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リアクション
■ 砂漠の小さなオアシス ■
砂漠の中にぽつんと浮かぶ小さなオアシス。
緑が木陰を作るその畔に小さな石碑がある。
「カラズ、ただいま」
ここは恋人だったカラズ・アブリールの墓ではない。けれどケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)にとっては、よく2人で語り合ったこの小さなオアシスこそが、カラズを偲ぶ場所だった。
石碑の前でケイラはパラミタに行ってからの様々なことをカラズに報告する。
趣味の音楽を続けながら魔法を勉強していること。
友だちもたくさん出来て毎日賑やかなこと。
最近は、素直になれない友だちが心配だったりすること。
他愛もない話を思いつくまま語りながら、いつしかケイラはカラズと共にパラミタを夢見ていた頃のことを思い出していた――。
オアシスの畔に張ったテントの中で、ケイラとカラズは秘密会議をしていた。
テントの中には2人が砂漠で拾ってきた機晶姫が寝かされている。どこか面差しがカラズに似通った機晶姫は、発見した時からずっと目を閉じたままだった。
「機晶姫なんて初めて見たわ。この背中から生えてるの、何かしら?」
カラズは興味津々に機晶姫……御薗井 響子(みそのい・きょうこ)の背中から生えているマニュピレータを眺めた。
「手では出来ない作業をするものか、補助に使うんじゃないかな」
ケイラの推測にカラズは目を輝かせる。
「やっぱりパラミタの種族って不思議だわ。あの大陸にはきっとここにはない色んなものがあるのよね」
パラミタで沢山のことを学んで故郷をもっとよくしたい。
そう望むカラズに、ケイラも勿論ついて行くつもりでいた。
だから2人はテント内で顔をつきあわせて、秘密裏にパラミタ行きの計画を練った。
お互いの予算を計算したり、地図を広げて行き方を確認したり。それは楽しい作業でもあった。
「まあ現状パートナーいないけどきっと何とかなるわ。空京で探せばいいし、そこの機晶姫が目覚めたらどっちかのパートナーになってくれるかもしれないしね。ケイラと私、2人が一緒なら何でも乗り越えられるわ」
カラズに断言されると、そんな気になってくる。
今までもケイラはカラズについていって……まあ大変なこともあったけど、最終的には間違っていなかった。だからパラミタに行って学びたいというカラズの希望も、きっと何とかなるんじゃないかと思う。
今はまだ目覚めない機晶姫のことも、もしかしたら故郷に新しい風を吹かせよとの運命を示唆しているのかも知れない……そんな風に感じられる。
ただ少し引っかかるのは、カラズがケイラを年下扱いしてること。年齢は変わらない幼馴染みの婚約者同士なのに、カラズの口調はまるで姉が弟に話しかけるようだ。
たまにははっきり言った方がいいかなと思わないでもないけれど、友人の延長のようなこんな関係も心地よい。いつか、恋人らしくなったとき、今の関係を懐かしく思い出すこともあるだろうか。
「ケイラ? どうかしたの? もしかして……気が進まない?」
視線に気づいたカラズが、ペンを動かす手を止めて尋ねてくる。
そんなことないよとケイラは微笑む。
「自分もカラズの見ている夢の手伝い……いや、一緒の夢を見たいと思ってるよ」
その答えを聞いてカラズは嬉しそうに笑った。
恋人らしくはないけれど、共犯者のような、同じ夢を追いかける者のような、そんなきらきらした笑顔で。
――結局カラズはパラミタの地を踏むことなく、事故でこの世を去った。
ずっと一緒に続いていると思った2人の道は、途中で断ち切れた。
カラズと一緒にパラミタに来たかった……。
けれどそれは叶わなかったから、ケイラは代わりにカラズの好きそうな衣装を纏った。そうしていると、パラミタでもカラズと一緒にいるような気持ちになれた。カラズがそうしてくれと言った訳でもないけれど……1人でいても、といても寂しかったから。
その女装にも大分慣れてしまった。それだけの時間をケイラはパラミタで過ごしたのだ。
カラズと共に夢見たパラミタで、ケイラは今イルミンスール魔法学校に通っている。色々学びはしているけれど、自分は今、前に進めているのだろうか……。
その質問を投げかけたいカラズはもういない。
答えを見つけられないケイラのスカートを、砂漠の風が揺らしていった――。