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15


 街は、ハロウィン仕様に変貌を遂げ、楽しげな雰囲気を全体でかもし出していた。
 ただ歩くだけでも楽しいので、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は街並みを眺めながらヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の後を歩く。
 また、呼雪の後ろにはタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)が手を繋いで歩いている。
「ねー呼雪、仮装行列楽しいね!」
 不意に、ヘルが振り返って笑った。
「みんなすっごく似合っててるし」
 今日はハロウィンだから、と全員で仮装して歩いていた。
 呼雪は、西部劇に登場する保安官の格好。
 マユは、オレンジのローブに紫のマントととんがり帽子をかぶったハロウィンカラーの魔法使い。
 タリアは雀をモチーフとした、羽のような袖のドレス。舌切り鋏を持っているのがやや怖い。
 そして、かくいうヘルは、巨大注射器を装備したナースの格好。
 呼雪がヘルの隣を並んで歩かず、一歩引いて歩いていたのはこの格好のためだ。女装を悪く言う気はさらさらないが……近くにいるのは、ちょっと恥ずかしい。
 呼雪の心中を察したのか、ヘルが苦笑するように笑った。
「さ、行こー! 雑貨屋さんとかもハロウィンイベントとかやってて楽しいだろうし、どこか入ってもいいかもね」
 そして流すかのように、今度は明るく笑う。
 ヘルの言葉にマユがちらちらと雑貨屋を見た。この通りを歩く人がついつい足を止めてしまいそうな、店の外装も内装も綺麗に飾り付けられた雑貨屋だ。
 呼雪は、少し前に紡界 紺侍(つむがい・こんじ)と話したことを思い出す。彼は、ハロウィンもバイトだと言っていた。仮装でもするのか? と訊いて、いえいえただの雑貨屋です、と返されたっけ。
 その雑貨屋の名前までは聞いていなかったけれど、ヴァイシャリーの大通りにあると言っていた。ならば丁度この辺か。
「ちょっと入ってみようか」
 呼雪の提案に、マユがこくりと頷いた。
 雑貨屋のドアを開けて店内に入ると、
「いらっしゃいませー」
 聞き覚えのある店員の声。
「やっぱりここだったか」
「あら? 皆さんおそろいで」
 ひらりと手を振ると、紺侍が呼雪たちに気付いた。
「いいなァ仮装行列楽しそうで」
「いいでしょ。楽しいよー」
「俺は別にしなくても良かったんだが」
「だが?」
「せっかく、タリアが作ってくれたからな」
「え、タリアさん作なんスか。そこらの作り手も脱帽な出来なのにスゲェ」
「そんなことないわよ。来年は紺侍くんにも作ってあげましょうか?」 
「マジで。じゃあ来年はバイトしないように気ィつけます」
「うんうん、せっかくの催し事なんだから、楽しんだ方がいいよー。……あ、あの辺アクセサリー? 僕、ちょっと見てこようっと」
 ひとしきり話し、ヘルが一足先に店内散策に向かう。
 冷やかしになるのもなんなので、と呼雪も店内を見て歩くことにした。
 雑貨屋は、見ているだけでも飽きないほどの品揃えを誇っていた。
 これなら何か良いものが見つかるかもしれない。丁度、これからの季節に良さそうな小物を探していたところだし。
 ――マユの新しいスケッチブックも見繕うか。
 お絵描きが好きなマユだから、きっと喜ぶだろう。
「呼雪」
 ちょいちょいと手招きされたので、アクセサリーコーナーを見ているヘルの傍に寄る。
「これ、似合いそうじゃない?」
 ヘルが見ているアクセサリーを覗いてみた。華美、というか派手、というか。決して悪くはないデザインなのだが。
「俺が着けるには、ちょっと派手じゃないか?」
「そう? 呼雪にはこういうのも似合うと思うんだけど……」
 これとか、これとか。
 いくつかヘルが見繕い、鏡の前であてたり、嵌めたり。
「どう?」
 確かにヘルの言うとおり、似合っている。
「まあ、たまにならいいか……」
 押される形になったが、自分でも気に入ったものはあったし、幾つかの購入を決めた。
 決めてからもまだアクセサリー類を見ている呼雪に、
「何か気になる?」
 とヘルがくっついて尋ねてきた。
「刺激を受けるな、と」
 あしらわれた石の形や色の組み合わせ。ただ綺麗、では終わらない、強く印象に残るような。
 ――……そういえば、お揃いのものもあったような。
 ぼんやりと思い出していたら、ヘルがそれを見つけ出してきた。
「つけよっか。お揃いで」
「……本気か?」
「本気ー」
「……やれやれ」


 呼雪らがアクセサリーを選んでいる頃。
「マユさん、今日かっこいいっスね」
「えすこーと、がんばってるです。ヘルさんが、『小さくても紳士だからね』って」
「道理で。とっても素敵っスよ」
 褒められたマユが、小さく微笑んだ。非常にほのぼのとした空気である。
「でもマユ、今はエスコートしなくても大丈夫よ。だから、自分が好きなものを見てらっしゃい」
「いいんですか?」
「いろいろと気になっているんでしょう? 私は紺侍くんに構ってもらってるから、どうぞ」
「タリアさん、オレバイト中」
「ふふ、少しだけよ」
「まァ……美人さんからのお誘いを断るわけにもいきませんしねェ。
 ですンでマユさん、ゆっくり見ていってください」
 後押しと、自分自身の興味が大きかったためか。
 おずおずとしながらも、マユは店内散策を選んだようだ。
「私ね、てっきり今日はデートするのかと思っていたわ」
「誰がっスか?」
「紺侍くんが」
「イヤイヤ。相手いねェし」
「? 壮太くんとは違うの?」
「壮太さんは今日お休みだそうですけれど。特に連絡はないっスねェ」
 言いながら、紺侍が棚に並べられた商品の整理をする。
「邪険にされているの?」
「やー、あの人はああでしょ」
「そうかしら」
「オレにはそうっスねェ」
 タリアもタリアで商品を見ながら、話を続ける。
「紺侍くんは彼のことが好きなの?」
「今ここで聞きます? ソレ」
 あはは、と苦笑して言うものだから、
「違うの?」
 思わず訊いていた。
「好きなのは違いないっスけどね」
 それが恋であるのかどうなのか、匂わせない口調と声音で紺侍は言う。
「恋をするのは大事よ。実っても、実らなくても、人を成長させるから」
 特にあなたたちみたいな、若い子はね、とタリアは微笑った。
「たくさん恋をしたほうが、良い経験になるわ」
 特殊なケースもあるでしょうけど。そう言って、呼雪とヘルを見た。はは、と紺侍が笑う。
「痛みや辛いことも糧になる。……素敵な大人になってね?」
「ハイ。ありがとうございます」
 最後に見せた紺侍の笑みが、どこか辛そうだったから。
 ああ、きっと痛いところは、もうそれなりに経験はしているのだろうな、と不意に思った。
 ――なら、そろそろ幸せになっても、いい頃よ。
 だから恐れず向かって行って。


 いくつかの商品を購入し、またマユがクッキーを「がんばってください」という言葉と共に紺侍に贈り、雑貨屋を出て、しばらく街を見て回って。
 夕暮れが近づいた今、ヘルと呼雪は遊歩道を歩いていた。
「寒くないか?」
「さすがにちょっと冷えてきたね」
「格好が格好だしな」
「だってー白衣の天使は脚線美も魅せつけなくちゃ」
 とはいえ、寒いのは本当だ。
 ヘルは寒がりで、寒いのは得意じゃない。
 それと単純に、呼雪が隣に居てくれないのが、寂しい。
 ――隣に居てくれたら、それだけでぽかぽかするんだけどなあ。
 ――って僕、それはさすがに乙女?
 自分の考えに笑っていると、呼雪が一歩前に出た。
 つまり、ヘルの隣に。並んでくれた。
「呼雪?」
「…………」
 しばらく黙ったまま歩いていたら、不意に、指先に体温。
 あ、と思う間に、手を握られた。
「え、良いの?」
「良いんだよ、今日くらいは」
 カウボーイハットを目深にかぶって、表情を見えないようにして、呼雪。
 だけど、ヘルには見えた気がした。
「温かいよ」
 やっぱり、呼雪が隣に居るというだけで。
 ――うれしくて、幸せで、ぽかぽかする。
「これだけで?」
「うん。十分」
「そうか。……でも、帰ったら温かいもの食べような」
「うんっ」