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リアクション
●Crossroads(4)
さてこの会場には、アルテッツァ・ゾディアックやイーリャ・アカーシのように天学の教諭も参加しているのは周知の通りだが、ここでまた一人、大物を紹介することにしたい。
それはコリマ・ユカギール、学校長である。
まずは残念なことを申し上げなければなるまい。それは彼が、水着姿ではないということだ。……残念だと思う人のほうが少ない気がするが、一応。
しばし新任のイーリャと話し込んでいた彼だが、ここで突然に来訪者を迎えることになった。
「はっはっは! 校長! せっかくの機会、有意義な議論を交わしたいと思い来た!」
ぐいと強引に割り込むようにして、ドレッドヘアの人物、ドクター・バベル(どくたー・ばべる)が校長の眼前に立ったのである。
イーリャは驚いて下がったが、コリマは身じろぐこともなく、ぼんやりと発色する暗緑色の眼でバベルを見た。
「君は……?」
「天才科学者、ドクター・バベル!」
強烈にかかったドレッドヘアはモップのよう、目は半円形でらんらんと輝き、着衣は油まみれの白衣という、おおよそこのような催しには似つかわしくないものである。彼女の背後には、巌のごとき巨躯のノア・ヨタヨクト(のあ・よたよくと)が侍し、無言で控えていた。
この闖入者にも嫌な顔ひとつせず、校長は問うた。
「バベル君、用件を聞こうか」
するとバベルは唾を飛ばし、ときに興奮で顔を紅くしながら滔々とまくしたてたのである。
「俺はポータラカ技術導入のため、生徒のポータラカ留学やポータラカ人の招聘に尽力してきた者! ニルヴァーナに携わる前から、イコン、それをもたらしたポータラカの技術に興味があり、なんとかポータラカに行く根回しをしてきた! そのさなか、ポータラカの大本であるニルヴァーナに行く話が出てきたのはご周知の通りだろう。天学では、その技術の素晴らしさの半面、技術がもたらす脅威についても、十分に生徒たちの中で認識し、それを振るう事の自覚と責任も芽生えたと思う! それが、先の生徒会選挙、生徒たちが自発的に己の道を模索する第一歩に繋がったと思っている!」
ゆえにだ、とバベルはドレッドヘアを振り乱しながら主張したのである。
「校長! それに、ここに来ている各校代表一同と議論を交わし、おのおのが今、シャンバラの危機やニルヴァーナへの進出、契約者に期待する事を胸襟を開いて話し合いたいと思うが、如何か!?」
おそらく頭の回転は速いのだろう。しかし矢継ぎ早に出てくる思考に口がついていかず、うまく言葉にできずもどかしい……そんな印象を受ける話し方である。
熱くなってきたのか、バベルはさらに声を張り上げた。
「それが、きっと明日のシャンバラを作る事に繋がる!」
そして、少しトーンを落としてしめくくった。
「せっかく、各校から人間が集まっているのだ。正誤などどうでもいい。幅広く意見を聞かせてくれ。不平不満だっていい」
そのため他校代表もここに集めてほしい、というのがバベルの希望のようだ。
しかし校長は、ゆっくりと首を振ったのである。
「気持ちは分かるが、今する話題ではない」
「明日のシャンバラのために、というのだぞ」
「そのような政治向きの話をするために、私はこの交流会に承認を出したわけではない。それに、各校の客人もそんなつもりで来たわけではないだろう。すまないが今日は、一生徒として食事を楽しむにとどめてくれまいか」
そう釘を刺して、「では失礼する」と校長はその場を離れてしまった。
夏來香菜がつかつかと歩み寄り、バベルに告げた。
「ごめんね。私はニルヴァーナ探索隊だったけど、今日はパスさせて。私だけじゃなくて、どの学校の人も、今日はそんな重い話をしにきたわけじゃないわ。それに、ただ遊びに来ただけなのに学校代表とみなされるのも責任が重過ぎるし……」
なお、香菜のパートナーであるキロス・コンモドゥスは、そびえ立つノアの数センチ前に立ち、彼に激しくガンを飛ばしていた。「香菜に変なことしやがったらいつでも相手になるぜ」という無言の圧力であろう。
「ニルヴァーナ探索隊隊長のヘクトルさんや、実働部隊の長曽禰さんに直接話してみたら? 私が言えるのはこれだけ。じゃあね」
と断って香菜は、キロスに呼びかけて会場へと戻った。
「無念だ……これでは……」
バベルは肩を落としたが、悄然とした様子はなかった。
「しかし、これからも善き隣人であることを」
薄笑みとともに一言呟くと、彼女はノアと共に会場を後にしたのだった。
バベルと別れて歩く香菜だったが、途上で天学風紀委員の一人に気づいて呼びかけた。
「あっ、久々ね」
「よう香菜か、楽しんでるか?」
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)なのだった。水着が『推奨』であって絶対ではないというので、彼は無難に普段の扮装、つまり風紀委員用の黒制服に身を包んでいる。
学校こそ違えど、煉と香菜とは知らぬ間柄ではない。ある事件で関わりがあったため、今では腹を割って話し合える程度には親しい。
少し嫌な話をするかもしれないが、と前置きして彼は続けた。
「この前の探索でメルヴィナ大尉を助ける手段も見えてきたようだし、これでやっと全員の救出が終わるな……。かばわれて自分が助かったことを気にしてるのか?」
「そりゃあ……気にならないわけないでしょう」
香菜は表情を曇らせた。
「大尉は君を助けたいと思ってやったわけだ、後悔はしてないだろうし、そもそも死んだわけじゃないんだ……あまり思いつめるなって。それにな、助けられた人がするべきことは悩んで立ち止まることじゃない、一歩でも前に進み続けることだ。少なくても俺はそう思っている」
って、格好つけすぎか、と苦笑する彼に、香菜は感謝の意を告げた。
「実際、そう思うことにしてるわ。希望はまだあるんだし」
「その意気だ」
ところで、と香菜は首を巡らせた。
「風紀委員の仕事はわかるけど、巡回は一人でやってるの?」
「あれ?」
むしろ驚いたのは煉のほうだ。
「エヴァっち……? さっきまでパートナーのエヴァっち(エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる))と一緒だったんだがなあ?」
「そういえば?」
香菜もきょろきょろとしはじめた。キロスの姿も見えない。