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30


 冒険屋にだって、お盆休みくらいは存在する。
 たまの休みだ。みんなでわいわい楽しくやりたいという気持ちがあり、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は差し入れを持って工房を訪れた。
「お疲れ」
 工房に入っての第一声は、それだった。お盆らしい奇妙な事件。依り代となる人形作りに駆り出されたりあるいは何か発破をかけられたりして疲れているだろうと踏んでのことだ。
 リンスはリンスで、相変わらず感情の読み取りにくい顔のまま、ひらりと手を振り返した。たぶん肯定だ。苦笑するようにふっとレンは笑う。
「スイカは好きか?」
「何、突然」
「差し入れに持ってきたからな。好きならすぐに切ろうかと」
 ほら、と『大地の恵み』という品目のスイカを掲げてみせる。大きいね、とわずかに目を輝かせたので、少なくとも嫌いじゃないことはわかった。
「でも少し冷やした方がいいな。冷蔵庫を借りるが構わないか?」
「どうぞ」
 了承も得たのでキッチンに入り、スイカを入れた。冷蔵庫の中には他にも色々と入っていた。精進料理やレアチーズケーキ、またスイカが別に二玉。収まりきるかやや不安だったが、冷蔵庫の扉は無事に閉まった。
 キッチンから出て、リンスが座る場所から少しだけ離れた場所に座り、
「死者が蘇る日、か」
 ぽつり、呟く。
「ナラカとの入り口が少し不安定になっているのか……気になるな」
「気になるの?」
「ならないか?」
「よくわかってない」
 リンスらしい返しではあったが、もう少し知っておいたほうがいいぞと笑った。
「まあ、そんなことも関係なしにこの工房には人が集まるからな」
 案外、何が起きてもリンスにとっては瑣末な出来事でしかないのかもしれない。
「いっそ喫茶店でも併設すればそれなりに儲かりそうだが」
 クロエなんかは乗り気になるかも、と言ってみれば、
「俺がもてなす側に回れると思っているならもう一度どうぞ」
 淡々と返された。
 無理だろう、と一秒も未たずに結論。出会った当初からすればいくらか柔らかな対応になったとは思うが、それでも無愛想だし無表情で、接客やもてなしにはお世辞にも向いているとは言えない人種だ。
「ただの独り言だ、忘れてくれ」
 そもそもリンスは人形師なのだから、喫茶店経営などに気を取られていたら本業が疎かになってしまう。
 ならいっそ冒険屋がここに喫茶店を開こうか、とも思ったけれど、店主の主旨に反して怒られる様まで想像できてしまったので口に出さずにしておいた。


 レンとの話が一段落ついたようなので、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)はそっとリンスの隣に椅子を引いて腰掛けた。
 しばらくリンスの作業を見ながら今日のことについて考える。
 死んだ人に逢うことが出来るという今日。
 それはきっと、素敵なことなのだろう。
「ボルトはさ」
 不意に、リンスが話しかけてきた。
「ここに居て、いいの?」
 それは、逢いたい人はいないの? という問いであるとわかったから。
「ここがいいんです」
 と、躊躇いなく答えていた。
「私の逢いたい人は……今目の前に居る人たちですから」
 レン。ノア。アリス。
 それから、リンスだって。
 ようやく手にした、メティスの大切な『家族』だ。
 ずっと、いつまでもこのままでいたい。
 そう願うのは、無理だとわかっている。
 誰にだって寿命はあるし、そもそも天寿を全うできるとも限らない。
 だけど、でも、メティスは思う。
 無理な願いでも、叶うと信じて、願う。
「いつまでも、こうしていたいです」
 大事に想う人たちと過ごせる時間はとても暖かで。
 誰かに優しくなれる気持ちは決して偽りなどではなくて。
 だからお願いしますと、叶わない祈りを捧げた。
 それから、ひとつ訊いておきたかったことがあって。
「ねえ、リンスさん」
 メティスは静かに話しかけた。
「もしも私が先に『死んで』しまったら、……その時は私のために泣いてくれますか?」
 数秒の間を置いてから、リンスが人形作りの道具を置いた。メティスに向き直り、真っ直ぐに目を見つめてくる。
「ボルトは、俺を置いて逝くの?」
 瞳には悲しみの色。
 あ、と口を噤んだ。
 もしも、でも聞いてはいけなかったのだ。
「逝きません」
 だから、思わず反射的に答えていた。戦の前線に立つ自分が確約できることではないのに。
 けれどリンスが「よかった」とほっとしたように言ったから、これでよかったのかな、とも思った。
 ただやはり訊きたかった。
 この身体が失くなってしまっても、自分は、メティス・ボルトという存在は、リンスの心に残してもらえるのだろうか、と。
 心のどこか隅の方にでもいいから、居させてもらえたのだろうか、と。


 メティスとリンスの会話なんて露知らず。
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、窓際で想いを馳せていた。
 お盆休みと称してまとまった休みが取れた冒険屋ギルドのメンバーの中には、地球に帰ってお墓参りをしている人も少なくはない。
 けれどレンは、パラミタに来てから一度も地球に帰ったことがないとメティスから聞いた。
 それが何故なのか、ノアにはわからない。何せ契約してから五年という長い間離れ離れになっていたのだ。まだまだわからないことも多い。
 ――私の知らない『何か』がレンさんの過去にあるんでしょう。
 そこまではノアでも理解できる。
 また、レンが自分にとって大事な存在であるがゆえ、理由を知りたいと思う。
 訊きたい。けど訊けない。
「こういうのって非常にムズムズしちゃいますね、うーん。…………ん?」
 それまでソファに横たわっていたアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)が上半身を起こしていたのを見て、ノアは目を輝かせた。
 アリス・ハーディング。
 レンのパートナーの中で、一番レンに深く関わっていると噂の人物である。
 ――アリスさんなら知ってるかもしれない。
 ノアがそう結論付けたのも、必然で。
「アリスさーん! 教えてアリスさーん!!」
 思わず、周りも気にせぬ大声で彼女の名前を呼んだ。
 あからさまにアリスの眉根が寄せられ薄い唇が小さく動いても、アリスさんアリスさんと名前を連呼することをやめなかったら。
 ついぞ、
「うるさいと言っているであろう、この小娘が!!!」
 怒鳴られてしまった。かなり怒っていることが口調からわかる。普段はもっとお姉さん調なのに。
 ひぃんと耳を塞いで怒鳴り声から防御して、ごめんなさいと謝った。なので一応落ち着いてくれたらしい。
「……で? レンの過去が知りたいですって?」
 いつも通りの口調に戻り、静かにアリスが言う。
「はい。アリスさんなら知ってるんじゃないかなーって」
 持参した紅茶セットでティータイムを始めながら、アリスがふーっと息を吐いた。
「確かに私は契約の時に彼の血から彼の過去も垣間見たわ。ノア、あなたと契約する前の記憶も含めてね」
「じゃあやっぱり、レンさんのことをいっぱい知っているんですね!」
「そうね。パートナーの中では一番詳しいでしょうね。
 楽しい思い出、哀しい思い出、悔しかった思い出、そして優しい思い出。今の彼を構成するに到った数多くの思い出を見たもの」
 滔々と、アリスは語る。
 噂通りだった、とノアがはしゃぎかけたと同時に、
「でもねノア。それは私の口から話すべき内容じゃないわよ」
 釘を刺されてしまった。
 え、と。と言葉を継げずにいると、アリスが紅茶を飲み干して。
「わかるでしょう? いつか本人の口から聞くべき話なのだということは」
 焦ってもいいことなんてないわよ、と。
 それから我慢も覚えなさいよ、と。
 言外に込められた気がして、ノアは黙った。そして頷く。
 よろしい、とアリスが言って、ソファに横たわった。
「私はもう少し寝るわ。適当な時間になったら起こして頂戴」


 噂されていたレンはというと。
 キッチンで、スイカを切っていた。
 メティスがリンスと話をはじめ、ノアがアリスと話をはじめ。
 手持ち無沙汰になったし、丁度良いかなと思って。
 スイカを切りながら思うのは、ザミエルが仕入れてきたリンスの過去のこと。その資料。
 レンも、それに目を通していた。
 だから、七歳の時にヴァイシャリーに来る前の経歴が不明なことも、リンスの姉が他界していることも知っている。
 ――リンスの姉、か……。
 ご丁寧に写真まで添えられていた。優しそうな、幼い顔立ちをした女性。
 ――リンスは彼女に逢いたいのだろうか?
 そんな素振りは、見せなかったけど、それはただ見せなかっただけなのかもしれない。
 彼がどういう決断をするのかはわからない。
 ただ、本人にとっても、また別の人物にとっても、最良の選択になればいいと願って止まない。