンスさんのことをずっと、男性だとばかり思っていました!」
「は?」
 リンスが驚いた声を上げた。同時に、ブリジットも「はあ?」と怪訝そうな声を上げる。
「舞、何言ってるのよ、こんな男居るわけないじゃない」
「パウエル。俺は前言撤回を求めるよ?」
「でも、言われてみれば、何やらリンスさんは女性っぽい気もします……」
「待って、橘。俺、男」
「大丈夫よリンス。私はあなたのその発言、『自分は男と言い張っている女性』と推理しているから」
「何が大丈夫なのかまったくもって意味不明だし、推理も的外れもいいところだけど」
「じゃあ友チョコ要らない?」
「それは要る」
 現金だった。
 ――さて、実際どちらかはわかりませんね……。
 失礼ながら、流れに任せて性別を聞いてしまったわけだけど。
 その答えは、ブリジットが言うように『自称』の可能性もあって。
 なら、どっちかわかるはずもなく。
 ――まあ、いいですよね。
 友達には変わりないし。
「そんなことより、仙姫」
 結論を出したところで、ブリジットがクロエにチョコを渡している金 仙姫(きむ・そに)を見た。
「舞の変わり種はともかく、あんたのそれはなんなのよ」
「キムチチョコじゃ」
 胸を張って、仙姫が笑う。よくわからずに受け取ったクロエが、「きむち?」と首を傾げていた。可愛い。
「なんでそんなの持ってきてるのよ」
「何でも何も……美味いと言っておったのは、そなたじゃろ?」
「いやそうだけど」
「舞もわらわも辛いものは苦手じゃからな。クロエ、食べるときは注意じゃぞ」
 クロエに目線を合わせながら、仙姫が人差し指を一本立てて言った。クロエはきょとんとした顔のままで、
「これ、なあに?」
 問う。
「わらわの故郷で売っているキムチチョコじゃ。甘いんだが辛いという不思議な味じゃが、悪くはない」
「からいの? チョコなのに?」
「キムチじゃからのぉ」
「きむちってこわいのね! チョコがからくなるなんて!」
「まあ、それほどではないがな。後から来るから食べすぎには注意じゃ。
 ……さて、それよりそなたらが気にすることは、キムチチョコのことでもリンスの性別でもないぞ」
 すっくと立ち上がり、仙姫が言う。
 では何に? と一同顔を見合わせると、
「わらわが担いでおるこれを気にするべきであろ? ほれほれ」
 ふりふり、見せつけてきたそれは、伽耶琴と言ったか。
 朝鮮半島の伝統楽器で、形状は日本の琴と似ている。が、琴と違い、弦の本数は12本。爪弾くこともせず、指の腹で弾くなどと異なる点がいくつかある。
「それ、なあに?」
 惹かれ、素直に訊いたのは、クロエだ。
「むふ。わらわの新しいパートナーじゃ」
「ぱーとなー! そにおねぇちゃん、ひくの?」
「安売りはせんのじゃがな、今日は祝いの日じゃて。特別に一曲聞かせてやってもよいぞ?」
「絶対に、聴かせることがメインだったでしょ」
 ブリジットのツッコミは、いつも通りスルーしていた。
 その通りだろうなあと思いながらも、仙姫の演奏は美しいから聴けるならそれでも良いだろう。
 ――きっと、アンコールとかも望んでくるでしょうね。
 今からそんな予測を立てて、舞はこっそり笑った。


 一方、キッチンでは。
 メイベルたちが、次々とお菓子を作っていた。
「クッキー焼けたよ!」
 セシリアが、嬉しそうな声で言った。
 香ばしく甘い香りのするチョコチップ入りクッキー。
「チョコスフレも美味しそうですぅ」
 続いてヘリシャが言い、
「マドレーヌもいい具合ですぅ」
 メイベルも、焼き上がったそれを見て満足そうに笑った。
 みんなで食べられることを考えた、手軽に食べられそうなお菓子たちである。なお、この提案をしたのはセシリアだ。細かい気配りがよく出来ている。
 フォンダンショコラやガトーショコラも美味しそうだと思うが、今回は省略。時間があれば作ってもいいかなと思いはするが、まだ未定だ。フォンダンは、さっきクロスが作っていたからやめておく。せっかくだから、誰かとかちあわない物を作りたいし。
「ジンジャークッキーも綺麗に焼けていますわ」
 フィリッパが言って、オーブンから天板を出した。
 いくらバレンタインだと言っても、チョコが苦手な人もいるかもしれないと、チョコを含まないお菓子も作ったのだ。
 荒熱が取れたら、
「じゃ、ラッピングしようか、ヘリシャ」
「はいですぅ」
 セシリアが率先して、小袋にお菓子を入れていく。
 あまり時間のない人は、ゆっくり食べて行くことが叶わないから。
 だから小分けにして、持ち帰ってもらおうかなと。
「美味しくできましたでしょうか……」
 まだまだ、メイベルの料理作りの腕は発展途上だ。
 だけど、恋人がいる人も居ない人も、楽しく過ごせるようなお菓子が作りたくて。
 また、みんなで作ることの楽しさも実感したくて。
 それで今日、いろんなお菓子を頑張って作ってみた。
「喜んでくれるといいよね」
 セシリアが言った。
 作っている最中も、喜んでもらおう、美味しく食べてもらおうと、にこにこ笑顔だった彼女。
 たくさんの人と作れる機会がなかなかないからと、喜んでいた。
「きっと大丈夫ですぅ。セシリアさんのお菓子作り、とっても美味しそうでしたから〜」
 素直な感想を、ヘリシャが述べる。
 普段から料理はセシリアが一人で作るため、調理に慣れていなかったヘリシャは、セシリアに一から十まで全部教わった。たどたどしい手つきで、真剣な表情で、頑張って。
「みなさんに美味しく食べてもらいたいですぅ」
 ちょっと不安そうな顔でヘリシャが言うのに、
「気持ちがこもっていますもの。きっと、叶いますわ」
 紅茶を淹れながら、フィリッパが微笑んだ。
 メイベルは、このお菓子を食べた人の顔を想像する。
 笑顔になってくれるだろうか?
 幸せだと感じてくれるだろうか?
 わからないけど。
 だけど、そうなら良いなと、願う。