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7


 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)こと、ノルンに魔女の格好をさせたのは、今日がハロウィンだからだ。
「それに、子供にいろんな可愛い格好をさせるのって楽しいです」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)が口にすると、ノルンは頬を膨らませたが、そんな仕草をされても可愛いとしか思えない。
「子供扱いしないでください」
「してないですよ。ノルンちゃんが子供って声を大にして言ってなんていませんよ。ノルンちゃんは立派なレディです」
「白々し、」
「さあノルンちゃん。今日はハロウィンです、お外に出ましょう。たくさんお菓子をもらえるはずです」
 抗議の声を上げるノルンの背を押して、明日香は言う。
「えっ、えっ。明日香さんは?」
「私ですか? 私はちょっと諸事情がありますので。さあ行ってらっしゃい、しばらく帰ってきちゃダメですよ。ダメですからね」
「しばらくっていつまでですか?」
「え? ……いつまでだろう……夕飯くらいまで?」
 我ながらアバウトだなと思いつつ。
「子供じゃない、しっかり者のノルンちゃんならきっと守れますよね」
 最終的に、そう結論付けてドアを閉めた。
 えー、という、不満そうというか、納得していないというか、そんな声が聞こえたけれどしらんぷり。
 だって、ノルンを驚かせたいから。
 今は準備をしなければ。


 明日香が何か、隠し事をしているのはすぐにわかった。
 というか、あの様子で隠しきれると思う方がおかしい。
 素直に追い出されたのは、明日香の心中が読めたから。
 彼女も言っていたが、今日はハロウィン。
 明日香はきっと、ホームパーティをしようと画策しているに違いない。
 それで驚かせようとして追い出した。きっと、そんな感じだろう。
 だから、突然理不尽に追い出されても納得することにした。
 楽しませようとしてくれているのだ。相手が自分を想って行動してくれているのだと思うと、やっぱり、嬉しい。
 ――でも、私は子供じゃないです。断じて。
 そこだけは、引っかかっているけれど。
 ちなみに着せ替え人形にさせられることはもう慣れっこなので、そこにツッコミを入れることはない。いまさらである。
「とりあえず……寒いですね」
 三角帽子にローブにマント、足元はブーツで露出はないが、それでもこの季節の風は冷たい。
「図書室に行くことにしましょう」
 呟いて方針を決めて歩き出す。


 本を読みふけっていたら、いつの間にか閉館時間になっていた。
 時計を見る。午後五時過ぎた。
 もういいだろうと家路について、
「ただいまです」
 玄関で待っていてくれた明日香に声をかけ、家に入ろうとしたけれど。
「……あのう?」
 明日香が通せんぼをする形となっているため入れない。
「明日香さん?」
 声をかけても、明日香はにこにこ笑うだけ。
「定番のキーワードは?」
 困惑していると、そう投げかけられた。
 定番。何の? ハロウィン?
 少し考えて、導き出した答えを声に乗せる。
「トリック・オア・トリート?」
 すると嬉しそうに明日香が笑った。
「はいっ。お菓子はありませんので、悪戯してください」
 ――ああ。
 これがしたかったのか、と理解した瞬間、脱力。
「どんな悪戯されるかな〜」
 わくわく、という擬音が目に見えてしまうのではないかというくらい期待している明日香を見て、
「ぇぇ……」
 ノルンは口元を引きつらせ、一歩後ずさった。
「冗談ですよ」
「明日香さんの冗談はわかりにくいです」
「だって、これくらいしたらノルンちゃんが悪戯したり我侭言ったりしてくれるかなって」
「手のかかる子がいいんですか?」
「そうじゃないです。ただ、ノルンちゃんは素直すぎるから。
 たまには我侭を言ってほしかったんです。それだけですよ」
 ちょっとだけ。
 明日香の言葉が、胸に響いた。
 何か、悪戯を仕掛けてみようか?
 考えてみたけれど、思いつかない。
 結局やっぱり、
「アイスが食べたいです」
 いつもの答えに落ち着いてしまった。
 ノルンの答えに明日香は苦笑するように笑い、「ノルンちゃんらしいです」と言って通せんぼをやめた。
 食卓につくと、数々の料理に目を奪われる。
 カボチャサラダにカボチャのスープ。カボチャのパイや、和風に煮付け。
 どれもこれもカボチャだけれど、とにかく美味しそうだった。
 明日香の料理は優しい味がして美味しいし、ノルンが喜んで食べると明日香も嬉しそうにするからできるだけ食べたいけれど。
「もう食べれません、おなかいっぱいです」
 生憎ノルンは身体に見合った胃袋しか持ち合わせていないので、早々にご馳走様をすることとなった。
「おなかいっぱいですか?」
「いっぱいです」
「もう入りませんか?」
「無理です」
「アイスクリームも用意しましたけど」
「!!?」
 最初から、あると言ってくれなかったのは意地悪なのだろうか。
「お腹いっぱいなら明日にしますか?」
「食べます!!」
 問いに、即答していた。
「大丈夫? 無理しなくてもいいんですよ」
「アイスは別腹です」
 きっぱりと言い切ってから、もう一度アイスは別腹です、と繰り返す。
「だから食べれます! 食べます!」
「でもノルンちゃんの小さなおなかが破裂しちゃったら嫌ですし」
「しません!」
「明日にしましょうか」
「嫌です、今食べますー!」
 にこにこ、にこにこ、明日香はずっと笑っている。
 だからやっぱり、これは明日香の意地悪なのだ。
「トリック・オア・トリートしますよ!」
「悪戯してくれるんですか? わくわく」
「悪戯しないっていう悪戯しちゃいます」
「言葉に矛盾が」
「気のせいです。アイスー!」
 結論から言えば、その後数分間攻防を繰り広げ。
 ノルンはアイスを勝ち取れたのだった。
 そして、食べ過ぎによる苦しみを、少しだけ味わったとか。


*...***...*


 テーブルの上には、色とりどりの飴玉。
 衣装ケースから出され、ハンガーにかけられているのはハロウィン用のコスプレ衣装。
 それらを見て、芦原 郁乃(あはら・いくの)はほくそ笑む。
 明日はハロウィン。
 なのでクラスの親しい友人を招き、みんなで楽しむという計画を立ててある。
 また、別の予定も。
 郁乃は普段、友人らにしてやられている。
 だから今回こそは、普段のお礼とばかりに仕返しの悪戯をしてやろうと。
「ふっふっふ……明日こそ、わたしが」
 不穏な笑みを浮かべる郁乃は、目の前のことばかりを考えていた。
 だから、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)の表情には気付けなかった。


 マビノギオンが当惑した顔をしている理由はひとつだった。
 明日の約束。それに先手を打つ形で取った郁乃の行動は、とっくに友人らにはバレていた。
 その上、

『明日はハロウィン!
 そこでみんなに是非協力してほしいんだけど
 みんなで郁乃にトリックを仕掛けてほしいだよ
 沢山飴を持ってきてるはずなんだ
 根こそぎ奪い取ってやってね。頼んたよ?

 あ、仮装用に猫耳貸し出すからよろしく♪

P.S.
 やんなかったやつ罰ゲームな』

 といったメッセージがクラスを回っている。
 郁乃に逃げ場はないのだ。
 そして、マビノギオンが郁乃にリークすることも、ない。
 なぜなら、彼女もまた自分自身が可愛いから。
 そしてまた、この行為がいじめや意地悪に類するものではなく、愛からくるからかいであることを知っているから。
 だから、悪いようにはなるまいと。
 マビノギオンは、声をかけることもできず、ただ郁乃の準備を見守る役に徹するのだった。


 話は数日前に遡る。
 昼休み、秋月 桃花(あきづき・とうか)はクラスメイト数名に囲まれていた。
「あ、あの?」
「なんかさ、郁乃の様子がおかしいと思うんだよね」
 それは、ハロウィンパーティの開催が決まり、郁乃が仕掛け精いを出しているせいだ。
 桃花は知っていた。けれど、それを一泡吹かせる相手――つまり、目の前のクラスメイトたちに教えることはできない。
「もしかしてハロウィンの日のあれ、何か企んでるんじゃないかなあ?」
 ――あぁ……郁乃様、完全にばれてらっしゃいますよ……。
 口を割るまでもなかった。どうしよう、と思う間もなくクラスメイトの一人が笑う。
「教えてくれたら、当日桃花に悪戯しないであげてもいいんだけどなぁ」
 呼応するように、もう一人も笑った。
「できれば、ハイかイエスで答えてくれると嬉しいなぁ」
 ――それは、お願いですらありません……。
 肯定の強制じゃないか、と思うが、事実答えはイエスだからどうしようもない。それに突っ込む気力もなければ、桃花だってわが身が可愛いのだ。
「実はですね……」
 こうして、口を割ることとなってしまい。
 マビノギオンが見た、メッセージに繋がり。
 そして当日を迎えることとなった。


「おはよ郁乃!」
「郁乃、おっは〜!」
「「トリックオアトリート!」」
「……ちょっ……」
 学校について早々、猫耳を装備したクラスメートから郁乃は飴玉を奪われた。半ば強制的に、二つもだ。
 それだけならまだしも、
「トリックオアトリートよ♪」
「トリックオアトリートだ!」
 郁乃の顔を見た者全員が、強引に飴玉を奪っていく。
「……な、なんで……?」
 ――わたし以外にも、標的はいるよ!?
 ――どうして、なんでわたしばっかり狙うの!?
 困惑する間にも、トリックオアトリートの声と、飴玉に伸びる手は止まない。
 ようやくラッシュが過ぎる頃には、もう疑問は浮かばなくなっていた。
 ――……過ぎたことは忘れよう。
 郁乃は気丈に頭を振る。
 だって、今日はハロウィン。
 ――わたしだって、悪戯してやるんだから!
「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞー!」
 目に物見せてやる、とばかりに飛びこんでいったが、
「はい、チョコレート」
 手の中に収まったチョコを見て、郁乃は目を瞬かせた。
「あれ?」
 友人は、にこにこ……いや、にやにやと笑っている。
 ――……よく考えたら、お菓子を持っている相手には悪戯できないんじゃないかな?
 よく考えなくてもそうなのだが、一種盲目的な状態に陥っていた郁乃はそのことに今まで気付かなかったのだ。
「じゃあ次は私達の番だね」
「トリックオアトリート、郁乃!」
「ふふん、お菓子ならわたしだって……」
 渡そうと鞄に手を入れるが、あれだけあった飴玉はもうひとつしかなくて。
「あ、あれ?」
 困惑。しかしすぐに思い出した。朝からのやり取りを。
 ――みんな、この瞬間を狙っていたんだ!
 いまさらわかったところで、悪戯防止の飴はなく。
 悪戯を受けるほかない現状だけが、ここにはある。
「あれぇ〜郁乃、お菓子持ってないみたいだぞ」
 友人が、手をわきわきさせながらニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて迫ってくる。
 数歩後ずさったが、場所が悪かった。壁を背にしてしまったのだ。
「それじゃ悪戯タイムといくか」
「お〜っ!!!」
「う、うわぁあぁぁん!!」


「……我の判断は、正しかった」
 その光景を見て、マビノギオンがぽつりと零す。
「あれは、無理ですよね……」
 申し訳なさそうな顔で、桃花。しかしその表情にはどこか安堵の気持ちも混ざっている。それはマビノギオンにもいえることだった。
「あの悪戯をわが身で受けることは考えたくない……」
 想像するだけでぞっとする。桃花も同じなのか、身を震わせていた。
 だから、仲裁に入ることはできない。
 二人は友人に悪戯され嬌声を上げ続ける郁乃の姿を見守ることしかできないのであった。