リアクション
○ ○ ○ 「客人を迎え入れる姿勢で。失礼のないように応対するように」 「はっ」 教導団中尉の比島 真紀(ひしま・まき)は、配下の団員達に随時指示を出している。 神楽崎優子率いる、護送隊が到着を果たした後、エリュシオン側も騎士団員が地上に降り立ち、武器を手に警備体制を築き始めた。 真紀達、シャンバラ側の警備兵も武器を装備しているが、間違っても相手に武器を向けるようなことはしない。 あくまで、外部からの妨げを防ぐための警備という姿勢だ。 真紀はふと、クリス・シフェウナ達のいる建物の方へと目を向ける。 会ったことはないが、よく知っている人物だ。真紀も、離宮の――闇組織の事件に深く関わっていたから。 (クリス・シフェウナ。彼女は、闇組織のスパイとして働いていた。そして、離宮に関わった人々を、危機に陥らせた少女) あの事件のことは、今でも鮮明に覚えている。 亡くなった人々のことも、忘れはしない。 (今日、捕虜交換でエリュシオンに渡されるそうだが……彼女はシャンバラに対しては今どう思っているのか) 本人に聞いてみたいとも思ったが、互いの立場上、公然と聞くことは出来ないだろうと判断し、胸の内に秘めておくことにする。 (傷つけ合った相手だが。やはり平和を迎えられることは本当に喜ばしいことだから) 真紀は殺気看破で警戒をする。 龍騎士団にというわけではなく。この取引を妨害しようとする存在にいち早く気付く為に。 「互いに思うところはあるけれど、無事に終わらせられたら嬉しいね」 サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、仲間達と、そして警備についているエリュシオンの騎士団員に微笑みかける。 「双方の捕虜にも家族がいるだろうし。待ってる人達がいるから、ここでは互いに争いごとは起きてほしくないはず。そうだよね」 「無論。我々も争いは望みはしない。交換の任務を滞りなく遂行するのみ」 サイモンの言葉に、警備兵の指揮者と思われる男が硬い表情でそう言った。 「同感です。自分も任務遂行に全力を尽くす所存であります」 真紀のその言葉に、龍騎士は軽く頷いた。 「互いに、同じ気持ちだよね」 サイモンはディテクトエビルで警戒を払っているけれど、味方は勿論、龍騎士団からも邪念は感じられなかった。 「互いに、割り切れない思いもありますが、和平は望ましいものである。その気持ちは一緒なのではないでしょうか」 そう、龍騎士に話しかけたのは真紀と共に、警備についている少尉のトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だ。 その龍騎士はまだ若く、努めて硬い表情をしているようにも見えた。 「こんなふうに、収束するとは予測していませんでした。昨日の敵は今日の『今の』友。……できうることなら、明日も『友』でありたいものです」 パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)もまた、龍騎士と配下の従龍騎士にそう語りかけた。 「そうだな、和平は望ましい」 龍騎士の顔に浮かんだ、僅かな安堵の色をトマス達は見逃さなかった。 「いつか、一緒の任務について、打ち上げを一緒に行えるようになったら、いいですね」 そんな彼の言葉に、龍騎士は軽く息をついて、穏やかな声でこう答えた。 「今、我々は一緒の任務についている。警戒しているのは、互いへではない。この任務を阻害しようとする両国に対してのテロリストにだからだ」 「うん、そうだよな」 トマスと子敬は笑みを浮かべた。 「……互いへの警戒が全くないとは言わないし、牽制の意味もないとは言わないが」 そう付け加えて、龍騎士もぎこちない笑みを浮かべた。 そして部下たちの手前、すぐにまた硬い表情へと戻る。 「いつかはゆっくりお話しをさせていただきたいものです。交流と相互理解は急務と考えられます」 子敬は、同じ悲劇を繰り返さないためにも、積極的な交流が必要だと考えていた。 「そういうことは、政治畑の者が行うだろう」 「ですから、軍人ではなく、一個人として。お話しをする機会が持てたらと思います。……こちらが差し出せるものは、まごころくらいですが」 「……こちらも、君達を知りたいとは、思うよ」 少しだけ言葉を和らげて龍騎士はそう答えた。 「まあ、いつか、な」 そう言い、厳しい表情に戻る彼に、トマスは頷いて。 「今日の取引が正しく執り行われるよう、目を光らせてもらう」 そう言い、瞳に強い輝きを宿す。 「準備が整いました。正面の監視塔の会議室へご案内いたします」 無線で連絡を受けた真紀が竜騎士に言う。 「すぐに伝えよう」 警備を指揮している龍騎士自身はこの場に残り、従龍騎士に会合に出席するメンバーを呼びに向かわせた。 現れた団長、副団長、側近の龍騎士を真紀達の部隊が護衛をしながら、会議室へと案内をする。 彼らは神といわれる存在だ。 だけれど、真紀もサイモンも恐怖のようなものは感じなかった。 互いに和平を望ましく思っているはずだから。警戒すべきは彼らではないことも判っていたから。 案内をした後、真紀達は警備を続けながら、口を挟まずに行く末を見守っていく。 「【鋼鉄の獅子】のルース・マキャフリーと申します。以後おみしりおきを」 ルースは梅琳、カオル達と共に迎えに出ていた。 「エリュシオン帝国、第七龍騎士団のレスト・フレグアムだ」 名乗った団長のレスト・フレグアムはやつれているように見えた。 神とはいえ、パートナーを失った影響は大きいらしい。それとも、精神的な疲れが原因か……。 「会談に来たわけではない。迅速な引き渡しを要求する」 厳しい顔つきでそう言ったのはルヴィル・グリーズ。副団長だ。 「とはいえ、名簿の確認や事務処理も必要ですから。一旦会議室の方へお願いします。これより先は武器の持ち込みは双方共に控えていただきますよう、お願いいたします」 ルースの言葉に従い、龍騎士団員は装備していた長剣や槍を梅琳達、警備員に預けてから入場する。 一旦席に着いたシャンバラ側の出席者も、起立して出迎え、挨拶と隊長同士の握手。簡単な出席者の紹介を終えた後、着席して手順の相談を始めることにする。 「事前にお話しをいただいていた方々を連れてきております。まずは写真の確認をお願いします」 ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が、捕虜の写真付き名簿を龍騎士団に配る。 「エリュシオンの方々をこちらにお連れしたのは、ロイヤルガードの神楽崎隊長ですが、私達教導団の方でも、メンバーに間違いがないかどうか確認をさせていただいております」 少尉のグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)がそう補足する。 「……」 パートナーのレイラ・リンジー(れいら・りんじー)が、グロリアに書類を一部手渡す。 その書類には、エリュシオン側が連れてくる予定だった、シャンバラ人の捕虜の名が記されている。こちらにも、捕らえられる前の写真が貼られている。 「こちらは、お返しいただく方々の名簿になります。人数や人物にお間違えがないかどうか、ご確認ください」 レイラはそう言って、名簿を騎士団の前に広げた。 レストの隣に座っている龍騎士が持ってきたファイルを開き、シャンバラ側が作成した名簿と照らし合わせて、確認していく。 「健康状態の確認をさせていただきましたが、全員良好と思われます。後遺症の残る怪我をされた方もいません」 軍医を志望し、皆の健康状態に気を配っているアンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が、捕虜達の状態について説明をした。 保護時に負傷をしていた者も、現在は全て完治している。 名簿を渡した後、レイラはパートナー達と会場全体を見渡せる位置――壁際へと戻る。 イナンナの加護で注意を払いながら、殺気看破で探る。 今のところ、不穏な動きも、不穏な感情も感じられないが、少なくても会場は和やかとは程遠い雰囲気だった。 「嬉しいこと……です」 レイラが小さな小さな呟きに、グロリアは首を縦に振る。 和平が結ばれたこと。そして、捕虜たちが国へ……家族や友人の元へ帰れることは関係者にとっても、国同士にとっても嬉しいことのはずだから。 レイラは書類を挟んだファイルを抱きしめ、静かに会場を見守る。 名簿に貼り付けた1人1人の顔は覚えている。間違いなく彼らが全て、自分の国に帰れるようにと、願いながら。 (つまらない儀式だ) テオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)は非常事態に備えてグロリアに憑依し、傍観していた。 出席者の人数面では、シャンバラの方がずっと多いが、戦闘能力でいえば、それでもエリュシオンの方が勝るだろう。 とはいえ、エリュシオン側が戦いを仕掛けてくることはないとテオドラは思い、注意はどちらかといえば、シャンバラ側に向いていた。 (異常は感じられないか。すました顔してるけど、あっちもやってるんだろうな) マーリンは、ディテクトエビルでひっそり様子を見ている。 「国軍の方々が警備をしてくださっているので、大丈夫でしょうけれど、窓の方にも注意を払っておいた方が良いかもしれませんね。突然の雷一つが、全てを台無しにしてしまうこともありますから」 隆寛は、外の様子に気を払っている。 窓の外に見えるのは、厚い雲だった。 「多くの人が亡くなりました。シャンバラだけではなく、エリュシオンも。これ以上の犠牲は要らないのです」 そう発言をしたのは、真言だ。 その想いは相手方も同じだと信じている。 互いに大切なものがあったから、我々は戦ったのだろうと。 そして、これ以上大切なものを失わないよう、互いに歩み寄らなければならないと。 「こちらも、邦人の名簿を確認させていただいてもよろいでしょうか」 「構わない。事前連絡の通りだ」 龍騎士の一人が、シャンバラ人の名前と写真の乗ったリストを、真言へと差し出す。 真言はリストを広げて、優子と共に確認をしていく。 ……人数も、人物も事前連絡の通りだった。 この捕虜交換に裏はない、真言はそう信じる。 「引き渡しを求めてきた、クリス・シフェウナに関しては、要求に応じさせていただく。だが、パートナーの御堂晴海は、本人の希望による」 龍騎士団にそう言い、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は神楽崎優子を見た。 「クリス・シフェウナは国に帰還しても自由の身になることはないだろう。……現時点での恩赦はこちらが認めない。となると、御堂晴海はそちらに向かっても、身を寄せる相手がいない。彼女は地球人だ。本人もエリュシオンに行きたいとは言ってはいない」 晴海はエリュシオンに行くしかないと思っているようだが、行きたいとは思っていないと優子は判断していた。 「しかし、地球に帰れる立場ではないだろう。身を寄せる相手がいないのはシャンバラにいても同じ。彼女の事はこちらに任せてもらおう」 レストがそう答えた、直後。 「連れていかないと、何か不都合でもあるのか」 クレアが疑問を投げかける。 「……むしろ、シャンバラ側が拒否をする理由はないのでは。要求を飲めないというのなら、それは彼女を『人質』にしたいからではないのか」 レストのその言葉に対し、クレアはこう答える。 「すでに和平はなったのだ。『そのような状況』は起こらないはずではないのか?」 「起こらぬことを願うが、クリス・シフェウナに対する処分が、シャンバラ側の被害者が納得できるものとなるかどうかは、判らぬ。故に、人質目的ではないのなら、彼女も引き渡してもらおう」 「万が一、クリス・シフェウナがすぐに解放されるようなことがあっても、シャンバラ側が御堂を傷付けるようなことは、ない」 そう言ったクレアを、レストは疑わしげな目で見る。 軽く息をついた後、クレアは淡々と語り始める。 「ユリアナ・シャバノフを討つように命じたのも、パートナーロストによる敵側の戦力低下を狙ったのも――私だ」 「あの時の、シャンバラ側の指揮官か」 ルヴィルの目が鋭い輝きを帯びる。 場にわずかな緊張が走る。 「人道的にみて、ということであれば、ユリアナがシャンバラの軍関係者として、軍事行動を取っていなければ撃たねばならない状況にはならなかっただろうし、裏切らなければ撃つ必要もなかった」 軍人の立場、責任といものは、つまるところそういうものだ、と。 個人的心情的な背景は関係ないのだと、クレアは語った。 「御堂についても、撃たねばならない理由がなければ撃つことはない。人質などということはありえまい?」 「……で? クリス・シフェウナが解放されるまで、御堂晴海を懲戒部隊にでも入れておくつもりか」 レストの言葉は多少皮肉気であった。 「ま、更生部隊にって話は出てるがな。こちらとしては出来れば御堂晴海はシャンバラに残しておきたい。だが、本人が行くというのなら止めはしない。そちらからの呼びかけに本人が応じた場合のみ、引き渡す。それで許してくれないかね?」 都築少佐がそう提案をする。 「異論はない」 答えたのは、ルヴィルだった。 「地球人一人にそうこだわるつもりはないのだがな」 そう言うルヴィルとは違い、レストは不服気であった。 |
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