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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



19


 周囲を季節の花が彩り飾る、白レンガ造りのクラシカルな佇まいをした小さなチャペルに祝いの日が訪れた。
 新郎新婦の入場に、オルガンの音色が澄んだ音を響かせる。参列者が祝福の賛美歌を高らかに歌い上げる。
 人々の中央を歩くのは、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。それぞれ、薔薇をモチーフにしたウェディングドレスと、ホワイトカラーのタキシードを身にまとっている。
 二人の顔に浮かんでいるのは、幸せそうな笑顔。歌菜の方には、他にも恥じらいや照れや喜びなどが入り混じっている。
 牧師の前まで歩いていって、ぴたり立ち止まる。
「聖書朗読」
 聖書を読み上げる牧師の声を聞きながら、歌菜はこれまでのことを思い出していた。
 森の遺跡で眠っていた羽純を見つけて契約したこと。
 羽純の前では素直に泣けてしまうこと。
 ――不思議だったなぁ……。
 あの頃はまだ、それが意味するところに気付けなかったっけ。
 羽純に記憶がないことを知って、色々なところにも行った。たくさんの思い出を作りたくて。
 連れ回しているうち、いつの間にかとても大切で大好きな人になっていた。
 ――それから、それから……。
 想いに気付いて、告白しようとして。
 でも、その前に羽純から告白を受けて。
 ――相思相愛だったことを喜ぶより先に驚いたっけ。
 私でいいの? とか。
 夢じゃないよね? とか。
 羽純が封印前の記憶を取り戻してからは、絆がもっと深まった。
 そして、プロポーズを受けて……。
 ――本当に嬉しくて、幸せで、泣いちゃったんだよね。
 ――今も、泣きそうだけど。
 ――幸せすぎて。
 こんなに幸せでいいのだろうか?
 大好きな人が隣に居て、ああ今、牧師からの誓いの言葉に頷いてくれた。永遠を誓ってくれた。
 羽純の誓いを聞いた牧師が、続いて歌菜の目を見た。
「あなたはこの男性を愛し、慰め、敬い、支え、両人の命のある限り、一切他に心を移さず、この男性の妻として身を保ちますか」
「誓います」
 迷わず歌菜は頷いた。
「羽純くん」
 牧師だけでなく、貴方へも誓う。
「私は貴方を幸せにします」
「……それは俺のセリフだろ」
「えへへ」
「やれやれ、一歩遅れたな」
 困ったように、でも嬉しそうに笑いながら羽純が歌菜の手を取った。
「歌菜。他の誰でもない、お前に誓おう。
 お前と共に歩んでいく」
 これからずっと。
 指輪の交換が行われた。歌菜も続こうとするのだが、緊張に手が震える。そっと、羽純が手を取ってくれた。
 大丈夫、落ち着け。
 そう言ってもらえたような気がした。震えが止む。
「不思議だね。羽純くんが居てくれる、それだけでなんとかなるって思えるんだもん」
「? 何だって?」
「ううん、なんでもないよ」
 そして指輪交換が済んだなら、次に待っているのは誓いのキスだ。
 ベールに羽純の指がかかる。
「私、最高の笑顔、見せられてるかな?」
「ああ。今まで見た誰よりも綺麗だ」
 唇と唇が触れ合う。思わず涙が溢れた。
「これから、宜しくね」


 ウェディングドレス姿の歌菜は、同性である東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)から見ても本当に綺麗だ。
「見惚れちゃうね……」
 歌菜も羽純も、とっても幸せそうで。
 羨む……というか、なんというか。
 女としてだろうか、いいな、と思ってしまう。
 ――いつか、私も。
 ――……私も?
 心に浮かび上がった言葉に自ら首を傾げた。
「あ」
 退場のために歩いていく時、歌菜の耳にイヤリングがあることに気付いた。
 ――歌菜ちゃん、着けてくれたんだ。
 それは、秋日子からの贈り物。
 ウェディングドレスが薔薇をモチーフにしていると聞いたので、ちょっとしたサプライズにと思って用意したものを控え室で渡していたのだ。

「歌菜ちゃん、青い薔薇の花言葉って知ってる?」
「えっと……なんだったっけ?」
「『神の祝福』、だよ。二人の結婚は神様も祝福してくれるから、今日はと〜っても素敵な日になるよっていうおまじない」
「素敵なおまじない……秋日子さん、ありがとう」
「ううん、こちらこそ式に招待してくれてありがとう。それと、本当におめでとう!」

 控え室で交わした会話を思い出す。
 ――あの時からもう、歌菜ちゃん幸せそうだったけど。
 ――やっぱり、羽純さんの隣が一番いいんだね。
 羽純の隣にいる時が、一番可愛い顔をしている。幸せじゃなければできない顔だ。
 そうやって秋日子が見惚れている間にも式は進む。締めくくりのブーケトスへと。
 ブーケなんて、そうそう取れるものではないし。
 自分にはまだ相手も居ないし、希望する人が取れればと思っていたのに。
「あれ?」
 弧を描いたブーケは、ぽすりと秋日子の手の中に落ちてきた。
「え、え?」
「わぁ〜、秋日子さんがキャッチしてくれた♪」
「えっえっ。えっとっ」
 歌菜の祝福に、どうしよう!? と要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)を見た。要は柔らかに微笑んで、
「ブーケキャッチおめでとうございます、秋日子くん」
 祝ってくれた。
「そ、そうじゃなくて……!」
 言いたいことがうまく伝わらない。伝えられない。
 もどかしい気持ちで居ると、
「秋日子、要」
「今日は私たちの結婚式に来てくれてありがとう!」
 主役である二人がすぐ傍に来ていた。
 歌菜が、秋日子と要の顔を交互に見て微笑む。
「次は秋日子さんたちの番だね♪」
「わ、私の結婚式なんてまだまだ先の話だよ!」
「そうなの?」
「そうだよ! だいいち私、恋人も居ないのに!」
 言ってから、ちらりと要を見た。ねー、と同意を求めるように曖昧に笑う。
「秋日子くんは絶対幸せになりますよ」
 と、真剣な顔で言われた。
「……え。ぜ、絶対幸せにだなんて……大げさだな、要は。ていうか、真剣な顔して言われると照れる……」
 きっと要のことだから、何も深い意味なんて無いのだろうけど。
 要の顔を見ていられなくて、視線をブーケに移した。
 ――まだまだ先の話だと思うけど……。
 ――私もいつか……結婚できるかな?
 その時誰が隣に立つのか、想像もつかないけれど。
 ――……要だったら、いいのにな。


 秋日子と要の反応を見た羽純は、そっと要の傍に近付いた。
「要」
「どうかしましたか、月崎くん」
「俺がいつか言った言葉、覚えてるか?」
 突然の質問に、要がきょとんと目を瞬かせる。
 それから真面目な顔をして、
「はい。覚えています」
 首肯した。
 そうか、と羽純も頷く。
「ならいいんだ。秋日子を大事にしてやれよ」
「ええ。自分は、あの人に笑っていてほしいから……」
 大事にします、と要が言葉を繰り返す。
「秋日子くんは自分の……俺にとって……『大切な人』ですから」
 その言葉が何を意味するか。
 ――要、お前は気付いているか?
 たぶんまだ、はっきりと自覚しているわけではないのだろう。
 けれど全然気付いていないわけでもあるまい。
 そう遠くない未来を想像して、羽純は微笑んだ。