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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

 
     〜2〜
 
「アクア、何か悩みでもあるの?」
 会話が一段落し、アクアは唇を尖らせるようにしていた表情を消して自分の世界に入って考え事に嵌っていた。そんな彼女の様子に気付き、箸を置いたルカルカが話しかける。声は届いたようで、彼女は不承不承顔を上げる。
「悩みが無い者などいないでしょう」
 それだけ言って、バツが悪そうな顔になる。口をもごもごとさせているのは、言いたくないのか言葉にしようにも纏まらないのかはたまた食事中だからか。
 その彼女に、ルカルカは自分の膝を抱いて優しく言った。
「良かったら聞かせて? 恥ずかしいならサンタソリで空で聞くけど? 公園までそれで来たの」
「! は、恥ずかしいわけないでしょう! 私が恥ずかしいなんていう軟弱な感情を持つと? そんなことはありません!」
「あ、そ、そう? ご、ごめんごめん」
 吃驚して動揺を隠し切れないままに声を大にするアクアの剣幕に押され、どうどう、と宥めるように手を振ってルカルカは謝る。
「じゃあ、ここで話す?」
「まだ話すとも何とも言っていないのですが……」
 黙考すること数秒、アクアは空になった紙皿と箸を置いてコップに残っていた中身を飲み干した。
「別に恥ずかしくはありませんが。散歩がてら付き合いましょうか。しかし……そのサンタソリやらに行くまでに話せると思いますよ?」

 ということで、アクアとルカルカ、ダリルは公園を軽く散歩することになった。歩きながら、アクアは今後の身の振り方を考えている、ということを主に話した。過去についての考えは、一旦整理するまでは無闇矢鱈に話すことでもないだろう。否、整理したからといって他者に伝えなければいけない事でもない。それは、自分の根幹に関わる事でもあるのだから。
「……後悔しない生き方、ねー」
「今はイルミンスールの場所を借りています。あそこで生活を続けたとしても大きな問題は感じませんが、先程、教導団に誘われました」
「教導団に興味があるの? 後悔しない為に?」
「……シャンバラの軍になった事は知っています。死に場所を求められるような危険な所だということも。……今の所、私は死ぬ気にはなれません。何故かは解りませんが……それだけは駄目だと、何処かから抑制が掛かっているような」
 何より今『死』を選んだら、ナラカで遼に蹴り飛ばされるという変な確信があった。それに、これまでの『自分』だけではなく、それ以外の、無にしてはいけないものまで無になってしまうような気がして。
「ですから、私は興味があるのは団ではなく、ヒラニプラという都市そのものなのですが」
「……そうね」
 ルカルカは真面目な声色でそう言うと、前を見たままゆっくりと話し始める。
「貴女の人生は貴女の物。だから、私は自分に正直でいてほしいと思ってる。『生』を捨てるのが、色々考えた末での選択なら……。だけど、そうじゃないみたいで安心したわ」
 アクアの方を見て笑顔を見せて。
「人生は自分の物であると同時に、自分――貴女だけの物でもない。たくさんの人が貴女が好きで、幸せを願ってる。ルカもね♪」
「…………」
 黙ってしまったアクアに、ルカルカは言う。
「確かに、教導団には寺院や戦争に関わる可能性があるわ。そこは短所ね。まあ、前線に出ない選択すりゃいいんだけど。他に短所といえば……遊ぶのは空京まで行かないとな事♪ デパートとかミスドとかチョコレート専門店とか」
「……チョコから離れろというに」
 後半は明るく言うルカルカに、ダリルが苦笑を雑えて突っ込みを入れる。それを聞き流し、彼女は続ける。
「長所は安全確保が容易な事。貴女への危害を退ける力が、我が校なら、ある。んで、ルカもいるし♪」
「自分を長所に入れるのか」
「うんうん、ダリルもいるしね」
 呆れて言ったら無邪気に笑いかけられ、ダリルは顔を顰めた。
「そういう意味では……」
「彼、教導の保険医師なの。何かあっても安心、無害、下心無しでケアしちゃうわよ」
 あはは、と笑い、ルカルカは少し口調を改める。
「後、長所といえば機晶技術が学べる事かな。メッカで産地だしモーナさんも近いし。これは、ヒラニプラ自体の話にも繋がるけど……」
「モーナも主な取引先は教導団のようだからな。繋がりは深い。入るにしろ入らないにしろ、ヒラニプラに来れば関わる機会も増えるだろう」
 後を引き取るように、ダリルが説明する。それ以上に付け加える事は無かったのか、ルカルカは1度黙ってアクアの答えを待った。教導団に来て欲しいという気持ちはあるが、よってたかって来いだの来てだの言うのも本人を無視していると思うから強引に誘うつもりは無かった。
 どの道を選んでも何かの困難はある。その時に立っていられるのは、乗り越えて進めるのは、自分が選んだ道だけだから。
 でも――
「以前に立ち寄った時に、あの界隈からは技術畑の匂いがしました。元々、機晶都市と呼ばれている場所です。技術を身につけるという意味では早道かもしれませんが……」
 ――アクアの迷いも、差し伸べられる手を待ってる事も、わかる。
 だから、1度だけ。
 ルカルカは立ち止まり、アクアの目を見て手を握った。万感の想いと願いを込めて、静かに強く。
「……ルカ?」
 戸惑いと驚きに揺れるアクアの瞳から目を逸らさずに。
「おいでよ」
 ――この4文字に全てを託して。真剣に、グッと彼女の手を握り直す。それから、気持ちが解れるように、と目を細め、笑った。
「返事は急かさないよ。ゆっくり考えて。それで……決めたら教えてくれると嬉しいな」
 そう言って、ルカルカは携帯電話の番号を彼女に伝えた。

「……ああっ! すごい減ってる!!」
 散歩を終えて戻った途端、ルカルカは大声を上げた。立つ前にはまだ沢山残っていた弁当の中身が大幅に減っていたのだ。
「そりゃそうだろ。同じ弁当をつつくってのも1つの戦争なんだぜ」
「ダリルの飯は旨いからな。握り飯から酒のつまみもあるし、減るのが道理というものだ」
 カルキノスに続いて淵もしれっと言い、残っていたローストビーフをつまんだ。次にソラマメの塩揚げを口に入れて酒を飲む。
「ル、ルカも食べるよ!」
 不在分を取り戻そうとルカルカが慌てて箸を取る中で、淵は上機嫌だ。
「ルカが料理が苦手で背に腹は変えられず覚えた料理だそうだが、完璧主義者故すっかり玄人になりおったな。ダリル、御主よい花嫁になるぞ」
「花嫁というな」
 仏頂面で素早く切り返すダリルにも酔ってて気にせず、淵は「ははは」と軽快に笑った。
「英霊として復活して何が良かったって、飯が旨い事だな」
 そうして、彼等の持ってきた酒と弁当は、みるみるうちにそれぞれの腹へ収まっていった。
「…………」
 勃発した弁当戦争には関心を示さず、アクアは黙って元居た場所に戻った。
「お前ももっと酒飲むか? 日本酒だけじゃなくて他にもあるぜ」
 カルキノスはそう言って酒盛りの場と、飲み物が集まる場を示した。そこには、日本酒の瓶以外にも皆がそれぞれに持ち込んだビールやチューハイも準備されていた。
「そうですね……」
 彼女はざっとアルコール類を見渡す。そこで、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が話しかけてきた。
「アクアさんはお酒、強いんですか?」
「……まあ、弱くはないと思いますが」
 機体を一新してからも何度か酒は飲んだが、今のところ酔った記憶は無い。そう言うと、フィリッパは安心したように微笑んだ。
「そうですか。でも、節度ある飲み方をしてくださいね。大騒ぎになり過ぎないようにいたしませんと」
 大人数で花見、ということに、どんなことになるのかとフィリッパ自身も期待していた。だが、ご近所に迷惑を掛けない程度にしないと、とも思っていて。
 平和に楽しくお花見をするためにも、ハメ外しアイテムである酒類は要チェックである。カクテルやチューハイの缶は見間違えやすいし、飲む人、飲ます人がいないか気をつけるつもりである。
「……その点は、心配しなくても大丈夫ですよ」
 自分が大騒ぎするところなど、天地がひっくりかえっても想像出来るものではない。
「分かりました。あ、ということですので、未成年はお酒は厳禁ですよ」
 フィリッパは何か起こる前に、と、全体に向けてもきちんと言っておく。
「ま、俺達もその心配はねえよな、なあ淵」
「ああ、そうじゃな」
 淵と話しつつ、カルキノスは湯飲みを傾ける。そこで、酒の表面に桜の花弁が浮かんでいるのに気が付いた。
 ふと、頭上に広がる桜を改めて見上げる。
(もう桜も終わりか。来年も来れるとは限らねぇ)
 そして、アクア達に目を遣った。散歩中に何を話したのかは知らないが――
「時間は、あるようでいて、ないもんだぜ」
 そう、彼女達に言った。

「…………」
 アクアは、何やら考えにふけって1人酒を嗜んでいた。そこに、山海経がのんびりとした口調で話し掛けてくる。
「きちんと顔を合わせて話すのは初めてじゃったかの、アクア?」
「……そうですね」
 横目で山海経を見てお酒に口をつけたところで、彼女は唐突にこう言った。
「して、進路は決まったのかの?」
「……!」
 お茶が別の管に入るところだった。何とかむせずに済んで今度はまともに目を向けると、涼しげな表情で山海経は言った。
「イルミンスールに来てくれれば主も喜ぶじゃろうが、自身で決めることじゃ。強要はせぬよ。今生の別れではないのだ。生きていて、会いたいと思うならまた会える」
「…………」
 本当に僅か。普段とよく見比べないと判断がつかない程の僅か、アクアは目を伏せた。黙ってしまった彼女のその変化に気付いているのかいないのか、山海経は飄々とアクアにとっての爆弾発言をした。
「まぁここでは、死んでから会いに来る輩もおるがの」
「……!」
『彼』の事を察しての台詞なのか、話の流れで出しただけなのか……。
 アクアに判断はつかなかったがそれで否応無く『彼』を思い出してしまったのは確かである。