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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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11


 ハロウィンということもあって、街は活気に溢れていた。
 仮装して出歩く人々。トリックオアトリートの声。
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)も、その心地よい賑やかさの中に飛び込んだ一人である。
 せっかくのハロウィンだし、仮装してデートしない?
 そう、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に誘われてやってきた。
 セオボルトの仮装は、白いパワードスーツを身に纏った装甲兵だ。とある映画にインスパイアされたためこうなった。もちろん仮装なので本物のパワードスーツではなく、プラスチックで作られたものである。
 ――目標は未だ補足できず。
 なりきって、頭の中にセリフを浮かべる。
 そういえば、ローザマリアはどんな仮装をしてくるのだろうか。事前に話し合いや相談等はしていないので、楽しみに思いもし、また心配な気持ちもあった。
 考えごとをしていると、
「Happy Halloweenですっ♪」
 女性の声が聞こえてきた。視線をやると、漆黒のローブを纏った赤毛で垂れ目の女性がセオボルトを見上げてにこにこと笑っている。
「自分ですか?」
「はいっ。ハロウィン占い、いかがですかぁー?」
 ローザマリアはまだ来ていないようだし、少しくらいなら話の種になるだろう。
 そう判断して、セオボルトは「よろしくお願いします」と軽く頭を下げた。
「ええとですねー」
 女性がセオボルトに近付く。あまり近付かれて、あらぬ誤解をされたくもなかったが、どうしたものか。
「貴方の待ち人は、もういらしてますよぉ〜」
 え、と思って視線をめぐらせる。しかしローザマリアらしき人影はない。
 もしや、と女性に視線を戻した。彼女の手が、自らの顎に伸びている。そのままべりっとマスクを剥ぎとり、同時に羽織っていたローブを脱ぎ去った。
「……また、大胆な変装ですね」
 占い師はローザマリアだったのだ。マスクとローブで素顔を隠して来たらしい。
「お待たせ。ハロウィンらしい登場の仕方を考えていたらこうなったの。お気に召してくれたかしら?」
「ええ。なかなか驚かされました。二重の仮装とはやりますな」
 ローブの下、つまり今のローザマリアの格好は十二星華の双子座、アルディミアク・ミトゥナの衣装である。
「仮装も変装も私の十八番だもの。望むのならば七変化だってしてみせるわ」
「では来年見せていただきましょう。今日はもう、自分の隣から離しません」
「ふふ。そうね、私も貴方の傍まで来て、みすみす離れるようなことできないわ」
 ぴったりと寄り添って、街を歩く。
 途中でお菓子を買い、交換という名の食べさせあいをしてみせたり。
「お菓子よりも甘いわね」
「何がです?」
「貴方とのひと時よ」
 しばらくそうして仮装行列を楽しんでから、二人は人ごみから離れた。外れにあるベンチに座り、一息つく。
「食べない? 焼いてきたの」
 ローザマリアが取り出したのは、パンプキンと野菜のキッシュだ。
「いただきます」
「ええ。はい、あーん」
「お約束ですな」
「お嫌いかしら?」
「いいえ。大好きですよ」
 口を開き、されるがままに受け入れる。
「ふふ。口元に欠片が付いているわよ」
「え、」
「じっとしていて」
 手を伸ばしかけたところを制された。ローザマリアの手がセオボルトの肩に置かれ、顔が近付く。そのまま唇が唇に重なり合った。
 甘い香りと、柔らかな感触。温かな体温を離したくなくて、ぎゅっと抱き締めた。
「好きよ。大好き」
「自分もです」
「ずっとこうしていていいかしら」
「叶うのならば、いつまでも」


*...***...*


 せっかく、ハロウィンという催し事があるならば。
 その日にちなんでデートしようと言い出したのはどっちだったか。
 ともあれ、鬼崎 朔(きざき・さく)は今日、椎堂 紗月(しどう・さつき)と久しぶりのデートを約束していた。
 ――どんな格好をして行こう?
 ――やっぱりハロウィンだし、仮装……かなあ。
 鏡の前で悩んでいると、
「お姉ちゃん何にらめっこしてるの?」
「わあっ!!」
 花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)に覗き込まれた。
「あっ、出掛けるの?」
「うん。紗月とデートなんだ」
 へぇー、とにまにま笑いで花琳が朔を見る。なんだか恥ずかしくて、朔は曖昧に笑った。
「ちょうどよかった」
「?」
「せっかくのハロウィンなんだし、これ着ていきなよ!」
 と、花琳が持ち出したのはイナンナの旧コスチューム。
「えっ、……えっ!?」
 幼い頃イナンナが着ていたそれは、以前着せられたアーデルハイトの服に比べれば露出は低いが、
「……や、恥ずかしいよ」
「そんなことないよ」
「だって露出多いし……刺青が」
「大丈夫! ちゃんと見せたくない部分はマントで隠れるようになってます♪
 ……それとも、お姉ちゃんは私の手作り衣装、着たくない……?」
 妹に、しょんぼりとした様子で言われたら。
 着ないなんて選択、できるはずがないじゃないか。
「……ありがと。着るよ」
 観念して言うと、とたんに花琳は顔を明るくしたから、なんとも複雑な気持ちとなった。
 着替えるから、と言って花琳を部屋から出るように促すと、
「それで迫れば紗月さんだってイチコロだよ♪」
 と悪戯っぽく囁かれ。
「花琳っ!」
 思わず声を大きくすると、あははと楽しげに花琳が笑う。
「あはは。でも本当。お姉ちゃんはもっと自信持って? 可愛いんだから」
 じゃあね、素敵なデートになるといいね。
 言い残し、部屋から出て行く花琳に、朔は小さく「ありがと」と呟いた。
 たぶん、届いているだろう。


「おー、朔可愛い!」
「えっ、えっ……へ、変じゃない、かな。露出高すぎたり……」
「大丈夫似合ってる」
「ち、痴女だって思われたり……とか」
「する奴がいたら俺がぶっ飛ばす」
「それはだめ。……今日は久しぶりのデートなんだから、楽しく、いこう?」
 目の前で繰り広げられる甘い会話を聞きながら。
 ――……これも、久々だな。
 椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)は息を吐いた。
 紗月が朔とのデートにアヤメも連れてくることは、最近めっきりなくなっていて。
 察するか学ぶかしたのかと思えば、単にデートする機会がなかっただけのようだ。
 ――……というか、久しぶりのデートなら二人きり水入らずですればいいのに。
 どうして自分を連れてくるのか。
 本当に、解せない。
「やっふぅー! ハロウィンムードで楽しそうなのであります!」
 そして、紗月と朔のデート、加えてアヤメが居るとなれば、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が居るのも最早恒例だ。
 というか、たぶん、スカサハが居るからアヤメも連れてこられたのだろう。
 スカサハのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないが。
 ――前に、言ったはずなんだがな……。
 伝えられなかったのだろうか。そんなに言葉が足りなかったか。結局悪いのは俺なのか。
 考えているうちにうんざりしてきた。二度目のため息に、スカサハが寄ってくる。
「アヤメ様、大丈夫でありますか? どこか具合でも……」
「そういうのじゃない。…………むしろお前はよく平気だな」
「? なにがでありましょうか? あっ、仮装でありますか? 大丈夫、寒くないでありますよ! それに何より楽しいであります!」
「…………そうか、それは何よりだ」
 素直というか、単純というか、そういった性格である彼女はこの雰囲気でも余裕らしい。それもそうか、だって前から気にした様子はなかったし。
 ともあれアヤメは気にするたちなので、例のごとく紗月と朔から距離を取った。アヤメの傍に居ようとするスカサハも、自然と離れることとなる。 
「アヤメ様」
「何だ」
「その衣装可愛いであります」
「男だぞ」
「知ってるであります! でも、可愛いのも本当なのであります!」
「わかった。わかったから可愛いと連呼するな」
 男として複雑な気分になるから。
「スカサハのこの服はどうでありますか?」
 くるり、その場で立ち止まって一回転したスカサハが問う。
 可愛らしい魔女の衣装だ。
「花琳様が作ってくれたのであります!」
「悪くはない」
「本当でありますか!」
「嘘を言っても仕方がないだろう」
「えへへ……嬉しいであります♪」
 満面の笑みで抱きついてきたので、いなすようにぽんと頭を撫でた。するとまたくすぐったそうに笑う。
「とにかく離れろ。歩きづらい」
「はいであります!」
 そうしてまた歩き出すと、
「…………」
 スカサハが立ち止まるので、今度は何だとアヤメも止まった。
「あのお菓子、おいしそうであります」
 店頭に並んだお菓子をじぃっと見ている。
「……欲しいのか?」
「あ。えと、でも、」
「買ってやる。どれだ?」
「じゃあ、あれがいいであります」
 ジャック・オー・ランタンのミニバスケットに入ったお菓子の詰め合わせを指差したので購入し。
「何か言うことは?」
 手渡す前に、問うてみる。
「ありがとうございます!」
「違う」
「え?」
「オイフェウス。今日はなんの日だ?」
「ハロウィンであります! ……あ、トリック・オア・トリートであります!」
 よろしい、と頷きバスケットを渡した。
 丁度その瞬間を紗月が見ていて、にやーと笑ったので。
 ――そういうのじゃないから、そんな笑い方するな。
 三度、ため息を吐くのだった。


「あっちもあっちで楽しそうだな」
 スカサハにお菓子をあげたり、お返しにともらったりしているアヤメを見て紗月は笑った。
「ほんとだね。アヤメくん、ちょっと疲れた顔してるけど」
 気遣う朔に、大丈夫だろと笑ってみせる。
「行こうぜ」
 ハロウィンだからと賑わう街は、何かしら催し事を開いているだろう。
 あるいは、トリック・オア・トリートと言ってその辺のお菓子屋さんを回ってみるのもいいかもしれない。
 朔へと手を差し伸べて誘うと、腕を組まれた。
「……お? 何、積極的だな」
「か、花琳が。こうすれば、いいって……」
 ああ、それで当たっているのか。
 照れからくる苦笑いじみた笑みを浮かべていると、朔が真っ赤な顔でいることに気付いた。
「朔?」
「……恥ずかしい」
「普通に手ぇ繋ぐだけでもいいと思うけど」
「……それだけだと、物足りないもん」
「わがままだなー朔は」
「だって、……本当に久しぶりじゃない」
 頬を膨らませてそう言う顔が可愛いので。
 ちゅ、と頬にキスをした。
「!!?」
 真っ赤な顔をさらに紅潮させて、朔が戸惑う。それが面白くて可愛くて、空いた手で頭を撫でる。
「さ、紗月っ、街中!」
「誰も見てねーと思ったから」
「わかんないよっ。見られてたら、うー、……」
「はは。じゃあ次はもっと、人目のない場所で」
「……なら、いい」
 いいのかよ、と笑い、何事もなかったように歩き出した。
 街は人でごった返していて、自然と寄り添う形になりながら。