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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
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リアクション


●遺跡〜内部

「……ええ……はい。分かりました。お願いします」
 ぱちん、と携帯を閉じた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)
「父さん、携帯が通じたんですか?」
ソーマ・赤嶺(そうま・あかみね)が希望のこもった声で訊いた。
「ええ。救出部隊が到着したようです。これで大丈夫ですよ」
 父・霜月の力強い肯定の言葉に、ソーマの表情が輝き始める。
「よかった…」
 襲撃を受けてほぼ丸1日。ようやく見えた希望の光だった。
 無人とばかり思っていた遺跡の内部から突然現れたなぞの少年たち。一体何者なのか、問う暇もなく攻撃を受けた。あれこそまさに問答無用。
「なぜこんなことを? あなたたちは何者です!?」
 狐月【龍】で応戦しつつ、霜月は何度も問いかけた。しかし彼らはこちらが何者かなど、そんなものは眇然だと言わんばかりにひと言も口をきかず、ただ彼らにエネルギー弾や真空波を放ってきたのだった。
 虚をつかれたとはいえ、こちらはコントラクターだ。並の相手であればいかに数で劣勢であろうとそうそう不利になったりはしない。しかし彼らの能力はコントラクターに勝るとも劣らないものだった。息もつかせぬ高速攻撃を連続で繰り出し、こちらの反撃はことごとく不可視のバリアで防いだ。
 しかも少人数のこちらと比べて数も圧倒的。単なる無人の遺跡調査と、ろくな装備も揃えていなかった霜月たちは撤退を余儀なくされた。とり囲まれ、密林への退路は断たれていたため、必然的に遺跡内部へと…。
『……うわあああああああああーーーーーーーーっ!!』
 捕らわれ、両目をえぐられたタケシの悲鳴がよみがえった。
 もし捕まればどんな目にあうか――息を詰めた霜月の服の裾を引っ張って、ソーマが気を引いた。
「父さん、母さんが呼んでます。……早く」
 霜月の妻、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は今、正体不明の病に苦しめられていた。
「クコ!」
 とり乱しかけた心を抑え、彼女の寝ているベッドへと駆け寄る。となりのベッドには同じく調査隊の一員の周臣 健流(すおみ・たける)が寝かされており、彼のパートナーのアスール・ガディアン(あすーる・がでぃあん)がベッド脇についていたが、こちらはまだ意識が回復している様子はなかった。
「霜月…」
 彼に向け、持ち上げられた右手を両手で包み込む。
「どうしたんです? 何が――」
「ううん。なんでもないのよ。ただ…」
 汗の浮いた苦しげな面を見て、サイドテーブルの上の布を取る。
 追う敵をやり過ごそうと身を潜めたフロアだったが、意外にもここは居住区のようだった。体調を崩したクコたちのため、ベッドがあったことを感謝したが、さすがに頭を冷やすための水は出なかった。だが拭き取るだけでもマシだろう。
 霜月の心遣いに、クコがほっとした表情を浮かべる。目を閉じて、彼女はようやく聞き取れるかすかな声で言った。
「ただ……言っておきたかったの…。もし私に何かあったら……霜月、あの子たちのこと、お願いね…」
「なにばかなことを言うんです!?」
 考えないよう意識していた一抹の不安を射抜かれた思いで、霜月は思わず叫んでいた。
 クコの身に一体何が起きているのか、霜月には見当もつかなかった。彼女の肌は燃えるように熱い。それが一晩じゅう続いていて、下がる気配が一向に見えなかった。鼓動も速く、定期的な痛みに襲われているのか、ときどき口元を噛み締めている。
 薬もないこの状況下で、彼女がもしもを考えてもしかたないのかもしれなかったが…。
「きみは死んだりしません! 救出隊も今こちらへ向かってくれています! 回復系魔法を使える者もいるでしょう。彼らがくれば、きっと――」
「霜月……私も、死ぬつもりは、ないわ…。だけど……もし、私が…」
 疲れ切った、弱々しい声。
 霜月はすっくと立ち上がった。
「死なせたりしない……決して」
 一刻も早く彼女をここから連れ出して病院へ運ばなくてはならない、そう決意したときだった。
 ガシャンと窓ガラスの割れるような音が隣室で次々と起きた。
「父さん!!」
 ソーマの切羽詰まった声が重なる。
「ソーマ!!」
 ドアを開いて飛び込んだ先では、はたしてあの銀髪の少年が窓を突き破って侵入していた。その後ろには白金の髪の少女もいる。
 とうとう見つかってしまったのだ。
 病人に近付けるわけにはいかない。銃口をどちらへ向けるべきか、迷うソーマの横を抜け、霜月は一番近い少年へと斬りかかった。彼の剣げきをバリアが受け止める。それがどういうものか、すでに彼は知っていた。力の押し合いには意味がない。剣を引き、歴戦の武術を発動させ、手数を増やすことで相手の守りを突き崩そうとする。彼を、横合いから少女が襲った。
「あぶない!」
 ソーマがフューチャー・アーティファクトの引き金を引いた。光のラインがうす闇を走り、少女を吹き飛ばす。少女は割れた窓ガラスから通路に飛び出し、向かいの壁にたたきつけられた。
「はあっ!!」
 振り切られた剣をかがんで避けた少年の肩に、霜月の回し蹴りが入る。思ったとおり通路へ逃げた少年を追って、霜月は窓を乗り越え、跳んだ。
 待ち受ける2人の前、霜月の体がブレる。突然空中に出現した複数の霜月を見て2人に動揺した様子はなかったが、あきらかに目標を見失った様子で動きが止まった。交錯する10人の霜月と少年。次の刹那、少年は無数の刃を受けて霜月の足下に倒れた。
 一拍遅れて部屋から飛び出したソーマが少女を銃撃し、距離をとらせる。
 霜月は斬りおとした少年の左腕を見た。転がる腕からも、魔障覆滅を受けた少年からも、血らしきものは一滴も流れていない。
 己の命よりも大切な存在を守ろうとする今の彼に、手加減をする余裕はなかった。常人なら即死しているはず。それだけの傷を負いながら、しかし少年は死してはいなかった。ぶるぶる震えながらも、右腕一本で起き上がろうとしている。
 うつむいていた顔が霜月の方を向く。体は震えていたが、何の痛みを感じている様子はかけらもない。どこか観察するような目。その姿はとても精巧に造られたマネキン、操り人形のようだった。
 何の感情も表していない赤い目が、まばたきもせず霜月を映す。そういえば、彼らがまばたきをしている姿を一度でも目にしたことがあったろうか? 息を飲む霜月に向け、少年は右腕を突き出して向かってきた。手のひらでエネルギー弾の光が生まれる。
 金縛りを解いたのは、クコの声だった。
「霜月…っ!」
 危うい所でエネルギー弾を避け、すれ違いざま胴を割る。
「クコ! 起きては駄目です!」
 アスールに支えられ、CODE・9を杖のようにして戸口に立つクコへと走り寄る。同時に、壁を利用した跳躍でことごとくビームを避け、ソーマとの距離を詰めようとした少女を、横から女性のミラージュが襲った。
 殴り飛ばされ、床を滑った少女が体勢を整える間も与えず真空波で切り刻む。
「ふふん」
 造作もないことと言いたげに髪を払ったのは、サツキだった。
 彼女の現れた通路から、燕馬ザーフィアも現れる。彼らは遺跡へ逃げ込んだ霜月たちの残像をサイコメトリで追跡してきていたのだった。
「病人ですか」
 座わり込んでしまっているクコを見て、燕馬は訊いた。その手には閻魔印のファーストエイドキットが下がっている。
 大きめの医療用鞄に、それまでクコと同じように疲れた表情を浮かべていたアスールの目が輝いた。
「ああ! あなた、薬を持っているのね! 奥にもまだ病人がいるの、診てあげて!」
「それもありますが、先にここから移動した方がよろしいんじゃありません?」
 サツキが周囲を警戒しながら言った。
「かなり派手にやっていましたから、きっとすぐ新手が駆けつけてきますわ」
「でも、健流は動かせないの。朝飲ませた薬が最後で、あれからもう10時間近く経つわ。もしまた何かの拍子に発作が起きたら…」
「もうじき高柳さんたちも到着するでしょう。あちこち移動して逃げるより、バリケードを築いた方がいいかもしれません」
「……そうするか」
 霜月の提案に、燕馬もうなずいた。
「よし。じゃあ病人をなかへ運んでくれ」
 燕馬の指示で、霜月とソーマがクコを両側から支えて奥の部屋へ連れ戻す。
「ああ、では僕はここいらの物で適当にバリケードを作っていることにしようか!」
 にこにこ笑ってザーフィアが近くに転がっている椅子を引き起こしたときだった。
「何をしている。おまえも来るんだ」
 霜月たちについて奥の部屋へ向かっていた燕馬が振り返った。
「え?」
「ごまかせると思っていたのか?」
 じーーーっと半眼で見つめられ、ザーフィアは何か言おうとあわてて口を開いたものの、結局何のうまい言い訳も思い浮かばないまま口を閉じる結果になってしまった。
「……はい」




 通路の両側にバリケードを築いている途中で、リネンたちが到着した。
「教えて。一体ここで何があったの?」
 コアから預かってきた健流の薬のキットをアスールに渡したリネンは、ヘッドボードに背を預けた健流にさっそく質問を開始する。だが、もともと扱いにくい、排他的な性格である上に今度の事件、加えて長引く発作のせいでますます気難しさを増した健流はすっかり口が重くなっていて、とても協力的とは言いがたい人間になってしまっていた。
「さあな」
 そう言ったきり何もしゃべろうとしない。
「じゃあどうして松原くんのことを敵だなんて言ったの? 親友、なんでしょう?」
 その質問に、一瞬だったが、あきらかに健流の身を包む空気が凍った。
 ふい、とそっぽを向く。
「周臣くん?」
「窓だ」彼の視線の先には窓があった。「はめ殺しだが外が見える。下の様子を伺ったら、あいつが……俺たちを襲ったやつらに指示を出していた。何か、板のような機械を持たせて……密林に入らせているところだった。えぐられたはずの両目がグレイになっていて……そして……」
「そして?」
 うながしに、リネンをいら立たしげににらむ。健流は視線を投げた。
「なんでもない」
 ぷちっとフェイミィの我慢の緒が切れた。
「てめぇ、なんでもないって態度かよ、それが!!」
「フェイミィ……彼は病人よ、抑えて」
「――大変そうだな、向こうも」
 ありあわせのシーツでこしらえたカーテンの向こうから聞こえる声に、燕馬はため息をつく。
「そ、それで、何か分かったかい? 燕馬くん」
 ザーフィアは胸の上に乗ったままの彼の指を意識しないよう努めながら――でも赤らんだ顔で――横になっていた。覆うまい、と意識した両腕が、体の脇でぶるぶると震えている。
 目を戻した燕馬はまじまじとザーフィアを見て、首を振った。
「……分からん。顕微眼で血液検査までしてもピンと来ない以上、ウィルス系じゃないみたいだが。ザーフィアは機晶姫、クコさんは獣人、アスールさんはヴァルキリー、ソーマくんは未来人。一方で、俺たち地球人には1人も出ていない。強化人間のサツキもだ。この違いは何だ?」
 ふむ、と考え込む。
「ああ、精霊もいたか。訊いてみないとはっきりしたことは言えないが、おそらくあの子も体調を崩しているに違いない。
 彼らにはなくて、俺たちにあるもの。あるいはその逆で、俺たちになくて彼らにはあるもの…」
「そ、その前に……燕馬くん。嫁入り前の女の子の身体を隅々まで『見』た件について、何か言う事はないのかい…?」
「あら、お医者さまに隅々まで『診』られて、何か恥ずかしいことでもあるんですか?」
 質問に対し、質問で返すサツキ。分かっているくせに、意地が悪い。
 ううううう……とますます顔を赤くしてうなるザーフィアを尻目に、燕馬は立ち上がった。
「もう服を着ていいぞ」
 カーテンの目隠しから出て行こうとする。いやな予感がサツキの頭をよぎった。
「どこへ行かれるんです?」
「ん? クコさんを診せてもらおうと思って」
「だんなさんに殺されますよ」
 先にああは言ったものの、ザーフィアはともかく、さすがにそれはやばい。
「じゃあ、アスールさん」
「そっちも同じだと思うよ、僕」
 2人揃っての制止に燕馬は目をぱちぱちして、不思議そうに小首を傾げた。




「父さん……僕たち、助かりますよね?」
 築き終えたバリケードの内側で見張りに立ちながら、ソーマはぽつりとつぶやいた。
「もちろんです。彼らの治療でクコたちの容態が安定して動かせるようになったら、すぐにもここを脱出しましょう」
「はいっ」
 破顔したソーマのほおに先の戦闘でつけられたらしい切り傷を見つけて、霜月はあごを引いた。
 まだ不安が完全に払しょくされたわけではないが、それでも救出隊の到着で、ここを出て行ける確率は強まった。きっと自分たちは助かる。
(あとは……火村さんとリーレンさんですね)
 2人はここに潜伏していることが一度敵にばれたとき、おとりとなって飛び出して行ったのだ。動けない彼らの身代わりに、敵の目を引きつけてくれた…。
(2人が無事でいてくれますように)
 霜月はそっと目を伏せ、彼らのために祈った。