イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

お見舞いに行こう! ふぉーす。

リアクション公開中!

お見舞いに行こう! ふぉーす。

リアクション



4


 双葉 朝霞(ふたば・あさか)は、極度の面倒くさがりである。
 出かけるのも面倒。何をするのも面倒。
 食事を摂るのだって例外ではなくて、適当に済ませていたらある日突然ぶっ倒れた。
 医者曰く、栄養失調だとか貧血だとか。
 左腕に繋がれた点滴の液体がぽたぽた垂れるのを見やりながら、「面倒くさい……」と無意識に呟く。寝ているだけで、面倒なことなんてないのに。でも、だけど、面倒だ。
 そもそも、生きること自体が。
 生きるために必ずついて回る、勉強すること。働くこと。たまに適度に息抜きをすること。それら全てにはエネルギーが必要で、そのエネルギーを確保するためにまた、勉強して働いて、たまに適度な息抜きをして……。
 無限のループじゃないか。何が楽しいのか。
 その上やらなきゃいけないことはたくさんで、なんとか取り繕って、そのせいであとでしわ寄せが来て。
 さらに面倒になって、でもやらなくちゃいけなくて、これもまた無限のループ。
 繰り返し、繰り返し。
 かといって、自分で死ぬ勇気はない。
 というか、死ぬことだって面倒くさい。
 それ以前に、『死ぬ』だなんて能動的なことを考えるのも億劫だ。
 だけどやっぱり、生きているのも面倒くさい。
 このまま死んでしまえばいいのに。
 だって、ここを出たら、またやることだらけの日々が来る。
 ――点滴の中身を間違えていたらいいのに。
「…………」
 しかし残念ながら、そんなことはないようだ。無事に、もうすぐ点滴は終わる。
 本当は。
 本当は、わかっている。
 何もしなくていいはずがないって。
 こんな自分じゃ、駄目だって。
 何かをできるようにならなければならない。
 でも、そのために『頑張る』ことができるのか。
 何もかも面倒だと思ってしまう自分に、そんなことが。
 ――……できない。
 だって、「頑張ろう」って自分を励まそうとしているのに、「私が頑張れるわけがない」って思ってしまうのだもの。
 そして、気持ちが挫けてしまうのだもの。
 まるで、自分で自分を呪っているみたいに。
 何もできない自分に、縛り付けているようだ。
 鬱々とした考えを淡々と日常的にこなしていると、
「アサカアサカ! あのねー、いま、人形師の人が来てるんだって!」
 自分とは対照的に、ひどく元気の良いアイ・シャハル(あい・しゃはる)の声が耳に響いた。
 で? とアイを見る。アイは車椅子に座る小芥子 空色(こけし・そらいろ)の隣に立ち、
「ソラに見せてあげたいんだ! 行ってきていい?」
 と笑う。
「……好きにすれば」
 だって、どうでもいい。
 誰が何をしようと、私には関係ないでしょう。
 だから、好きにして。
 そういう意味も含めて言ったのに、アイは無邪気に喜んで空色に笑いかけていた。
 ……こういう、生のエネルギーに触れていると余計に疲れるのは、なんでだろう。


*...***...*


「はい、良いですよ。経過は問題ないようですね」
 医師の言葉に、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は「はぁい」と頷いた。
「あとは十分足元に注意して。もう少しの間はヒールのある靴は控えたほうが良いかもしれませんん。何かあると大変ですから」
「わかってるわ、先生。……でも私、ヒールのない靴って持ってないんですよぉ。先生、買ってくださる?」
「医師に色目も使わないように」
「あはは。ひどぉい」
 ベッドの上から降りて、靴を履き。ありがとうございましたぁ、と甘い声を出しながら、診察室から退散する。
 以前した怪我の経過は順調で、ほぼ問題ないらしい。検査も触診が主で、簡単なものばかりだった。
「時間、結構余ったわねー」
 ずっと付き添ってくれていた南西風 こち(やまじ・こち)に話しかけた時、気付いた。なんだか、どことなく疲れた顔をしている。
「こち。休憩室あるわよ。ちょっと休んでいこうか」
「はいです」
 こちの手を引いて、休憩室に入る。自販機で適当に甘い飲み物を購入し、こちに手渡した。
 椅子の上で足を組み、飲み物を一口。こちは、難しい顔でなにやら考え込んでいるようだった。
「どうしたのよ」
「マスターは、どうして病院に来ているのですか?」
「え? 経過の報告に」
「それなのです。部品はもう、取り替えてもらったんですよね? もう、来る必要はないのです。それとも、また故障ですか? マスター、具合が悪いのですか?」
 部品? と首を傾げる。数秒考えて、合点がいった。こちは、人間と機晶姫の違いがいまいちわかっていないのだ。
 どう言えばわかってもらえるだろうか。思わず唸ると、心配そうな顔をされてしまった。
「マスター、」
 こちの目線に合うように、一旦椅子から降りて、しゃがんで。
「あのね、こち」
 優しく、話しかける。
「こちと私とは、ちょっと違うのよ」
「違う?」
「うん。機晶姫と人間は、違うの。種族が違うっていうのかな」
 鉄の身体を持つ彼女たち。
 血肉の変わりに流れているのは別のもの。
「人間はね、生きていると、何もなくてもメンテナンスが欠かせないものよ」
 入院してまで治してもらっても、経過を調べに行かなければいけないし。
「マスターは、こちとは違う方法で活動しているのですね」
「うん。色々違うのよ。
 だけど、心は変わらない、って私は思う」
「心?」
「そう。私のことを心配してくれたこちの心は、私たちと同じもの」
 こくり。こちが頷いた。わかったような、わかっていないような、曖昧な顔をしていたけれど。
「こちは、ひとつかしこくなりました」
「良い子」
 ぎゅっと、こちを抱きしめる。
「マスター。足の具合は、どうなったのですか」
「足? 足はもう、ばっちりよ。完全に修理してもらえたからね」
「あと、」
 こちが何かを言おうとしたとき、リナリエッタは視線に気付いた。顔を上げる。と、
「えっ……リンスさん?」
 リンスが、休憩室の外からこちらを見ていた。何故彼がいるのだ。また入院か。
 リンス、と聞いてこちも顔を上げた。出ようか。目配せして、休憩室を出る。
「こんにちは。今日はどうしたんですか?」
「こんにちは。小児病棟の慰問に来たんだ」
「慰問」
「劇をしにね。観に来る? きっと、クロエも喜ぶよ」
 行きたい。きっと、可愛いだろうし楽しそう。こちを見たら、頷いてくれた。ちょっと嬉しくなって、微笑む。
「どっちがお姉さんか、わからないね」
 とリンスがこちに言っていた。
 仕方ないじゃないか。可愛いものが好きなのだもの。


 人形師がいるところには、大抵紡界 紺侍(つむがい・こんじ)もいる。
「ね」
「やァ、そんな認識されてるとは。合ってますけど」
「雑用?」
「えェ、その通り」
 軽い会話を交わしつつ、劇の手伝いをする紺侍の傍に、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)は静かに立った。
「この間の写真、ありがとうね。リナも一番綺麗な写真立てに入れて飾ってるよ」
「お気に召していただけたようなら何よりっスよ」
「で、君も劇に出るの?」
「ベファーナさんが言ったように、オレは雑用っスから。劇には出ません。チビの相手でもしておきましょうかね」
「チビの?」
「知り合いがいるんスよ、ここに」
 へぇ、とホールを見渡した。パジャマ姿の子供たち。どの子が知り合いなのだろうか。まあそんなことはどうでもいいか。
 子供。幼い者。人間の中でも、最もか弱い存在。
「なァんか。変な目で見てる」
「変って。酷いなぁ」
「子供好きだから見てましたー、って目じゃなかったスもん」
「鋭いね」
「当たってるし」
 くすくす、笑いながら一歩、近寄る。
「好きなんだ」
 耳元で、囁いた。
「子供が好きな人間が」
 紺侍の目が、ベファーナの目を見る。何、と多少の困惑が見て取れた。
「瞬きの間に消えていき、その中でも小さくて弱い生き物に固執する。
 そんな人間といると面白いから子供は好きだよ」
 本心だ。
 だから、笑う顔もいつもと同じ。
「そスか」
「そすよ」
 口調を真似て、にこにこと肯定。
 ああ、今、声が若干硬かったなぁ。恐れられでもしたかしら。警戒かしら。どっちにしろそれではつまらないから、いつかフォローしておこうかなぁ。
 ――でも、本当のことだしなぁ。
 なんて考えているうちに、劇が間もなく始まるというアナウンスが流れた。


*...***...*


 好きなものがあるというのは素晴らしい。
 けれど、物事には限度がつきものだ。
 ようするに、そればかりではいけないと。
「スレヴィおにぃちゃん、どうしてにゅういんしているの」
「クロエは今日も元気そうだね。何よりだ」
「ごまかしてる。へんなことしたのね」
 まったくもう、と呆れたような声を出すクロエに、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は微笑みかけた。図星だったからこその微笑みだ。この子が日ごとに鋭くなっている気がするのは、きっと気のせいじゃない。
「あるきまわっていてだいじょうぶなの?」
「大丈夫大丈夫。ただの腹痛だから」
「ふくつう?」
「聞き流していいよ。っていうか聞き流しておけよ」
「しんぱいなのよ」
「心配するような理由でもないしなぁ」
「なによぅ」
「知りたい? 後悔しない? あと怒らない?」
「??」
「あ、それと笑うなよ」
「だから、なによぅ」
「アイス食いすぎて腹冷やした」
 そして、このまま死ぬのではないかと青ざめるほどの腹痛に見舞われた。というか、意識をなくしていて気付いたら病院だった。
「アイスって本当美味いけどヤバいなー」
 クロエは気をつけなよ。そう笑って済まそうとしたら、「ばかー!」と怒られた。結構大きな声だった。耳が痛い。
「よく透る声だね。劇では台本を読んだりするの? 上手そうだ」
「……しらないっ」
「怒るなって言ったのに」
 ぷんすか、という擬音が聞こえてきそうな可愛らしい怒り方。だけどそれなりに怒っていることを、スレヴィは知っている。
「もうこうならないように気をつけるからさ。怒らないでよ。いや怒って俺に面白い顔を見せてくれるのは大歓迎なんだけどさ」
 そして、こうした軽口を投げれば、ぶすくれ顔を引っ込めてくれることも。
「劇、やるんだって?」
「うん。やるわ。わたし、がんばるの」
「どんなストーリー?」
「えっとね、これからやるのは、わたしがリンスとであったときのおはなしよ」
「へえ? 面白そうだな、俺も観ようかな」
 どんなストーリーでも、最初から観るつもりだったけれど。
 だって、よく考えたらこれはクロエの晴れ舞台。
 見ておきたいじゃないか。しっかりと、この目で。
「みていってくれるの?」
「人形激や人形撃にならないことを祈るよ」
「ひとことよけいなのっ」
「ははは。まあがんばりなよ」
 ひらひら、手を振って。
 舞台袖に引っ込んでいくクロエを、見送る。