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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



16


 ビールやカクテルを始め、未成年者向けにノンアルコールのカクテルやジュースをトレイに乗せて、瀬島 壮太(せじま・そうた)は式場を歩く。
「どうぞ」
「わ。ありがとうございます」
 来賓の方にウェルカムドリンクを配る給仕のバイトの最中だ。式場でのバイトなので、かっちりとしたギャルソンの制服に身を包んでいる。
 オレンジを添えたカクテルグラスを出すと、かわいい、とか、見た目が涼しい、とか絶賛された。壮太なりに考えてみたのでその反応が嬉しい。
 六月とはいえ、今日みたいに晴れた日はとても暑い。なので初夏らしい装いにしてみたのだ。
 トレイに乗っていた分を配り終えたので、また取りに戻ろうとしたところ。
「おまえでもそんな格好するんだな」
「へ?」
 いつものラフなパーカー姿ではなく、ジャケットにスラックスといったフォーマルな格好をしている紡界 紺侍(つむがい・こんじ)を見かけたので声をかけてみた。
「あらま。壮太さんカッコイー、脱がしェー」
「アホ言えるくらいには快復したらしいな。異常なく退院できて良かったのか悪かったのか」
「ははは。まァオレですし」
 からからと笑う。なんてことなさそうだ。
「おまえさ、結婚式が終わった後時間ある?」
「はい? えェ、ありますよ」
「んじゃ終わったらちょっと顔出せな」
 言うだけ言って仕事に戻ることにする。はァーい、と間延びした声が、背後から聞こえた。


 結婚式が終わったことは、廊下のざわめき具合からわかる。
 そろそろ来るかな、と予測しながら壮太は片付けを終えたバーの片隅にティーセットを広げて待つ。
「ちわっス」
 間もなく、予想した通り紺侍がバーに入ってきた。
「あれなンかオシャレ。ヤバい肩凝るかも」
「マナーとかそういうのはいいから。楽にしてろ」
「ハイ」
 素直に頷いて椅子を引き、座ったのを確認してから紅茶を淹れた。式場から分けてもらった茶葉があるので、ちょっとリッチなお茶会である。
 茶葉を蒸している間に、クッキーやスコーンを用意しておく。時間の経過を見て、そろそろかなとティーカップに紅茶を注ぐ。自分の分も注いでから、壮太も席に座った。
「どうぞ?」
「あ、ども。砂糖ってあります?」
「はいよ」
 角砂糖の入った瓶を置いてやる。ふたつばかりカップに入れて、ティースプーンで混ぜた。
「オレ、ストレートで飲めないんスよねェ」
「お子様味覚って?」
「そっス。コーヒーもダメなんスよ、苦くて」
 ふーん、と相槌。
 なんてことない話をしてから、
「今日の結婚式、良かったな」
 結婚式の様子を思い出して壮太は言う。
「っスよねー。花嫁さんが綺麗でもう。仕事関係ナシに撮りまくりましたもん。新郎さんもかっけェし」
 そォいや壮太さん、結婚は?
 なんの気なしにされた問い掛けに、苦笑。
「オレは結婚なんて想像できねえなあ」
「へえ?」
「『特定の誰か』と幸せになんのが怖いんだよ」
 断片的に思い出す、過去の記憶。
 地球にいた頃、好きだった人に捨てられた、辛い記憶。
「幸せになる前に逃げる癖がついちまったんだよな」
 重く取られたくないので、思い出話を語るようにぽつりぽつり。
 ――……でもなんでオレこんなこと喋ってんだ。
 今まで誰にも話したことはなかったのに。
 結婚式という、特別な日だから感傷的になっているのだろうか。きっとそうだ。
「……紡界?」
 生い立ちのことを話してもアホなことを言ったような奴なのに、どうしてか今日は黙り込んでいた。
「あ。すんませんボーっとしちまって」
「それはいいんだけどよ。オレなんか変なこと言ったか?」
「いやー。はは」
 曖昧に笑う紺侍の目を、じっと見た。言いたいことがあるなら言えばいい。それとも、言うに値しないのだろうか。内容が? それとも聞き手である自分が?
「おまえはそういうのねえの?」
 見つめたまま問うてみた。紺侍が曖昧に笑う顔のまま、
「ありすぎてまァ、似てるなァと思っちまった次第で」
「……お?」
 零れた言葉に少し驚く。予想外だったからだ。
 だけど、ああ、だからか、と妙に納得してしまった。
 なんだか他人のように思えなくて、こうして誰にもしたことのない話をしてしまうことに。
「寂しくないスか」
「おまえは?」
「どォでしょーねェ」
「おまえと同じかもな」
「それはそれは」
 曖昧な答えには曖昧な答えで。
「紅茶、美味いっス」
「そりゃ何よりだ」
「また淹れてください」
「気が向いたらな」


*...***...*


 ウェディングドレスは、女の子の憧れ、らしい。
「はぁ〜……素敵ッスねぇ……」
 仕事の手を止め、目を輝かせて新婦のドレス姿を見るルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)に、四谷 大助(しや・だいすけ)はため息を吐いた。仕事に戻れという意味を込めて、少し大袈裟にしてみたけれど効果はない。仕方がないのでルシオンの分も働く。
 一体どうして結婚式場でアルバイトをしているのかというと、一言で言えばルシオンのお目付け役である。彼女が新しく始めたバイトに慣れるまで、いろんな意味で心配だったから一緒に働くことにした。
 装花やドリンクサービス、料理の皿を運んだり、参列する方々を式場まで案内したり。
 忙しく動き回る。加えて、ルシオンの調子がああなのだ。フォローをする側の負担が酷い。
 ――わかってたけどな。なんとなく。
「四谷くん、こっちも手伝って」
 別のスタッフからの声かけにはいと返事をして、
「ほら行くぞ!」
「あ、あ、あの新婦さんのドレス素敵ッス! 着てみたいッスねぇ……」
「夢見たこと言ってんな。つーかいい加減仕事しろバカ、叱られるぞ」
 ドレスに見惚れるルシオンの軽く頭を小突いて強制的に動かす。
「大さんのケチっ。石頭っ。甲斐性なし!」
「関係ねぇだろ、ほら行くぞ」
 むすーっとした顔のルシオンを引っ張り、バイトに戻る。


 式が終わったあとも、ルシオンの機嫌は悪いままだった。
「…………」
 むすっとした顔のまま、誰も居ない式場のバージンロードを歩いている。
 何がそんなに悪かったのか、大助にはわかりかねた。
 が、ドレスやブーケに憧れていたことくらいはわかったので。
「ほら」
「……へ?」
 追いかけていって、くすねてきた模擬結婚式用のヴェールをルシオンにかぶせた。
「これもやる」
 渡したのは、不揃いで不恰好な、造花で出来た小さなブーケ。
 式のあと余った造花をもらって作った急ごしらえだし、そのうえ物作りにおいて素人だから散々な見た目である。
 けれど、気持ちは込めた。
 機嫌直せよ、とか。
 ちょっと言い方悪かったよ、とか。
 無愛想な大助にしては珍しい気遣いの品。
「大さん……このブーケ、すっごく不恰好ッス」
「うるせぇな、知ってるよ。……いらねぇなら返せ」
「……にひひっ。いらないわけないじゃないッスか。やっぱり大さんは優しいッスね!」
 嬉しそうに笑って、ルシオンがくるりとその場で一回転した。ヴェールがふわり、動きに合わせて揺れる。
「ヴェールも綺麗ッス。花嫁さんになった気分ッスよ」
「ドレス一式じゃなくて悪かったな。……とりあえずそれで機嫌直しとけ」
「ひゃー、ドレス一式だなんて贅沢ッスね! 憧れますけど、ほら女の子ッスから! だからいつかよろしくッス!」
「バーカ。調子乗んな」
 気が済んだら帰るぞ、と言いかけたところで。
 すっ、とルシオンの手が差し伸べられた。
 手には一輪の花。ブーケから抜き取ったらしい。
「優しい大さんに、あたしからも一本プレゼントッス」
「……はぁ」
 はいどうぞ、と胸ポケットに挿し込まれた。いらないと返すのもどうかと思ったので、まあ受け取っておく。
「今日からこのブーケは宝物ッス。大さんもその花、大切にするッスよ?」
「ただの造花だぞ。加えて言うと余り物」
「あーあー聞こえないッス。聞こえないッスよー、こういうのは気持ちが大事なんスから!」
「気持ちねえ……」
 込めたけど。
 伝わりすぎじゃあるまいか。さっきまでの機嫌の悪さはどこへ消えた。
 まあ、機嫌の悪いルシオンより、こうして笑っているルシオンの方が好きだけど。
「しゃーねぇな」
「にひひっ。約束ッス!」


 二人は知らないことなのだが。
 男性が、女性にブーケを渡す。
 それはプロポーズの証である。
 そして、女性がそのブーケから一本の花を抜き取って男性に渡すこと――ブートニアは、それを受諾した『あなたの妻になります』という証。
 意図せずして。
 周りに誰も居ない、二人だけの結婚式が挙がったのだが。
 当の二人は、これっぽっちも気付いていない。