イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

お見舞いに行こう! さーど。

リアクション公開中!

お見舞いに行こう! さーど。

リアクション



2.クロエがお見舞い。1


「アルトリアおねぇちゃん?」
 名前を呼ばれて、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)は立ち止まった。クロエの声だ。
「クロエ殿」
「こんにちは。おみまい?」
 くりっとした目を向けてくるクロエに頷く。
 今日は、 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の見舞いに来た。
 日課としている剣の習練の最中にお互いがちょっとしたミスをしてしまい、結果ルーシェリアが骨折し入院する羽目になってしまったのだ。
「それで、今からルーシェリア殿のお見舞いに行くのですが、クロエ殿もどうでしょうか?」
「わたしがいったらルーシェリアおねぇちゃん、げんきになる?」
「なりますよ、きっと」
「じゃあ、いくわ!」
 提案に軽く乗ってきたクロエの手を取って、病院の廊下を歩く。
「クロエ殿はどうして病院に?」
「リンスがにゅういんしちゃったの。それでおみまいよ」
「なんと。リンス殿もこの病院に入院されているのですか?」
「たいちょうふりょうなの」
 後でお見舞いに向かおうか、と考えたところで、ルーシェリアの入院している病室の前に着いた。
 ドアに伸ばす手が、一瞬だけ躊躇われる。
 ――自分が、怪我をさせてしまったのに。
 ――どんな顔をして会えばいいのだろう?
 逡巡してる間に、クロエが病室のドアに手を掛けた。あ、と声を上げる間もなくドアが開かれる。
「ルーシェリアおねぇちゃん、こんにちは!」
「クロエさん〜。こんにちは、お見舞いに来てくれたんですかぁ?」
「そうよ。アルトリアおねぇちゃんにさそわれたの」
「アルトリア?」
 そこで、ルーシェリアがアルトリアへ視線を向けた。他人行儀に頭を下げると、ルーシェリアがぷっと吹き出した。
「やだぁ。なんて顔、しているんですかぁ? この怪我は、アルトリアのせいじゃないですよ〜」
「しかし……」
「お互いがドジやっちゃっただけですぅ。だから、責任なんて感じないでくださいねぇ? アルトリアがそんな顔している方が、私、悲しいですぅ」
「よくわからないけど、かなしませちゃだめよ!」
 ルーシェリアにはそう笑われ、クロエには注意され。
 気にしていた自分が、少し馬鹿らしく思えた。
「花を買ってきたんです。飾りますね」
 借りた花瓶に花を活け、病室に飾りながら。
 アルトリアは、先ほどよりもいくらか自然に微笑んだ。


*...***...*


 目が覚めたら、見知らぬ場所に居た。
 ――あれ?
 ――ここは、どこだろう。
 寝起き特有のぼんやりとした思考回路を働かせ、秋月 葵(あきづき・あおい)は考える。
 ――白い……えっと、病院……かな?
 ――? なんで、病院? 風邪気味で、体調はよくなかったけど……。
 断片的な記憶を思い出そうと手繰る。
 確かさっきまで、執務室で報告書をまとめていたはずなのだが。
 ――それ以上は思い出せな……あ。
 目を開けて、周囲を見渡した際にエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が傍に居たことに気付いた。
 ――エレンに、何があったのか訊こう。
 そう思って口を開こうとしたその瞬間、いきなり抱きつかれた。
「!?」
「葵ちゃんっ……!」
「エ、エレン? えっと、何かな、どうしたのかな?」
 慌てながらもエレンの顔を見る。
 目が赤い。
 ――泣いてた?
 その事実に胸がきゅっとする。何があったのだろうか。どうしたのだろう。
「エレ、」
「ここは聖アトラーテ病院です。葵ちゃんは執務室で意識不明になって、ここに運ばれたんです」
 若干の涙声で、エレンディラが言った。
 意識不明? と首を傾げると、
「無理を、しすぎなんです。……白百合団班長に、ロイヤルガードの公務。最近では魔法少女としての活躍等々……」
 小言を述べられた。
 正直、小言は耳に痛いけれど。
 ――泣かせるほど、心配かけちゃったんだなぁ……。
「ごめんね」
 素直に謝ることができた。
「これから気をつけてくれてばいいです」
「うん。エレンを泣かせちゃ駄目だもんね」
「そういう問題ではありません。……私は泣いてもいいんです。ただ、葵ちゃんに元気で居て欲しい」
「あたしはエレンに笑っていてほしいよ」
 元気で居ることが、エレンディラの笑顔に繋がるなら、元気で居ると約束しよう。
 ね、と笑うとエレンディラも笑ってくれた。
「りんご、剥きますね」
「うさぎさんがいいな」
「はい。待っててくださいね」
 エレンディラの手によって作られるうさぎのりんごを見る。
「ねえねえ、エレン。もう無理しないって約束するね」
「? はい」
「だから、退院していい? まだ、やることいっぱいあるし……」
 言いかけた葵の口に、うさぎりんごがキスをした。
「むぐ」
「そういうこと言う口は、塞いじゃいます」
 食べ終わったら塞ぐものがなくなっちゃうけどなぁ、と考えつつ、咀嚼。
 一切れなくなると、次の一切れが口に入れられた。
 最後の一切れを食んでいる最中、エレンディラも次をどうしようかと悩んだようだ。
「…………」
「…………」
 数秒、沈黙。
 と、エレンディラの顔が近付いてきて――
 ――あ、キス……?
 どきっとして目を瞑る。
 丁度その瞬間、病室のドアが開く音がした。
「あ。お、おじゃましました!」
 クロエの声が、聞こえる。ドアの閉まる音も。
「クロエさんっ?」
 エレンディラの慌てる声に、
「……え、あ。……あ、見られちゃっ……た?」
 葵も、やや緊張した声で訊く。
 こくりと頷かれ、頭を抱えてベッドに沈んだ。
 見られたなんて、恥ずかしい。
 それだけじゃなくて。
 ――キスしたかったなぁ。
 なんて、ちょっとでも考えている自分の思考も。


*...***...*


 ああいう場面でどういう対応をすればいいのかわからなかったクロエは、『邪魔しないこと』を選んだ。
 ――らぶらぶなのよ! らぶなのよ! らぶをじゃましちゃだめなのよ!
 妙にどきどきするので、てとてとと早歩きで廊下を歩く間もそう考え。
「……?」
 ある、病室の前で立ち止まった。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)と名前が打たれた、個室の前で。


 クロエが病室の前で立ち止まる少し前。
 つかさはベッドの上で目を覚ました。
 カンテミールの触手で身体を貫かれ、その治療の為に入院。
 その事実にすぐ至り、ベッドの上でふっと笑う。
 ――入院なんて……何年ぶりでしょうか……。
 ひどく久しぶりのことに思える。
 パラミタに来てから入院した記憶はない。怪我をするようなこともなかったからだ。
 ――昔は……。
 ――生傷が、絶えませんでしたし……。
 『とあること』で過剰なことをする客が居た。その結果、裂けてしまって入院を余儀なくされたことも一度や二度じゃない。薬のおかげかどうか知るすべはないが、大きな傷跡が残っていないのが幸いだろうか。あまり嬉しくもないけれど。
 自嘲の笑みを浮かべて、つかさは自分の身体の調子を確かめる。
 ろくに身体を動かすこともできない。最低限、身の回りの世話をできるかどうか……というところか。
 ――この身体ですと……さすがにエロいこともできませんねぇ。
 ――なら仕方ありません。久しぶりにゆっくりしますか。
「…………」
 時計の音だけが病室に響く。
 何もない日常。
 何もない私。
 ――ほんとに私は何もないですねぇ……。
 お見舞いに来る人も居なくて。
 ――……何もない。
 連絡を取ろうと思えば出来る相手も居た。
 けれど。
 ――こんな姿、シズルにも見せられませんからね……。
 自分の気持ちが許さなかった。
 だからこれでいいと思っていても、どこか寂しくて。
 そんな時に、人の気配を感じたからベッドから身を起こしたのだ。
 ドアの前に佇む気配。入ろうか入るまいか、悩んでいるような。
 ――どなたでしょうか?
「誰かのお見舞いですか」
 気になって、声を掛けてみる。
「お時間があれば、少しお話しませんか?」
 何もないけど。
 何もないから。
 声に対して返ってきたのは、ドアの開く音。
「こんにちは、お嬢ちゃん」
「こんにちは」
 長い黒髪が綺麗な美少女だ。
「かなしいの?」
「え?」
「かなしそうだったから、とまっちゃったの」
 つかさの目を見て言ってくる彼女に、曖昧に笑うことしかできない。
「……お名前は?」
「クロエ」
「そうですか。クロエ様と仰るのですか。……クロエ様は、とても敏感な方なんですね。いえ、エロい方面ではなく」
「?? よくわからないわ」
 きょとんとするクロエに、再びつかさは笑いかけた。
「本日はどのような御用件で?」
「びょういんにきたりゆう? リンスのおみまいよ」
 聞き覚えのない名前だ。クロエの大切な人なのだろうか。
「それと、ほかのひとのおみまい」
「あらあら。私みたいに、お話を望む方がたくさん居そうですね」
 それでは長く引きとめてもいけないだろうと、つかさはクロエに手を振った。
「少しですが……お話できて、楽しかったですよ。また会えたら良いですね」
「うん。またね、つかさおねぇちゃん」
 ばいばい、と手を振るクロエを見送って、つかさはベッドに寝転がった。
 ――眠りませんと。
 ――身体が回復しません。
 ――……その身体が、疼いて寝かせてくれないのですけど。
 ――横になるだけでも……。
 目を閉じるのは、なんとなく怖かった。
 しばらく、戻ってこれない気がして。
 馬鹿馬鹿しい。そう思う。
 けれどやっぱり漠然とした恐怖があって。
 眠気に襲われるまで、つかさは白い白い病室の天井を、ただ黙って見上げていた。