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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



2


 点けられていたテレビから聞こえてきたニュース。
 瀬島 壮太(せじま・そうた)はそのニュースを着替えながら断片的に聞いていた。
 ヴァイシャリーの桜の満開。今日は一日晴れ。お花見日和の良い天気。
 ――へえ、桜ね。
 花見日和。見頃の桜。ふーんと聞き流しつつ、黒のロンTから頭を出した。袖に腕を通しながら、ふと思いつく。
 ――紡界誘って花見に行くか。
 以前、紺侍の奢りでデートに行くって言っていたのにまだしてないし。
 確か、今日のバイトのシフトはお互いに空白。紺侍がかけもちをしていなければ空いているはず。
 着替えも終えたし、電話してみるかと番号を呼び出し通話をプッシュ。3コール目で紺侍の声が聞こえた。朝早いのに明瞭な声だ。起こして寝起きを弄ってやろうかと考えてもいたのに。
 それはそうとして、
「よぉ。今日暇?」
 壮太は話を切り出した。
『また唐突な。暇っスけど』
「デートしようぜ」
『へェッ??』
 随分と素っ頓狂な声を出された。
「前言ってただろ、お前の奢りでデートするって。しねぇの? しねぇならいいけど」
『や、したいっスけど』
「んじゃ決まり。花見デートな。だからなんか食い物持ってきてくれ」
『全体的に無茶振りっスね、今日』
「コイビトがする我儘だよ。んじゃなー場所は後でメールするわ」
『はいっ? コイビトってちょ、』
 困惑する声に意地悪く笑いつつ、通話終了。


 小型飛空挺を走らせて、ヴァイシャリーに到着してから一時間ほど。
 待つ間の暇つぶしを兼ねて、ベンチでごろごろ春花を見ていた壮太の目に紺侍の長身が映った。身を起こす。
「お待たせしました」
「おう、待った」
「だって壮太さん無茶振りなんスもん」
 ほら、と紺侍が鞄を突き出す。中にはお弁当箱と水筒が入っていた。無茶振りに応えたらしい。
「あ、ホントに作ってきた」
「え、もしかしてからかってました?」
「半分くらいは。紺侍は馬鹿正直だなー」
 面白え、と笑って頭を撫でると、きょとんとした顔をされた。
「え、え? ていうか今あの名前」
「あ? だってこれデートだろーが。ほら行くぞ」
 掌を重ねる。指を絡めることまではしなかったが、紺侍が慌てるには充分。
「ちょ、オレなんか変に高い壷買わされるとかないっスよね!?」
「ねーよ。なんだよそれオレ何者だよ」
「……さァ?」
「いいから行くぞ。花見すんだから場所取りしねーと」
 紺侍が困惑から立ち直るまで、手を引いて先導して歩いて。
 隣を歩くようになった頃、桜の咲く公園に着いた。
「レジャーシートなかったんスけど」
「それはオレが持ってきた」
 ばさっと広げて敷いて、靴を脱いで座る。紺侍もそれに倣った。弁当と水筒がシートの上に置かれ、蓋が開けられる。
「簡単なモンしかないっスけど」
 中には、おにぎりと卵焼き、鶏の唐揚げにたけのこのきんぴらが入っていた。明らかに、高校生男子が作る簡単のレベルを超えている。
「おまえ生活力高いだろ」
「? そっスか?」
 はい、と渡された割り箸と紙皿を受け取り、いただきます。
「しかもうめえし。料理得意だろ」
「得意ってわけでも。ただ慣れてるだけっスよ」
「あー。一人暮らしじゃ自炊のが安上がりだっけ」
 確か蒼空学園の寮で暮らしていたはずだ。調理場も借りられるだろうし、工夫すれば一人前でも買うより安く済ませられるだろう。
「てーか。オヤが作ってくれなかったんスよねェ」
 手に持ったおにぎりを飲みこんで、紺侍が言う。
「……ネグレクト?」
「あー。悪く言えばそうなるかもしれないっスねェ」
「良く言えば?」
「放任主義ってことで」
 ――こいつにも色々事情があるんだよな。
 誰にだって事情はあるのだから当たり前のことだけど、そう思う。
 そういえば、壮太はあまり紺侍のことを知らない。自らのことを、訊いても大して語らないから。
「なあ」
「はい?」
「誕生日いつ」
 それすらも知らない。同じ学校だし、同じ学年だし、バイト先で会うこともあるのに。
「4月1日っス」
「過ぎてるじゃねえか」
「壮太さんは?」
「4月8日」
「過ぎてるじゃないっスか」
「「…………」」
 顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
 さて、誕生日を答えてもらったがどうするか。誕生日が先ならば覚えておいてやってもよかったが、つい最近過ぎたようじゃ対応に悩む。
 しばし考えた結果、
「これやるわ」
 自分の指に嵌めていた、お気に入りのシルバーリングを中指から一個抜いて紺侍に渡した。
「へ?」
 なんで? とばかりにきょとん顔で見つめてくるので、
「誕生日プレゼント。今それしかやれるもんがねーんだよ。来年もうちょっとマシなもんくれてやるからそれで我慢しろよ」
 言うと、素直に頷いた。へらりと無防備に笑う。犬みたいだと思った。それから指輪を嵌めようとして、
「……あの、壮太さん」
「ん?」
「この指輪、薬指じゃなきゃ嵌まらねェんスけど」
 あー、と悩む。確かにその場所に嵌めるのは男といえども抵抗があるか。
「嫌ならチェーンに通して首から下げるとかしとけ」
「じゃなくて。いいんスか?」
「あ? 何が?」
「……イーエ、なんもォー」
 答えを聞いた紺侍が指輪を嵌めた。抵抗はなかったらしい。じゃあなんだったんだあの質問、と疑問に思えども、深く考えはしない。
 弁当を空にして、桜を見てのんびりとして。
 花見客もかなり増えてきた頃に、撤退開始。
「おまえこの後用事あんの?」
 なければ家まで送り届けようと思っていたけれど、
「いろいろ撮って回るつもりっスよ」
 との返答だった。
「んじゃここでお別れだな」
「楽しかったっス」
 笑う紺侍に近付いて、
「紺侍、おまえ隙だらけ」
 くい、ともみあげを引っ張って顔を傾かせ、頬にキスをした。
「……へっ?」
「デートだからな」
 面喰っている紺侍へと壮太は笑いかける。悪戯成功。
「ちょ、あの。あの?」
「んじゃな」
 手を振って、小型飛空挺に跨って。
 多分まだ混乱している紺侍を振り返って見ることなく、帰路へ。


*...***...*


 春の行事といえば、お花見。
 と、言うことで。
「お花見だー!」
 白銀 司(しろがね・つかさ)セアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)八神 八雲(やがみ・やくも)を誘って桜を見に来た。
 視界いっぱいに広がる、ほんのり色づく花弁。空の青とのコントラストが鮮やかで。
「うわ〜……綺麗だねー!」
 ね、ね、とセアトの袖を引っ張ると、レジャーシートを敷いていた彼は「ああ」と頷く。
「セアトくん、桜好き?」
 広げられたシートの上に腰を降ろして、桜を見上げながら雑談開始。
「こういう場所で昼寝したら気持ち良さそうだな」
「好きなんだね! 八雲さんは――」
「綺麗な桜よねー」
 花見客の一人にそっと寄り添って笑っていた。うん、楽しんでいるようだ。
「……ん?」
 その花見客の後ろ姿に見覚えがあったので、ちょこちょこと回り込んで顔を見たら、
「やっぱり紺侍くんだ」
 案の定知り合いだった。
「ちわっス。司さんたちもお花見で?」
「そうだよー。セアトくんと八雲さんと、三人で来たの」
 ほらこっち、とシートの上に招く。
「八雲さんと紺侍くん、初めましてだよね?」
「アンタにされなくても自己紹介くらい出来るわ。初めまして、紺侍ちゃん。アタシは八神八雲。八雲って呼んでね」
「気をつけろよ、紺侍。隙見せたら食い付かれるから」
「セアトちゃん、ひどーい! 見ての通りごく普通のか弱き乙女だから怖がるところなんてないわよ」
「どこがだ。にじり寄るな変態」
 しっしっ、とセアトが手を払う動作をするが、八雲は気にする様子もなくセアトに近寄り擦り寄り。
 頬擦りするなとボコされても屈しないのを、
「仲良いでしょ〜」
「そっスねェ。ほのぼの家族っス」
 紺侍と二人で見守ってみた。
「ねえねえ、お弁当食べて行かない? 今日のお弁当はね、我が家のお母さんことセアトくんが朝早くから作ってくれたんだよ!」
「マジすか。セアトさんすげェ……!」
 その紹介に紺侍は目を輝かせてくれたけど、
「お母さんって……」
 当のセアトからは睨まれてしまった。ああ、そっか。
「違った! いつでもお嫁さんに行ける身……」
 こつ、とげんこつで頭を挟まれた。はっとするより一瞬早く、ぐりぐりぐり。
「ごごごごごごめんなさい頭ぐりぐりしないでー」
「あんまり変なこと言ってると、デザートの三色団子と桜のシフォンケーキはお預けだ」
「!? デザートお預けだけはお許しを、お代官様ー!」
「だからそういう変なこと言うなって」
「はいっ、もう言いません!」
 きゃぁきゃぁ騒ぐ傍らで、
「いや本当、どこをとっても仲良しさんっスね。いただきます」
「紺侍ちゃん、あーんしてあげましょうか」
「イエイエ、お構いなく」
 お弁当を食べ始め。
「セアトちゃんにもあーん!」
「要らん。埋まってろ」
 所構わず八雲はセアトに迫り迫り。
「八雲さん、積極的だなあ……いつでも大胆っていうか! 私も見習わなきゃかな!」
「見習うんスか?」
「うん。素敵なおじさまに出会えたら、八雲さんぐらい積極的に動かなくちゃなって! チャンスは自分でものにするんだ!」
「立派っスね!」
「立派だけどな、間違った方向に突っ走るなよ。こいつみたいに」
 八雲を蹴り倒したセアトが、「セアトちゃんの愛が痛いわ……」と地に伏したまま悦に入る八雲を、『こいつ』と指差しながら司に言った。
「でも八雲さんの大胆さ、学ぶものがあると思うんだよね」
「加減も覚えとけってことだ」


 お弁当に舌鼓を打って、これからまた色々な所を回ると言う紺侍と別れ、お団子片手に桜を見上げる。
 ドタバタしたが、ゆるやかに過ぎていくのどかな時間。
 ――渡すなら、今かな?
「セアトくん」
「ん?」
「じゃーん」
 司はラッピングされた包みを手渡す。
「誕生日プレゼントだよ!」
「誕生日? あー……そんなのもあったな。忘れてた」
「大丈夫、私が覚えてるから! プレゼントはお母さんの必需品・割烹着だよー♪ ギリギリまで新妻の必需品・フリフリエプロンと迷ったんだけど、こっちでよかったかなあ?」
 小首を傾げると、ため息を吐かれた。
「つかプレゼントが割烹着とフリルの付いたエプロンって、そのチョイスはわざとか? 何か悪意を感じるんだが」
「悪意?」
「……まあ、一応貰っといてやる」
「えへへ。それ着て台所に立ってくれる日が楽しみだなー♪」
 と笑顔を見せたところで、セアトの表情が固まった。視線は、司の後ろ。なんだろうと振り返ると、満面の笑みの八雲が立っていた。
「セアトちゃん、誕生日おめでとう! アタシも勿論、プレゼントを用意したわ!」
 にじり。
 寄ってきたので、つつつと司は移動する。退くな! とばかりにセアトに見られたが、だってプレゼントを渡そうとするのを邪魔するのは野暮じゃないか。
「さあ、セアトちゃん、アタシを受け取ってー!」
「返品したい」
「セアトちゃんが望むなら、裸エプロンでご奉仕しちゃうわよ!」
 どこに持っていたのか、ふりふりのそれをびらりと見せつけながら頬を赤らめ、八雲。
「黙れ変態。桜の木の下に埋まってろ!」
 今度は完全に近寄らせはせず、スキルも駆使して迎撃。八雲はセアトの言葉通り桜の木の下に埋まることになった。
 おお、と思わず拍手していると、セアトがじっと司を見る。拍手がいけなかったかと手を止めると、ぽすんと頭に手が置かれた。
「ありがとな」
「任せてお母さん♪」
「だから誰がお母さんだ。シフォンはお預け」
「お代官様ー!!?」


*...***...*


  ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)家の庭に植えた桜の木。
 今年も綺麗に咲き誇るそれを見ようと庭に出た橘 舞(たちばな・まい)の目に、知り合いの姿が映った。
「リンスさん、クロエちゃん」
 思わず呼びとめて、おいでおいでと手招きしてみた。
「どちらへ?」
「皆で花見しに広場まで」
 ヴァイシャリーの広場にはたくさんの桜が咲いていて、それは桜色の絨毯のようだと言う。
 そんな素敵な景色も良いが。
「ちょっと覗いて行きませんか?」
 ほら、と腕を広げて庭を紹介してみせる。
「満開の桜を大勢の人たちで賑やかに見るのもいいですけど、ご覧の通りこちらの桜もちょうど今満開なのですよ」
「すごい、おにわにさくら! いいなぁ……」
「他に花見客も居ませんから、のんびりとくつろげますよ」
 柔らかに笑うと、クロエの笑顔が一層明るくなった。
「お邪魔させてもらう? クロエ」
 ぽん、とクロエの背中を叩いて後押ししながら、リンス。
「うん!」
「じゃあクロエちゃん、和服、着てみます?」
 私みたいに。とひらり、袖を広げる。
 春らしい桜の柄が可愛い和服。
「いいの?」
「実はちゃんと用意してあるんですよ」
 あちらに、と家の中を指差す。
 行きましょう行きましょうと、かしましく家に入る前に、
「リンスさんもクロエちゃんといっしょに、どうです?」
 誘ってみた。
「男物なら着てもいいけど」
「え?」
「いや、えって何?」
「やはり、パラミタ男装連盟の規約ですか?」
「待って橘。話が噛み合ってない」
「? ですから、女物の服を着てはいけないという規定があるんですよね? パラミタ男装連盟の規約に」
「それは知らないけど。俺は男だから男物を着たいだけだよ?」
「そうですか……残念です。クロエちゃん、リンスさんとお揃いはまた今度ですねー」
「ざんねんね」
「絶対似合うと思うんですけど」
「ね! わたしがにあうなら、リンスもにあうとおもうのよ」
「でも、個人の意思を尊重しなければなりませんからね」
「ざんねんだわー」
 ぽそぽそと会話のキャッチボールをしながら、家に入る。
「橘とクロエの天然タッグ怖い……」
 というリンスの呟きは、よく意味がわからなかった。


「一般人の出入り、普段は禁止してるのよ。当然よね」
 春なのに、夏の柄の着物を身に纏ったブリジットはそう言った。お伴に紺侍を引き連れて。
「紡界とパウエルとはまた異色な取り合わせだね」
「や、なンか『臨時バイトよ。来なさい』って有無を言わせぬ勢いで」
「よくある。さすがのお嬢様」
「ちょっと。名探偵にして推理研代表でありプロ野球選手である、とっても忙しい私が付き合ってあげてるんだから。喋ってないで桜を愛でなさいよね」
 二人の頭をこつんと叩く。まったく、失礼なものである。
「それにリンス、なんで舞に着付けてもらわなかったのよ。クロエとお揃いの着物だっていうのに。盗撮犯だってきちんと正規で雇って記念撮影の準備もバッチリなのに」
「そもそも俺、男だからね?」
「自称でしょ?」
「正式に」
「まあ、仮に、仮によ、仮にね、男だったとしても。着ちゃいけないわけじゃないと思うけどね」
 歌舞伎などでは女形なんかが居るわけだし。
「あまり困らせるでないぞ、アホブリ」
 そこに金 仙姫(きむ・そに)が姿を見せた。舞と、着物姿のクロエも続く。ピンク地に花が散った、可愛らしい衣装だ。
「あら。クロエ、似合ってるじゃない」
「えへへー♪」
 褒めると、ぱっと両手を広げてクロエが一回転した。袖や、長い黒髪がふんわり広がる。
「おきものきれいだし、きせてもらうのたのしかったわ!」
「それは良かったです。また機会があれば着ましょうね」
「うん!」
 クロエと舞が、顔を見合わせてにこにこと笑った。その時、風が吹く。桜の花びらが舞い上がる。
「ほ。春のそよ風に舞う桜吹雪か。良い舞台じゃの」
 こういった場で踊らないのはおかしかろうと、仙姫がふわりと舞った。
「萌えるしちゅえーしょん、というやつじゃの。またわらわのファンが増えてしまいそうじゃわ」
 喋りつつもゆったりとした足さばきと、爪の先まで意識の向けられた手先の動きは止まらない。
「本来なら安くないのじゃぞ? じゃが今日は特別サービスじゃ。そこのカメラマン、綺麗に撮るのじゃぞ」
 言われるがままに、紺侍がシャッターを切る。それを見て仙姫が笑った。
「いや、素材がわらわなのじゃから、どうやっても綺麗にしか撮れぬか。言い直すぞ、一番いいのを頼む」
「はィな。任せてください」
 縁側に座るリンスの隣にブリジットは腰掛けて、舞を見た。
「ま、中々風流よね」
「そうだね」
「リンスが洋服じゃなければなー」
「まだ言う? 着物ならさ、パウエルはどうしてそんな柄なの」
 柄、と言われて自身の着物を見た。白い生地、海の柄。そこに踊る『大漁』の文字。
「なんかいいでしょ。文字が」
「文字が?」
「うん」
「変わってるね」
「あんたが言う?」
 おかしいの、と笑うと「しかと見よ!」と仙姫に注意されたので、舞に集中することにした。