イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

ジューンブライダル2021。

リアクション公開中!

ジューンブライダル2021。
ジューンブライダル2021。 ジューンブライダル2021。 ジューンブライダル2021。 ジューンブライダル2021。 ジューンブライダル2021。

リアクション



20


 六月も幾日か過ぎて、ジューンブライドを意識するような頃。
 水神 樹(みなかみ・いつき)は、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と一緒に知り合いの結婚式に参加した。
 梅雨入り間近ということもあり、雨降りが心配だったが当日はとても良い天気で、いい結婚式日和となった。
 式は順調に進み、退場間際の花嫁がブーケをゆるく投げた。ブーケが空を舞う。
 ブーケトスでブーケを受け取った人は、次に結婚できるという。
 なので樹はブーケを取りたかったけれど、残念ながらブーケは他の人の手の中へ。
 しょんぼりする気持ちを抑えて、ブーケを受け取った人へおめでとうと微笑みかけた。


 式が終わり、帰り道。
 途中あったカフェに立ち寄り、樹とお茶をすることにしたのだが。
 なんだか妙に、落ち込んでいる。落ち込むというか、拗ねたような顔をして紅茶のカップに砂糖を運んでいた。さばさば。砂糖の粒が紅に溶けた。
「樹」
 名前を呼んで、気を引いて。
 頬をむにっとつまんでみた。
「ほらほら、笑顔笑顔」
「…………」
 どうやら原因になっていること――おそらくはブーケをキャッチし損ねたあれ――が、随分とショックだったらしい。いつもの、はにかんだ笑顔でする制止がない。
 さばさば。
 砂糖を、紅茶のカップに運び続ける。
 そんなに入れたら砂糖がカップから溢れるんじゃないかなあ、なんて考えながら、
「樹、しりとりしようか」
 弥十郎は提案する。話しをすれば気が紛れるのではないかと思ってのことだ。
 どうして? いきなりなあに? そう問いたそうな樹の目。弥十郎は、にこにこと微笑みかけるだけ。
「はい。いいですよ」
 興味が勝ったのか、樹が頷いた。
「じゃあ樹から」
「んっと……『らっこ』」
「こか。こねぇ……『こねこ』」
「むぅ。また、こ、ですか?」
「ふふ」
「えっと……『こあら』」
「『らくだ』」
「だ……」
 そんな調子で、しばらくの間続けてみると。
 いつのまにか、樹の顔が真剣なものになっていた。
 ふと、あることを思いつく。
 付き合い始めてどれくらい経った?
 二年。
 ――そろそろいいかなぁ。
 タイミングだってばっちりだし。
 なので、実行に移すことにした。
 行動予測を駆使して、樹の言いそうな言葉を考えながらしりとりを続ける。
「『ほいく』」
「『くるみ』」
「『みるくがゆ』」
 ――よし。
「ゆ、か。ゆ、か、こ。『ゆりかご』」
「それ言いました」
「ゆ、ゆ、ゆ」
「もう無いですか?」
 私の勝ちですね、と樹がくすくす笑った。
「あるよ」
 笑う樹の手を取って。
 右手から指輪を抜く。
「え、」
 そしてそれを、左手の薬指に嵌めて。
「『指輪はこっちの方が似合うよ。結婚しよっか』」
 しりとりの中にプロポーズを混ぜた。
 樹の返事を、待つ。
 驚いたように目をぱちくりさせて、指輪を見て、弥十郎を見て。
 それから言葉の意味をしっかり飲み込んで、顔を赤くして。
 驚きしかなかった表情に、幸せの色が灯った。笑顔に変わる。
「か、感激です。よろしくお願いします、弥十郎さん」
「あ。んがついちゃったね。樹の負けだねぇ」
「はい、弥十郎さんに、負けました」
 しりとり以外にもいろいろと。
 そう呟いて、樹が紅茶を手に取った。
「あ」
「?」
「それ、ちょっとびっくりするかもよ?」
「どうしてですか?」
 首を傾げながら、紅茶に口をつけて、
「あ、甘ぁ……」
「そりゃぁあれだけ砂糖入れればねぇ」
 甘すぎた紅茶に驚いて、眉と目尻を下げる樹を微笑ましいなとくすり微笑む。


 夢を見ているようだった。
 むしろ夢なのではないかと、頬をつねってみたくらい。
 ――ブーケを取れなかった私が、結婚を望みすぎて見てるんじゃ。
 つねった頬は痛かった。
「何してるの、樹」
 苦笑混じりの弥十郎の声。左手から伝わる体温。
 全て、現実。
 恋愛結婚だった両親を見て育った樹は、いつか自分も心の底から愛する人と結婚をしたいと思っていた。願っていた。
 だから、そう思う相手と――弥十郎と結婚の約束をしたことが、とても嬉しい。
「幸せすぎて、どうしようって」
「だからって頬をつねらないの。樹の頬を引っ張っていいのは僕だけだから」
「なんですか、それ」
「恋人特権ということで」
「それが特権でいいんですか?」
「いや、他にもあるから」
「欲張りですね、弥十郎さんは」
 呆れた振りをして視線を右手の薬指に移した。そこには弥十郎から受け取ったオーダーメイドリングが嵌っている。
 そのうち、今度は左手の薬指に新しい指輪が嵌められるだろう。
 ――幸せだなぁ。
 ふにゃり、自然と顔が綻んでいく。
「樹、また笑ってる」
「そういう弥十郎さんだって、笑ってます」
 今日結婚した二人に負けないくらいの笑顔を浮かべて、二人は帰り道を歩く。


*...***...*


 土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)と同じく、教導団に所属する知り合いがこのたび結婚するということで。
 お祝いに来て、幸せそうな顔を見て、末長く幸せになんて言ってみたりして。
 ――幸せそうだったなぁ。
 夫婦となった二人の笑顔を思い出しながら歩く帰り道。
 ――あれ?
 前を歩く人の背姿が、妙に見覚えがあって……というより、忘れるはずがない。間違えるはずがない。あの後姿は、
「だっ、団長っ!!」
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)のものだ。
 そして呼び止めてから気付いた。
 ――あたし、団長呼び止めてどうするんだよっ。
 別に用事があったわけではない。
 ただ、今声をかけなければ、次にいつ会えるかわからなかった。そう思ったら身体が勝手に動いていた。
「どうした、土御門雲雀」
 振り返った鋭峰が、雲雀の目を見て静かに問う。
「ぇ、と。あの……」
 次に続く言葉が思い浮かばない。
 必死に頭を回転させた。
 もっとこの人と一緒に居るには、なんて言えばいい? 何を言えばいい?
「その……ほ、本日はお疲れ様でありました! こ、これからどこかへお出かけならその、ご迷惑でなければ自分がお送りさせて頂きますですが……!」
 ――って。さすがに本音バレバレだろ、あたし……。
 でも、咄嗟に上手いことを言えるような器用な性格をしていないし。
 少しでも長く団長の隣に居たかった。声を聞いていたかった。
 その想いまで透けそうな、わかりやすい言葉。
「……好きにするといい」
 端的な答えだったが、口にするまで間があった。少し引っかかる。
 けれど鋭峰と一緒に居られる喜びに、そんな引っかかりなんて彼方へ消えた。
 はい、と頷いて鋭峰のやや後ろを歩く。
 ――結婚、かぁ。
 不意に、頭を過ぎる単語。
 ――団長、いつか素敵な人がお嫁に来るんだろうな。
 鋭峰は、厳しいけれど部下思いで優しくて温かい人だ。
 そんな鋭峰のことが好きだし、もしも許されるならずっと傍に居たいと思う。
 結婚。
 再び頭を過ぎった単語を、雲雀は即座に否定した。
 ――だめだ。
 ――団長と団員なんて、団長が迷惑するっての!
 ――それにあたしは団長の背中を守るって決めてんだし。
 いいんだ。
 団長が誰と結婚したって。
 団長が幸せなら、それでいいと、思う。
 だって好きな人が幸せなんだ。いいじゃないか。素敵なことじゃないか。
 だから、誰と一緒に笑ってたって。
「…………」
 急に涙がこみ上げてきた。必死でこらえたが、無様なその顔を見せたくなくて伏せる。
「いい式だった」
 鋭峰は雲雀の前を歩いている。だからこの様子にも、気付かない。
 気付かないで、いてほしい。
「そ、ですね」
 ――うわ、情けな。涙声だし、あたし……。
 鋭峰は気付いてしまっただろうか。
 こんなかっこ悪い姿、見られたくない。
 ――気付かないで。
 ――……気付いて。
 前を歩く鋭峰は振り向かない。
 なぜか、置いていかれそうな気がして。
 怖くなって。
 手を伸ばした。鋭峰の手に、雲雀の指が触れる。
 きゅ、と。
 しがみつくように、手を握る。
「団長、そのままで聞いてください」
 振り返りかけた鋭峰に、雲雀は先手を打つようにして言葉を放つ。
「団長。あたし……ほんとに団長を好きでいていいですか。困ったりしませんか」
「…………」
「拒否されないだけでも確かに嬉しいんです、けど。……立場とかいろいろある人なのに、ほんとは迷惑なんじゃないかって」
 それが、怖くて。
「自分が団長とつりあうわけないって……だめだってわかってるんです。けど」
 呼吸が乱れた。深呼吸して、一秒、二秒。
「金鋭峰って人が、好きなんです」
 自分の気持ちは、伝えた。
 だから、ちゃんと聞かせて欲しい。
「団長のほんとの気持ち、聞かせてください。……もし、あたしのせいで団長が困ってるなら、きっぱり諦めますから!」
 だから、教えてください。
 このままでいるのは、辛い。
 しばらくの間、鋭峰は黙っていた。
「雲雀の気持ちは、嬉しい」
「……っ!」
「だが。雲雀が言ったように、私の立場がそれを許さない」
「…………ですよ、ね」
 ああ、だめだ。
 泣きそうだ。
 わかってる。わかってた。
 でも。
 もしかしたらに、希望に、すがってた。
「……雲雀、」
 鋭峰が振り返ろうとしたのがわかった。
「いいんです」
 またもや先んじて声をかける。
「……いいんです。大丈夫ですから、あたし」
 無理に明るい声を作って。
「すみません、変なこと言っちゃって! あはは、あたし、ほんとだめだなー。ほんと。……」
 すみません。
 もう一度、謝った。前を歩いたら失礼かなと思いつつも歩き出す。
「時間をくれないか」
 歩きだした雲雀の背中に、鋭峰の声。
「時間……ですか?」
 振り返らないまま、問い返した。
「ああ。もう少し国勢が落ち着くまで。……そうしたら、その時は私のほうからきっと君に」
 風が吹いて、ざぁ、と街路樹が音を立てる。
 木々のざわめきが静まるまでその言葉の意味を考えて、
「え、えぇっ!?」
 意味するところを理解した瞬間、顔に熱が集まった。
「……待っていてくれるか?」
 いつもより少しだけ弱々しく、自信なさげに鋭峰が言う。
 振り返って、雲雀は笑いかけた。
「待っています。……ううん、待たせてください」
 貴方と共に歩めるならば。
 長い時間待つことも、困難を乗り越えることも厭わないから。