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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

リアクション


●遺跡〜地上

 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は地上で戦うと決めたものの、すぐには動き出そうとしなかった。
 敵がどんな姿をしているかは知っている。エネルギー弾や真空波を用いて戦い、バリアで防ぐというのも。しかしどういう戦術で戦うかを知らない。自分についてきてくれた友人たちのためにも、ずさんな手は打てない。
 それに……真田 幸村(さなだ・ゆきむら)の様子も気にかかった。
 ちら、と肩越しにそちらを盗み見る。彼は今、氷藍が見ていないと思って油断している。もちろん無防備に、というわけではないが、目を閉じて歯を食いしばっている。かすかにしわの浮き出た眉間、うっすらと汗ばんだこめかみ。あれは相当苦しいに違いなかった。
(つらいならつらいと正直に言えばいいのに)
 と不満に思う。何のためのパートナーかと。良いときも悪いときも一緒だと誓った仲ではないか。みずくさい。しかし別の部分で
(ま、あいつがそんなこと口にするわけないか)
 とも納得する。体調がおかしいだの気分が悪いだのベラベラしゃべって介抱を要求するようなやつなら、最初から気にしたりしない。
 しかたない。こうなったらこっちが気をつけていてやるしかない。
 エネルギー弾の光が緑のあちこちで走り抜けるのを見ながらそう決意を新たにしていると、まとっている魔鎧無明 フジ(むみょう・ふじ)が突然笑いだし、軽口をたたき始めた。
「ハーッハッハ! つっえーつっえー! あいつらマジつえーでやんの! よォ氷藍、今からあいつらとヤんのか?」
「……ああ。そうだ」
「ああ、そりゃあいいなぁ。さぞ面白いだろう。そーいうにおいがこっからでもぷんぷんしてやがる」
 と、それまで遠慮なくけたたましい声を上げていたフジが、急に声をひそめた。
「ちゃんと護ってやるんだぜ? なんたって、テメェのなんだからよ。大事なモンは、テメェの手でがっちり護るモンだ。これが今生の別れとかになった日にゃ、ほんとシャレんなんねぇぜ」
「フジ?」
 突然真剣な口ぶりで何を言いだすのかと、驚いて魔鎧を見下ろす氷藍の前。
「どうにも真田のやつ、死相が見えやがるからよ……なーんてなっ ♪ 」
 けらけらけら。
 自分の言ったことに自分で笑う、その根っから明るい様子に、はたして本気で言ったのかそれとも単なるタチの悪い冗談なのか判断できず、氷藍は顔にあてた手の下でため息をついた。
 そんな氷藍の視界に、こちらへ向かってくる高峰 雫澄(たかみね・なすみ)の姿が入る。
「ちょっと黙ってろ、フジ」
 と一応念を押して。
「よォ。シェスティンさんの具合はどうだ?」
 できるだけ、何気なく聞こえるよう声をかけた。が、返事は聞かなくても分かった。雫澄はにこりともしないで、ただ黙って首を振る。
「やっぱり……鈿女さんたちの所へ置いてきた方が良かったのかな…。今さらだけど」
 それを言うならもっと前、ツァンダにいたときだ。置いてくるべきだった、何と言われようと。説得に負けずに。
『……もし我をだまして、置いて行こうなんて考えたら、許さないぞ…! 絶対追いかけて、1人でも行ってやるからな…!』
 ――いや、説得じゃない。あれはもう脅迫だと思う。鈿女の言葉を聞いたときもそっちへ傾きかけた内心を読まれてギロリとにらまれたので、何も口にすることができなかった。
 シェスティンならやる。置いてこようものなら確実に1人でも遺跡に向かおうとする。絶対。
「なんで今回に限ってあんなに執着してるんだろう」
 そこがなぞだった。
 高圧的な人ではあるが、周りが見えない人ではない。何がなんでも自分の主張を押し通して良しとする人じゃなく、ましてや他者を巻き込みかねない戦場でそんな無理を言う人ではないはずなのに。
 それが雫澄には気がかりだった。何かあるような気がしてならない。何も言ってくれないけれど…。
(いつか教えてくれるのを待つしかないのかな)
 それが信頼というものかもしれないけれど、少し歯がゆかった。
 内心のもやもやを吐き出すようにふうと息を吐き、流した視界に天禰 薫(あまね・かおる)の姿が入った。
「薫さんとこは平気みたいだな」
「いや、そうでもない。ここに来る前、孝高と又兵衛が本調子ではなさそうだとこぼしていた」
「あれ? そうなの?」
 言われてもう一度観察してみたが、やはり2人はいつもどおりの2人に見えた。特に痛みを我慢しているふうにも見えない。ようはその程度なのだろう。
「でも、そうすると……やっぱりそうなのかな」
「ん? どうした」
「ナインが言ってたんだ。体調が思わしくない者がいるというより一部だけ影響がないように見える、って」
 ナインとは魂魄合成計画被験体 第玖号(きめらどーる・なんばーないん)のことである。なぜ「ナイン」と名乗っているかは、その字を見たとおりだ。
 雫澄は最初のうち、シェスティンと幸村だけだったので単純に2人が体調を崩しているだけだと考えていた。めずらしいこともあるなと思ったが、まぁそういうこともあるんだろう、と。しかしいざここへ集結してみれば、かなりの数の者が体調不良に陥っている。
 いやな予感を感じずにいられなかった。これはおそらく全員、大なり小なり感じていることだろう。間違いなく氷藍も。
 だが、かといってどうする? ツァンダへ帰るのか? 調査隊を救出せずに。そんなこと、できるわけがない。だからだれもあえて口にしないのだ。
 やるしかない。




 一歩踏み込めば、密林のなかは剣げきと怒声が満ちていた。
「やああああああーーっ!!」
 突然裂帛の声がして、ファイアストームの炎が走ったと思えば真空波が樹木や岩をうがち、枝葉を散らす。
 そこかしこで攻撃魔法の嵐が吹き荒れるなか、その余波にあおられつつ、真田 大助(さなだ・たいすけ)は用心深く歩を進めていた。
 朝からずっと気分が悪かった。すぐに息が上がって、まるでこの体そのものが砂袋のように感じられてならない。
 けれどそんな弱音は絶対吐けなかった。自分よりもっともっとつらいのを我慢している人がいるのだから…。
 心にふと、少し前に分かれた父幸村の姿が浮かぶ。
『一緒には行けぬが、がんばるのだぞ』
 とめどなく激痛に襲われているのだろうに、それでも彼に笑顔を見せてくれた。
(もしかしたらここに来るまでに治るのではないかと思ったのですが……やはり具合は良くならなかったのです。これはもう、父上が無理をせずにすむよう、俺ががんばらなくてはなりませんよね)
 具合が悪いなんて言ってられない。
 意気込む大助の足元に、木の葉がひらひらと舞い落ちる。
 何気に顔を上げたその目に映ったのは、彼を見下ろす銀髪の少年――ドルグワントだ。
 大助がそれと認識するのと同時に、少年は木を蹴った。目でとらえきれない高速の剣が振り下ろされる。大助は少年を見た驚きの表情を浮かべたまま、頭の頂点から真っ二つに切り裂かれた。
 バスタードソードの勢いは大助を斬っただけで収まらず、ガツッと地面に剣先を埋める。
 その小さな風が、二つに分かれた大助を水面の影のように揺らした。
 ゆらりゆらりと揺れて、空間に溶け入るように薄れて消える。それは残像。鋼の刃がとらえたのは、わずかに大助の残像でしかなかったのだ。
 背後に向かって振り切られた少年の手から次々とエネルギー弾が飛び、追撃をかける。飛来するそれらを大助は黒刀【濡烏】で受け止め、はじいた。
「……くっ!」
 はじけはするが、勢いを殺しきれない。ずずずと後ろに押された彼に向け、別方向のしげみから白金の髪の少女が跳んだ。
 彼女の持つバスタードソードが横なぎをかけ、一気に大助を両断しようとする。それを、1本の白刀が阻んだ。妖刀白檀、そしてその主熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)である。
 彼の手元、ナインのかけてあったパワーブレスの輝きが増す。
「おらあっ!」
 孝高は少女の攻撃を受け止め、押し戻した。宙返りをして距離をとろうとする彼女に向け、芭蕉扇をふるう。
 そして背中合わせに立つ大助に言った。
「坊主、むきになって全部受けるんじゃない。おまえさんのその軽い体じゃ無理だ」
 そんなの…! と反ばくしそうになった口を閉じ「はい」と言葉を噛み締めた。
 やはり頭が働いていないのだろう。本来の自分だったらとうに気付けていたはずだ。
 2人は同時に左右に散り、互いの相手と斬り結ぶ。大助は孝高の教えに従い、今度はエネルギー弾のすべてを受け止めようとせず、できる限り分身の術や空蝉の術を発動させて避け、避けきれない分もまた、剣の角度を操ってすり流すようにした。そして隙をうかがい、仕込み番傘で銃撃をする。
 一方、数げき刃をまじえた孝高は、この少女が自分よりもはるかに上の使い手であることを見抜いた。
(まずい、このままでは押し切られる)
 そうと悟った彼は呪い影を呼び出し、少女に放つ。だが孝高の苦戦する相手に呪い影ごときがかなうはずもない。少女の舞うような剣技で、呪い影は散り散りに消された。
 しかしもとより孝高とて彼らでなんとかなる相手とは思っていない。ほしかったのは一拍の間、そして距離だ。
「やってくれ!」
 背後へとびずさりながらに言う。その言葉に呼応するように、後衛にいたナインが天のいかづちを発動させた。
 まえもっての打ち合わせどおりタイミングはぴったりだった。激しい雷鳴音とともに空を裂き走って落ちた白光が少女を撃つ。
 少女は全身を引きつらせ、そのまま前のめりにばたりと倒れた。
「1体」
 ふう、と息をついた直後。孝高は背後から重い衝撃を受けてよろめいた。
 彼の目に、己を貫いて宙に消えたエネルギー弾が映る。
「くそ……油断した」
 衝撃は一瞬で熱い激痛と化す。血の吹き出した肩を押さえてその場にひざを折った彼の後ろから、少年が現れた。
「孝高ぁーっ!!」
 天禰 薫(あまね・かおる)が命のうねりを飛ばそうとする。しかし少年の蹴りの方が早かった。痛みに支配された孝高は防御することもできず、吹き飛んで木に激突する。
「このっ!!」
 遅れて駆けつけた雫澄の大剣カラドリウスが少年の背に向けて袈裟懸けに振り切られたが、手応えはなかった。影は頭上にある。
「はっ!」
 振り仰いだ雫澄に向け、少年の手のひらから生まれたエネルギー弾が降りそそぐ。――だめだ、近すぎる。間に合わない。
 雫澄はとっさに剣を盾のように掲げた。最低限、守るべきは頭と心臓だ。直後、エネルギー弾が剣の腹に直撃し、衝撃は骨までしびれさせた。
 地をえぐったエネルギー弾によって土煙が巻き上がる。
 着地し、振り返った少年の肩を、次の瞬間銃弾が貫いた。それは銃形態へ変形したカラドリウスから撃ち出されたものだった。
 関節部を撃ち抜いたようで、少年の腕がだらりと垂れる。少年は背後へ跳び、木々にまぎれた。
「どうして追撃しない!」
 シェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)が吼えた。
 彼女の前、銃を下ろした雫澄はふりこのように大きく揺れて、その場にくず折れた。
「雫澄!?」
 わき腹を押さえた彼の指の下からじわじわと血が染み出して地に糸を引く。先までは土煙のせいで隠れて見えなかったが、彼はそのほかにも肩や腕に裂傷を負っていた。
 薫は遠くへ飛ばされた孝高の元へ行っている。かたわらへ駆け寄ったナインが命のうねりをそそぎ込んだ。
「あなたが無事でよかった、雫澄」
「甘いぞ! なぜ頭を撃たん!」
 ナインの声にかぶさってシェスティンの叱責が飛んだ。
 雫澄は、彼を護るように周囲を警戒して立つ彼女を見上げる。
「だって……もし彼らが……彼らもタケシくんみたいに、ただ操られているだけだとしたら…」
「あれはただの兵器だ! しかもどう見ても量産型の!!」
「……うん。でも、だからって意思がないとは限らないだろ」
 そう思うと、はたして倒していいものか、迷ってしまったのだった。
「……っ…!」
 だからといって、自分を殺そうとした相手にまで情けをかける必要があるか! シェスティンはそう怒鳴ってやりたかった。
 そのかわりに、歯を強く噛み締める。
「シェスティン?」
「――くそッ!! くそ、くそ、くそッ!!」
 あんなのはただの兵器だ。心なんかない、ただ命じられるまま機晶エネルギーで動いているだけで――……
『あなたね!! あなたが誘惑したのよ!! この、売女!!』
『彼はわたしのものよ! 昔のわたしとそっくりだから、彼はあなたに優しくしているだけなのよ!!』
 ――うるさい、黙れ。
『勘違いするんじゃないわよ、この女狐!! ドルグなんてただのオモチャじゃないの!! オモチャの分際で、よくもわたしのに手を出したわね!! おまえなんか死ね!! 死ね!! 死んじまえ!!』
『二度と彼を誘惑なんかできないようにしてやる!! 性根の腐ったおまえなんか、バケットで砕けてしまうといいのよ!!』
『ひとのものに手を出そうとすればどうなるか、思い知れ!!』
 ――黙れ、黙れ黙れ黙れ! おまえなんか知らない! 狂女め、頭のなかで怒鳴るな!
「どうしたの? シェスティン」
「うるさいだまれ!!」
 その言葉を、はたして本当に口に出してしまったのかシェスティンには分からなかった。だが、出してしまったのだろう。驚きのあまりぽっかり口を開けたまま絶句してしまっている雫澄とナインを見て、シェスティンは自己嫌悪に陥った。
 すまない、そう言おうとしたが、それは果たせなかった。
 ここは戦場であり、今彼らは死闘のまっただなかにいたのだ。
「……うわああっ!!」
 近接戦闘に持ち込み、少年の張ったバリアにいちかばちか壁抜けの術を試みた大助だったが、バリアは力場であって物理的な壁ではない。次の瞬間彼は反撃を受けて悲鳴を上げ、背後に吹っ飛び地面を転がった。
「大助くん!」
 跳ね起きた雫澄は両剣を手に駆けつけようとしたが、あの片腕の少年が立ちふさがった。
「うう…」
 うつ伏せになったまま、起き上がれないでいる大助に追撃のエネルギー弾が今しも放たれようとしたときだった。
 さっとワイバーンらしき影が上空をよぎったと思った次の瞬間、地面に黒い影が2つ生まれた。
 1つは少年の真上に、1つは大助のかたわらに。
「無事か、大助」
「父上…」
 抱き起こそうとする幸村の首に両腕を回してしがみつく。
 その一方で、少年の背後をとった後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)の霊妙の槍が少年の心臓部を破壊していた。
「大助ちゃん、こっちへ来るのだ」
「さあ、天禰殿の元へ行きなさい」
 笑みを浮かべ、両手を広げている薫の方へ大助を押し出す。幸村は轟咆器【天上天下無双】を地につき、立ち上がった。
「もうへろへろじゃないかよ、真田」
 又兵衛の手のなか、槍がぴぅんと音をたててしなる。
「ワイバーンからの着地は老体にこたえたか」
「ぬかせ」
 友の気安さで憎まれ口をたたきあうと、2人は同時に周囲へ向き直った。
 ここでの戦いに時間をかけすぎた。ほかのドルグワントが支援に現れている。
「1、2、3体か」
「いや、4体だ」
 遅れてしげみから現れた少女を見て、幸村が言う。
「そりゃしんどそうだ。けど、やるしかないねぇ。死んでやるわけにいかんし」
 又兵衛のとぼけた表情のなか、黒い瞳がいきいきと活気づき始める。槍の穂先を地面すれすれまで落とし、彼は一番近場にいる少年を標的と定め、飛び出した。
 少年の高速攻撃について行けないのは百も承知だ。相手の攻撃はすべて龍鱗化と受太刀で受け、間合いから一歩も退かず攻撃に集中する。――ようは、殴り合いの我慢勝負だ。
 距離を取られ、遠距離からエネルギー弾や真空波を撃たれることのないよう常に斬りつけ、隙を狙う。
 しかし少年もまた、すぐに又兵衛の意図に気付いた。又兵衛の攻撃の一瞬の隙をつき、バリアをぶつける。
「ぐぅっ…!」
 まさか攻撃にバリアを使用するとは。
 後ろに押しやられた又兵衛に向かい、少年が跳んだ。肌にはいくら攻撃しても無駄と、少年のつま先は又兵衛の目をねらっている。まともに入れば又兵衛は失明するだろう。
 だが寸前、少年はがくんと地上へ落下した。熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)が放った奈落の鉄鎖だ。
「待たせたな。支援するぞ」
 孝明が又兵衛の後ろに回り込むと同時に、ピキンという光のような音を立てて鉄鎖は砕け散った。立ち上がり、再び真正面から向かってこようとした少年へ孝明はすかさず陰府の毒杯をぶつける。
 陰府の毒杯はバッドステータスを相手に与える強烈な魔法。しかし少年は何の痛痒も感じているように見えなかった。
「うわ!」
 頭を押さえつけられた又兵衛は、額にひざ蹴りを受けてしまう。
「効いてないのか?」
「あっつつつ…………いんや、効いてると思うよ。少し速度が落ちて、動きが見えるようになったし」
 龍鱗化している上でこの激痛。龍鱗化がなければ頭が割れていたのではないかと思う。
「ただ、感じてないんだと思う。こいつら、どうも痛覚がほとんどないらしい」
 と、雫澄が戦っている方を視線で指した。雫澄が相手をしている少年は撃たれて動かなくなった腕を不要とみたらしく、自分で千切りとっていた。
「ああ……なるほど。では毒が完全に回るまで動きは止まらないということか」
「かも」
 そんな悠長な戦いはしていられない。再び少年に挑んでいく又兵衛の背後で砲撃音が鳴り響いた。
 幸村の武器、天上天下無双から硝煙がたなびいている。幸村は反動で後ろによろけた体を、石突で支えた。彼の前、わき腹を吹き飛ばされた少年が落下する。――まだ動いている。人間であれば即死していておかしくない攻撃を受けながら。
 立ち上がろうとする少年を見ても、幸村はとどめをさしに行けなかった。こうして立っているだけでやっとだ。向かってきたところをカウンターで斬りつける、あるいは砲撃する、その戦法しかとれなかった。
 肺が焼けつくように苦しくて、息ができない。浅い呼吸でどうにか意識を失わずにすんでいるような状態だ。しかしこれも薫のサポートがあってこそだった。彼女が定期的に回復魔法を飛ばしてくれなければ、とうに倒れていたのは間違いない。
 だが薫のサポートにも限りがないわけではない。しかも対象者は4人もいる。状況を見てナインも回復魔法を飛ばしてくれているが、それでも追いつかなかった。
「このままでは、みんなやられてしまうのだ…」
 焦燥感にとらわれた声で額の汗をぬぐう薫を見て、大助は決意した。
 怒りの煙火を発動させる。大地が割れ、溶岩が吹き出した。
「みんな、気をつけて!!」



「ひゃはっ! きたきた、キタキタ! 合図だぜ、氷藍!」
 緑の天蓋からたなびく黒煙、のろしを見て、フジは勝ち誇ったように笑う。
「俺が手助けしてやっからよ、おまえは存分に暴れりゃいい」
 氷藍は無言でキーを回した。


 はじめ、それは地震のように感じられた。
 しかしいつまでも地揺れは治まらず、むしろ腹の底にズンとくるような響きまでが起きる。
 やがて耳をつんざく爆音をたててそれは木々の間に現れた。
 トゲの付いた巨大なロードローラー。それを通す道などここには存在しない。だから前をふさぐ樹木はすべて容赦なくローラーで敷いていく。メキメキ、メリメリと引き裂かれる音は、避けることのできない木々の悲鳴のようだった。
 この凶悪な乗り物、名を轢キ潰ス者という。
 本来は飛空艇の3倍の速度を誇るのだが、密林というこの状況下でそれは不可能だった。並の飛空艇ほどの速度も出せない。
 だがドルグワントの目を奪い、攻撃を止めさせることはできた。……ただ、ドルグワントだけでなく内容を聞かされていなかった雫澄や薫たちもあっけにとられていたが。
「ちぃッ!! 全員散れ!!」
 氷藍の怒声にハッとなって、全員がその場から離脱する。
 轢キ潰ス者には驚いたが、運転しているのが氷藍だけと知ったドルグワントが左右から攻撃を仕掛けてきた。対し、氷藍は人間無骨・煉獄をふるって威嚇、けん制をかける。
「おい氷藍、俺の氷術も使えや」
「――そうか!」
 フジの意図を悟ると、さっそく前方からきた少年の下半身へ氷術を放った。その重みで落下した少年は、逃げることもできずローラーに轢きつぶされる。
 そして氷藍は目的の場所へ到達した。そこには動くことのできない幸村が両手足をついてうずくまっている。
「来い、幸村! 手を伸ばせ!!」
 轢キ潰ス者は1人乗りだがそれは座席がなくて少々速度が落ちるというだけで、全く乗れないわけではない。幸村を自分のひざの上に引っ張り上げた氷藍はすぐさま轢キ潰ス者の形態を飛空艇タイプへ変形させる。
 撃ち落とそうとエネルギー弾や真空波が飛びかうなか、轢キ潰ス者は離脱していった。