リアクション
○ ○ ○ 淡い月の光が降り注ぐ夜。 祭りにはいかずに、墓地を訪れる者は他にもいた。 清泉 北都(いずみ・ほくと)と白銀 昶(しろがね・あきら)が訪れたのは、ヴァイシャリーを守った軍人達の慰霊碑。 離宮から連れ帰った軍人達も、ここに埋葬されていた。 「好みが分からなかったから、色んな種類のお酒を持ってきたんだよ。好きなのをどうぞ」 北都は担いできた鞄を下す。 中から、数種類のワインと、実家から取り寄せた酒と、グラスを出して。 ワイングラスにワインを注ぎ、慰霊碑の前に置いていく。 酒とワインと、それからタシガンから持ってきた青薔薇を供えて。 それから、北都は手を合わせた。 昶も一緒に、手を合わせて目を瞑る。 昶は、彼らが亡くなった事件で、自分の無力さを知った。 「契約者への感謝や、アレナさんを救世主として讃えるイベントもあるようだけれど、救世主と呼ぶならここに居る全員が救世主だと思う」 北都は慰霊碑と墓石を見回す。 ヴァイシャリーを守る為に、命を賭けた人達。 生きて戻ったアレナだけではなく、ここには多くの救世主が眠っているのだ。 「これは僕達からのプレゼント。花と酒と。美人さんが居ないのは我慢して下さいね」 祭りの音は、離れたこの場所までわずかに響いてくる。 「これが貴方達が守った平和です」 眠っている人達にこの音は、人々の喜びの声は、届いているのだろうか。 それは判らない。 (ここで死んだ人はナラカに行き、地球へ生まれるんだよね。記憶は無くても想いは残ると思いたい――) この平和の喜びを持って行って欲しい。 「次の世でも平和を愛する人として生まれますように」 目を閉じて、北都は祈り続ける。 その間にも、祭りの音は響いていた。 「はい」 夜風に当たりながら、北都は昶にワインを注いだグラスを渡した。 「僕は未成年だから。お酒の付き合いは任せるよ」 昶は軽く頷いて、慰霊碑に少し近づいた。 「男の晩酌で悪いが、付き合ってくれよ」 受け取ったワイングラスを傾けて、昶は中身を飲み干す。 堅苦しいことは何も言うつもりはない。 彼らと一緒に飲んで楽しい思い出と共に、生まれ変われるよう祈るだけだ。 ナラカを通れば忘れてしまうのだろうが。 自分は――いや、自分達は。 ずっと忘れはしない。 「ありがとな」 再び、この地に生まれ変わるまで、自分達がこの地を守っていく。 そんな誓いを胸に秘めて、昶は慰霊碑に強い笑みを向けた。 「ありがとう」 北都も眠る人々にお礼を言う。 「離宮が眠っている場所にも行こうか。皆と戦った場所」 救世主達が命を落とした場所の上にも。 北都がそう言うと、勿論と昶は頷いた。 昶にとって、離宮は今までで一番後悔する事が多かった場所。 だからこそちゃんと見て受け止めたい。今の姿を。 もう二度と後悔することの無い様に。 「それじゃ、行こう。そして、また明日から頑張ろう」 北都は空になた鞄を持って、歩き出す。 自分に出来ることは限られているけれど――何もせず後悔はしたくないから。 明日からも、頑張ろう。 ○ ○ ○ 「何もない。残っているのは、傷跡、だけ……」 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、墓ではなく、ユリアナ・シャバノフが息を引き取った場所――大荒野を訪れていた。 薔薇学の友人である呼雪や天音の協力を得て地図を作成し、1人でこの場に来ていた。 イコンや物資の残骸は、全て回収したのか――パラ実生が金にする為に、持って行ってしまったのか。何も残ってはいない。 だけれど、ここで激しい戦いが繰り広げられた証である、大地についた傷跡だけは残っていた。 風の音しか聞こえない。 寂しい、場所だった。 地図を見ながら、呼雪に聞いた話を思い出しながら、尋人は歩いて。 爆風で吹っ飛んだ彼女が、衝突したと思われる岩に、たどり着く。 尋人も、あの時、別の場所で必死に闘っていた。 今は和平条約を結んだ相手と。 (ユリアナはなぜあんな運命を生きなければいけなかったんだろう) 尋人は、持ってきた花束をその岩の前に供える。 自分や自分の身近な人が、関わった人達が、これからも命を落とすかもしれない。 いつか自分も、自分のこの手で、大切な人の命を絶たなければならない状況に陥るかもしれない。 (安全な物陰から見ているだけの人達はいろいろ言うかもしれない、けれど……) 物事の最前線の現場で、生きるか死ぬかの選択の中で、必死に考えてそれで行き着いた結果であるなら、それは誰にも何も言えないと思う。 一人、そう思いながら、尋人は岩の前に佇んでいた。 「……でも、やっぱり辛いな」 離宮の地下で命を落としたヴァイシャリー軍の兵士。 ウゲン。 そしてユリアナ。 それぞれに、墓所があり、それぞれに人々が訪れているだろう。 (だけど、今は――) 尋人は、この地に花を置きたかった。 今まで、死に直面することが耐えられず、心の傷を癒すのに長く時間がかかった。 でも、これからは。 尋人の脳裏に、黒崎天音の顔が浮かんだ。 今は、他校の生徒となってしまったが……。 「……もっと強くならなければ。大切な人と、大切な人が守ろうとするものを守れるように」 強さとは、肉体の力だけではない。 物事と向き合う強さを、尋人は持ち始めていた。 体格だけでも、力だけでもなく。着実に、成長をしていた。 |
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