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【2021クリスマス】大切な時間を

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第20章 幸せの場所

 夕方。
 空京の飾り付けられた木の下で、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は婚約者の水神 樹(みなかみ・いつき)を待っていた。
 約束の時間まで、まだ少しある。
 だけれど、弥十郎がこの待ち合わせの場所に到着したのは随分前だった。
 気持ちが逸って早く来すぎてしまったのだ。
「クリスマスケーキはいかがですか〜!」
「3種類ございますー」
 少女の明るい声が響いている。
 サンタの衣装をまとったバイトの娘たちだ。
 ポットパンツ姿のサンタガール達に、弥十郎の顔に笑みが浮かぶ。
「いやぁ、あの服を樹に着せたら我慢で(げふげふ」
 そんなことを考えていた弥十郎の耳に。
「……弥十郎さん」
 小さな声が届く。
 ビクッと驚きながら、弥十郎は隣に目を向ける。
 そこには、自分を睨んでいる樹の姿があった。
「いつからいたの?」
「弥十郎さんが、ほかの女性をじーっと見ていたあたりからいましたよ」
 少しふて腐れたように、樹は答えた。
「いや、見てたんじゃなくてね、妄そ……いやなんでもない。ははは……」
 弥十郎は説明するわけにもいかず、苦笑いをする。
 そんな彼の様子に、樹は胸にもやもやしたものを感じる。
 何を着ていくか数日前から迷って。一生懸命おめかししてきたのに。
 自分が傍に近づいたことに気づかないで、他の女性を見ていたものだから。
「じゃ、行こうか。家電を見ておきたいんだ」
 そう言って、弥十郎は手を差し出す。
 樹は彼の手を握りしめて、一緒に歩き出す。冷たい、手だった。
 長く長く、待っていてくれたのかもしれない。
 彼の手を温めながら、樹は弥十郎と一緒に歩く。
(でもなんで家電? 今日、行く必要、あるのかな)
 せっかくのデートなのにと思ってしまう。
「これとか、樹が使いやすそうな高さじゃないかな」
 家電量販店に入ると、弥十郎は生活必需品を樹を連れて見て回る。
「ええ、腰を曲げずに洗い物が出来ます……。でも、私の物を買いにきたわけじゃないですよね? 今日は何を買いにきたのですか」
「何とは決めてないよ。そのうち、一緒に住むわけだから今のうちにどんなのがいいか見ときたくてね」
「え……」
 樹は一瞬驚いた後。赤くなって俯いてしまう。
「な、なんでそんな嬉しいことをすらっと……」
「ん? あ、ファンヒーターとか、樹は必要?」
「無くても大丈夫です。それより」
 樹は暖房のコーナーの隅の方に並べられていた。炊飯器に目を留める。
「デザインもシンプルで使いやすそう、です」
「なるほど、樹はシンプルで使いやすい家電を好むのか」
「はい。便利に使いこなせそうです。使いやすいのが一番です。失敗、せずにいられますし」
 頬を赤らめたまま、樹は弥十郎に微笑む。
 将来、弥十郎と結婚をしたら、こういうものを使いたいなと思いながら。
「それじゃ、機能重視じゃないものは、もう少しデザインに拘ろう。ホットカーペットなんてどう?」
「はい……ええと、こういうのはどうでしょう?」
 それは柔らかな素材で作られた、温かいカーペットであった。
「うん、素敵だよ」
 そう微笑んで、弥十郎は彼女との生活を思い浮かべる。
 家と家具と。
 目の前にいる彼女が、自分の妻となり、エプロンを纏い、料理をしなががら迎えてくれる姿を。

 一通り、家電を見た後で。
 予約していた店で、夕食をとることに。
 ビルの最上階にあるレストランからは街のイルミネーションが良く見えて。
 料理と、景色と。2人でいる時間を互いにとても楽しんだ。
「使いやすいと思います。長持ちもするはずです」
 樹から弥十郎へのクリスマスプレゼントはこの時に。
 シンプルなデザインの腕時計を贈った。
 本体の裏ぶたには『Je t’adore.』と彫られている。
 弥十郎は、いつか気づいてくれるだろうか。
(気づかなくても、つけていてくれる限り、私の想いはあなたとともに)
 そう思いながら、樹は笑みを浮かべる。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
 弥十郎はすぐに腕につけて、時計をセットしていく。
「時間が止まるのなら、このまま針を止めてしまいたい気もするけどね」
 そんな彼の笑い顔に、樹は暖かい気持ちになりながら、首を縦に振った。

 弥十郎からのクリスマスプレゼントは別れの間際。
 空京駅で、2人は今日、別れなければならない。
 違う学校に通う2人だから。
 樹はイルミンスール魔法学校へ。
 弥十郎は薔薇の学舎に帰らなければならない。
(あっと言う間でした……。大切な、時間)
 駅が見えてくると、樹の心に切なさが膨れ上がっていく。
(彼とのデートの時間はとても大切で……。もっとたくさん逢いたいけど、そうもいかなくて……)
 もっと逢いたい。もっと長く一緒に居たい。
 そう思っているのに、無常にも駅へと到着してしまう。
「あ、婚約したけどこれはまだだったね」
 駅の前で立ち止まった樹の手を――左の手を、弥十郎がとった。
 きょとん、と不思議そうな顔をしている彼女の指の、薬結に指輪――『婚約指輪』をはめた。
「え……」
「リングのサイズはこっそり取ってたんだ。遅くなってしまってごめんね」
 と笑った弥十郎とは対照的に。
 樹の目からは、涙がぽたりと流れ落ちた。
「嬉しくて……幸せで、涙が……」
 今日のことが。
 クリスマスに約束の証をもらえたことが幸せで。
 こんなに幸せで良いのだろうか、そう考えた途端に、涙が出たのだ。
「弥十郎さん、ありがとう。一緒に、幸せな未来を作りましょうね」
 樹は指輪を大切に右手て包み込みながら、微笑んだ。
「それと……これは遅れた分の利子だねぇ」
 そう言ったかと思うと、弥十郎は両手で樹を抱き寄せて……彼女を包むようにキス、をした。
 再び、十郎が抱きしめるより早く。
「幸せ、です……っ」
 樹は与一郎にぎゅっと抱き着いた。
 そして、彼に抱かれながら彼の温もりを感じていく。
 どんなに気温が低くても、寒くても。
 彼の腕の中は暖かい。
 幸せの、空間――。