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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第2章 前夜〜東カナン軍

 ロンウェルの街から半日の距離にある丘陵地に、東カナン軍は天幕を張っていた。中でも一際大きな天幕の中では今、東カナン騎馬軍団の将軍8名と上将軍セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)、軍帥バァル・ハダド(ばぁる・はだど)、そして明日の戦いに参加するコントラクターたちによって軍議が開かれている。
「明日の昼前に、開戦することになるだろう」
 偵察隊によって作成された地図を広げたテーブルに手をつき、セテカが説明を始めた。
「敵大将が名将であるならそれだけ読みやすい。きみたちが南カナンや橋頭堡で戦った際の情報からしても、敵軍はおそらく横陣で待ち構えている。互いに戦力が未知数なら、防御を主とした変形可能な陣形が基本だからな」
「南カナンではロノウェ軍は防御力の高いゴーレム型魔族を壁としていたわ。そしてその後ろから魔弾や魔力の塊、サンダーブラストを撃ってきてた」
 イコンを駆り、ロノウェ軍を強襲した経験を持つ志方 綾乃(しかた・あやの)がそのときのことを振り返りつつ発言する。
「今回もその構成になる可能性は高いわね」
「それが最適だろう。俺でもそうする。そして東カナン軍は魔弾や魔力の塊のような遠距離攻撃はできないからできるだけ短時間に距離を詰める必要がある。魚鱗の陣形で突っ込むことになるだろう」
 セテカが地図に描かれた横陣に向かって突き込む三角形を描く。
「遠距離攻撃は上空のボクたちに任せてください。すべては無理でしょうが、できる限り防いでみせます」
 前に進み出たのは姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だった。
 内気で恥ずかしがりで、すぐ赤面する普段のみことからは想像できないほど、セテカをまっすぐに見返す今のみことの眼光は強く、決意に緩るぎがない。
「偵察隊の話だと、向こうには飛行型魔族はほとんどいないみたいだから……空からかなり攪乱できると思うわ」
 横に立っていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)も同意する。
 セテカは2人を見て、頼もしい戦友の言葉にうなずいた。
「頼む。
 そして、あくまで基本通りにいくとするなら、相手は鶴翼に変化する。中央が後退し、鳥の翼となった両翼で俺たちを包囲し、殲滅しようとするだろう。これに対処する方法はいくつかある。騎馬の機動力で中央を突破し、後方の翼の先端をつながせない。つまり敵軍を2軍に分断する。一見、両側に挟まれたように見えるが、敵は半数となり、層が薄い。しかも前列が人型の魔族となる。
 そんなことに敵将が気づかないとも思えないが……まぁ、これをプランAにしておこう。この程度の敵なら楽に勝てる。次に、そうでなかった場合だが――」
 セテカはさらに考えられる3つの敵軍攻撃パターンを示した。
 変形する敵陣に、どう対処するか。テーブルを囲んだコントラクターたちからそれぞれ自分たちパーティの長所を活かした攻撃方法が発せられる。もちろんその際の防御手段もだ。だれかが攻撃に回れば、その間敵を防いで持ちこたえる役目の者も必要になる。
 そして、中でも一番大切な役割となる者。
「兵の回復は私たちに任せてください」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)が澄んだ声で将軍たちに約束した。
「息がある限り、必ず助けます。どんな傷を負っていてもあきらめないで、私たちの元へ連れてきてください。もしくは、近くにいて回復魔法が使える人たちの元へ。呼んでいただけたら、絶対駆けつけますから」
 天幕の中、回復魔法が使える者たちが賛同するようにうなずいて見せた。
「……ああ。ありがとう」
 重騎馬兵左将軍ハンが応える。
 活発な議論の中、どんどん作戦が組み立てられていった。
「――よし。ひとまずこんなところかな。
 これでいいか? バァル」
 書記が書き写した数パターンの作戦方法の紙をまとめて、後ろにいたバァルに差し出す。バァルはそれを、数瞬遅れて受け取った。まるで、視界に入り、初めてそのことに気づいたように。
 ぺらぺらとめくり、うなずく。
「ああ、問題ない。みんな、ご苦労だった。休んでくれ」
 書類を手に、言葉少なにそのまま天幕を抜けて行く彼を見送ったあと。
 セテカはおもむろに切り出した。
「さて。じゃあ次に、ロンウェルにいる姫を奪還する別働隊を組もうと思うんだが、志願する者はいるか?」


*          *          *


 軍議が終わり、解散してそれぞれの天幕へ戻ったあと。
 軍馬の入れられたサークルの方で、するどいいななきが起きた。
「うわっ! ……ちくしょう、おどかすなよ」
 サークルの横でよろけてたたらを踏んだ人影が、馬に向かって毒づいている。
「エシムか?」
 バァルとの話を終え、自分の天幕へ戻ろうとしていたセテカが現れる。
 彼の持つあかりに照らされ、まぶしそうに手をかざしたのはエシム・アーンセトだった。
「どうしてここに?」
 サークルの中を確認する。そこで鼻息荒く地面を蹴って土を掘り起こしているのは、バァルの愛馬・グラニだった。
 怒っているだけで、特に何かされた様子はなさそうだ。
「……来たんじゃない。散歩してたんだ。眠れないから」
「そうか」
 エシムはアナトの弟。両親を早くに失った彼が、ただ1人残った姉をどれほど大切に想っているかはだれもが知っていた。その姉を、いよいよ明日、敵の手から奪還するのだ。彼が勇むのも当然だろう。
「気が急くのは分かるが、あと4時間で出発だ。少しでも横になっていた方がいい」
「分かってるさ、そんなこと!」
 吐き捨てるように口にして、エシムはくるっと背を向けた。そのまま歩いて行こうとする。
「そうか。
 ああ、そうだ。部隊にはバァルも同行することになった」
「……領主が?」
 セテカからすればこのことに何の意外性もないのだが。振り返ったエシムの眉は、その動機をあやしむようにひそめられていた。
「彼は東カナンにとって大切な人間だ。12騎士として、警護を頼む」
「……あたりまえだ! おまえに言われるまでもない!」
 出過ぎるな、と言わんばかりに睨んですたすた去って行く姿に、思わずセテカのほおが緩んだ。
 つい、くつくつ笑いが口をついて出る。
「いやぁ、とんがってるなぁ」
 少し先の暗がりで、サークルにもたれて様子を伺っていたウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が身を起こした。
 彼もまた、グラニの攻撃的ないななきを聞きつけて駆けつけてきたものの、2人の様子に声をかけそびれていたのだった。
「かわいいだろう?」
 存在に気づいていたセテカは驚きもせず、にやりと笑う。
「ああ。だが、いいのか? 先日のアガデでの一件は聞いている。領主に噛みついたそうじゃないか」
 姉を殺され、奪われた彼の状況を思えばそれはそれで気概があって好ましく見えるが、配下としては問題行動だ。そんな2人を同じ部隊に入れるのは、トラブルを起こしてくれと言わんばかりじゃないか。
「あいつは12騎士で、俺の持つ権限より上だ。俺には止めようがない。それに、アガデで失敗した身としては、今度こそ姉を自分の手で助けるという主張を退けることもそうそうできないからな」
 ウォーレンのもっともな心配に、セテカは肩をすくめて応じる。
「そうか」
 ウォーレンはエシムの消えた闇を見つめた。
「まだ若いのに、あいつも大変だな。俺はその12騎士っていうのがどんなものか知らないが、聞く限りじゃ相当上の身分なんだろ。身分にはその重さと同じだけ責任が伴う」
「ずいぶん同情的だな。だが、そうだ。あいつはアーンセト家の家長として、主家と一族を背負っている。だからこそ、そんな理由でついて来てほしくなかったんだが」
「おいおい。聞き捨てならないな。家族を思う気持ちを「そんな」扱いか?」
 突然飛び出した冷徹に切って捨てるような言葉に、ウォーレンは本意か訝しむように隣のセテカを見返した。
「ここは戦場だ。感情と任務を同列で扱われては困る。それが許される身かどうか、考えが足りない。それを隠すだけの知恵もない。
 バァルに忠誠を誓った俺たちは、等しくバァルのひと振りの剣だ。バァルを守り、バァルの敵を排除することを第一に考えなければならない。その敵を前に、あれではな」
 それが許される唯一の者、バァルはそれができないことに苦悩していた。だからセテカが動いた。もう1人のバァル、彼の半身たるセテカが、彼の分の責をすべて引き受けた。なぜなら、彼にはそれができるから。
 そしてウォーレンも、任務と言われれば返す言葉がなかった。教導団の一員である彼は、ときに個人の感情は排斥して任務を全うしなければいけないことは身に染みて分かっている。重要な局面であればなおさらに。
(だけどなぁ……)
 大切な妹を持つ男としては、エシムの思いも分かるわけで。
(人間負の感情をため続けたら遠からず爆発するもんだ。ちょっとは吐き出させてやらなきゃな)
 あいにくとここにはその相手となれる者はいなさそうだ。
「俺、ちょっとあいつと話をしてみるよ。かまわないだろ?」
「ああ。あいつを頼む」
 ウォーレンが手を挙げて走り去ったあと、セテカはサークルの中のグラニに向き直った。
 ハダド家始祖が女神イナンナより賜ったとされる伝説の馬・グラニと同じ名を持つ賢い黒馬は先の場所から一歩も動かず、まるで一連の話に聞き入っていたかのように静かに見返している。
「明日おまえに乗るのはバァルでなく、俺になった。よろしくな」
 つぶやいたとき。
「じゃあやっぱりバァルは奪還部隊として動くのね」
 そうじゃないかと思っていた、と言いたげな声が後ろからした。
 振り返ると、あかりを手にリネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が立っていた。
「やあ。きみたちも騒ぎを聞きつけて?」
「そうだけど……ちょうどいいわ。あなたに話があったの」
「俺に?」
 彼女の声音が周囲を気にしてひそめられていることに気づいたセテカはサークルから身を起こして離れる。
 2人の表情は、現れたときからずっと強張っていた。そのあきらかにかんばしくない様子を見る限り、いい話ではなさそうだ。
 すぐそばまで歩み寄ったセテカに2人がたどたどしいながらも口にしたのは、そんなセテカの懸念したとおりの内容だった。
「――つまり、きみたちはバァルの指導者としての適性を疑っていると」
 交互に口にした2人の言葉をまとめて、セテカはずばり言い切った。
 リネンたちははっきりと口にしたわけではない。だが、彼らが互いを補ったりかばったりする言葉を挟みながらした内容は、弟の命を救うためにネルガルの下について北カナンの属国となる道を選んだこと、アガデに不用意に魔神を招き入れて東カナンを陥落寸前まで追いやったことを取り上げ、いずれもそれは彼が感情で動いた結果だと結論づけたものだった。
「バァルはこれまでに2度、国を危機に陥らせた。そんな彼に一国を率いる能力はないときみたちは考えた」
 要約すればそういうことだ。
 それをセテカの口から聞いたことに、リネンとフェイミィはぐっと顎を引き締める。セテカも、先までの友人としての気安さを消して、軍人の顔になっている。
 彼はバァルの無二の親友、バァルのために離反者の汚名を着て国を追放される道を選んだ者だ。そんな彼にこんなことを言うのは間違いだったかもしれない、と思う。だが口にした言葉はもう取り消せない。
「……バァルのことは嫌いじゃねぇよ。けど…」
「彼は、あまりに優しすぎるのよ。それは個人としてはすばらしい資質だけれど……大勢の民の命を預かる者としては、どうかしら」
 ふむ、とセテカは腕を組む。
「それで、提案としてきみたちは何を考えている? まさか一国の領主に対し領主の座から降りろと提言するだけじゃないだろう?」
「領主は、イナンナに罷免権があるのよね」
 東カナンはカナンという大国の一地方国であり、領主はイナンナの代理人として管理を任されているにすぎない。
「そうだ。そして過去、女神様がその権利を行使したことはない」
「私は……実権を、あなたに移したらどうかと、考えているの……」
 この言葉には、セテカもさすがに目を瞠った。
 まさかそんな案が出ようとは。
「……は?」
「その方が、彼も自由に生きることができるんじゃないかしら」
 素っ気なく肩をすくめて見せた、そのとき。
 人の駆け寄ってくる足音がして、あかりの届く先にヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の姿が浮かび上がった。
「リネン、フェイミィ! こんな所に――」
 と、2人の向こう側にセテカの姿を見て、ヘイリーの顔も一瞬で強張る。おそらくはこのことについて3人で相当話し合っていたのだろう、ヘイリーはすぐに3人が何の話をしていたかを見抜いた。
 一度止めていた足を動かし、ずんずん歩いて間に割り入ると2人をかばうように立った。
「いい? セテカ。バァルは国を背負うには優しすぎるの。これはあたしが経験から言うことよ。叛意と取るなら、あたし1人を処分しなさい!」
「ヘイリー! なんてこと言うの!」
「ばかを言うなよ!! 言ったのはオレだぞ! 処分されるのはオレの方だ!」
 あわてるリネンとフェイミィをよそに、思い詰めた眼差しでセテカを強く見据える。
 彼女たちに、セテカは待ったと両手を挙げて見せた。
「まぁまぁ。待ってくれ。きみたちは東カナンの人間じゃない。東カナンにきみたちをどうにかする権利はないよ。それに、きみたちはただ自由に自分の考えを口にしているだけだ」
 彼の言葉に3人がぴたりと口を閉じたのを確認して、セテカは続けた。
「まず、俺に実権委譲をということだが。きみたちがそれほど俺の能力を認めてくれているのは光栄だが、俺にそんな権利はない。俺は将来的にはタイフォン家の騎士となるが、今はただの上将軍だ。たしかに過去領主家と婚姻関係を結んできているから親戚筋ではあるが、それは12家全員に言えることで、バァルにはナハルという叔父もいる。ナハルのことだから実権を渡すなら領主の座からも降りろと迫るだろう。バァルが領主の座から降りるのであれば、次の領主はナハルだ。
 それをあくまで不服とするなら12家から候補を立てることになるが……一番可能性があるのはイスキア家だな。オズの大祖母がハダド家の者だったから」
「セテカじゃないの?」
 くすりとセテカが笑う。
「俺の母はメイドだった。領母付きで家柄はいいが、下級貴族だ。俺が領主になるには10人くらい蹴飛ばさないと無理だな。ま、ナハルがいる以上12家に可能性はない。オズも内乱は望まないだろう。
 それに、その2つで責を問うのであれば、彼の判断に賛同した俺や12騎士全員が問われねばならない。特にアガデでのことは、襲撃の可能性を予測し、バァルから許可をとり、手配していながら防げなかった俺たちの方がよほど責が重い。バァルは不問にしてくれたが、本来であれば処罰されておかしくない失態だった。
 次に、バァルの資質についてだが。俺は、東カナンの民全員を代表できない。これは一臣下のセテカ・タイフォンの意見として聞いてくれ。
 俺は、迷わない、失敗も、泣くことも知らない、傷を何とも思わない人間に従いたいと思わない。バァルは迷うし傷つく。泣いて後悔もする。だが常に目をそらさず、前を見ている。傷ついていようが立ち上がろうともがく。押しつぶされ、その場でうずくまろうとはしない。そんな男だからこそ、俺は手を貸してやりたいと思う。こいつの力になってやりたいと。
 俺は、指導者に必要なのはそういう力だと思う」
 もしもバァルが完璧な男だったら。常に正しい判断をし、強い心の持ち主で、支え手を必要とせず1人で何もかもやっていける完全無欠な人間だったら、こんな思いを持っただろうか? もちろん主従の誓いはある。けれど、離反者となってまでも救いたいと思うほどに入れ込むことはなかっただろう。
「傷つき、泣きながら、それでも立ち上がって前へ走っていこうとするあいつだからこそ、力になりたい。あいつが思うまま動けるようにあいつを支え、あいつを守り、あいつが守りたいと思うものを守ってやりたいと思う。そのための力がほしいと願う。
 きみたちも、そうなんじゃないか? だからここにいてくれていると俺は思っているんだが」
「………」
「ま、ようは物事は何だって1人の責任じゃないし、1人が負うべきではないということだ。
 あいつは今、きみたちの考える領主としては完璧じゃないだろうけど、これからもそうならないってわけじゃない」
「なれるの?」
「まだ26なんだ。のびしろはいくらだってあるさ」
 怪訝な顔をするヘイリーに、セテカは笑顔で答えた。