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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 彼方の言葉を耳にして、続こうとした者のなかに柊 真司(ひいらぎ・しんじ)もいた。
 転身して駆け出した彼に、巨大な影がかぶさる。
「――はっ」
 影そのものよりもその影の発する殺気に反応して、真司は手をかかげる。直後、彼の手のなかに現れた大剣――それは剣の姿をしていたが、正体はポータラカ人のソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)である――と振り下ろされた梟雄剣ヴァルザドーンの間で火花が散った。
 彼の敏捷さに三道 六黒(みどう・むくろ)は目を眇めて笑いのようなものを口端に浮かべる。
「戦場に背を向け、どこへ行こうというのだ?」
 問いのかたちはしていたが、返事を求めているふうではなかった。彼の行為を不快に思うどころか愉快に感じてさえいるようにも聞こえる。
「うぬが今命賭して戦うはここよ」
 重い剣げきが真司を打ち据えようとする。
「――くそっ」
 真司にとり、真の敵は彼ではなかった。それは松原 タケシ(まつばら・たけし)であり、遺跡に潜む何者かだ。
 なぜ突然ほかの者たちのパートナーが敵に回ったかは分からない。だが絶対にその影には敵の策略がある。敵を倒し、彼らを正気に返すためにも遺跡へ行かねばならない。
 こんな者たちにかかずらっている時間はない。どうしたらいいか…!
 六黒が繰り出す高速剣を避け、ときにはじき返しつつ、真司は考える。そのあせりを見抜いてか、ますます六黒の剣技は冴えを増す。
 ――主。

 ソーマの注意を喚起する心話が響く時あらばこそ。
「しまっ――」
 彼の目的が剣そのものにあったことに気付いたときにはもう、ソーマはからめ抜かれていた。
「真司ッ!」
 それを見て、ドラゴニックアームズを駆使してドルグワントと接近戦をしていたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が、いつもと違う余裕に欠けた声を発した。
 すでに剣は頭上に振り上げられている。魔鎧化して彼を包んでも間に合わないかもしれない――彼女は本能的にそれと悟りながらも懸命にその身を飛ばす。ほぼ同時に、真司を真っ二つにせんとヴァルザドーンがうなりを上げて振り下ろされた。
 それを受け止めたのは、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)のゴッドスピードで間に割り入った矢野 佑一(やの・ゆういち)の無光剣だった。
「佑一」
「どちらも、というのは無理なようだからね。ここは僕たちが引き受けた。真司さんは行って!」
 真司たちへと注意が向いている今、自分たちが抜けることもできただろうに…。
 なぜ、とは訊かなかった。
 佑一の背にうなずきのような礼をして、真司はきびすを返す。木々のなかへ走り込もうとした彼を、今度は六黒も止めようとはしなかった。なぜか。それは、そう時をおかずあきらかになった。
「……っ…!」
 木から木へ、二重三重と張り巡らされていた細いワイヤー。夕方のうす闇にまぎれたそれが、触れた瞬間爆発したのだ。
「そんな……真司さん!」
 真司は爆風とともに地にたたきつけられ、転がったが、リーラをまとっていたおかげで大事にはいたらずにすんだ。
「真司、無事?」
「ああ……しかし、あれは一体…?」
 衝撃に揺れる頭に手を添えて身を起こす。ワイヤーは変わらずそこにあった。あの爆発に千切れてもいない。
 すべては六黒のパートナー九段 沙酉(くだん・さとり)の仕業である。戦闘に集中していた彼らの意識の間隙を縫うようにして張られたワイヤー、そしてコンジュラーである彼女が操る封爆のフラワシが、この罠を作り出していた。
 触れれば爆発する。何者も抜け出せない。
 木々の密集地であるこの場に即していないと思われた武器、大剣ヴァルザドーンを用いての数度に渡る斬撃。あれもまた、この罠へ通じる布石だったのだろう。
 さながら死のリングと化したその中央で、六黒は悠然と無体のかまえをとっている。
「やつをやらねばだれも抜けられないということか…!」
 再び手にソーマを結集させようとしたときだった。
 プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)の手を借りつつ、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が立ち上がった。
「真司さん、行って……沙酉ちゃんは……必ずボクが、止めてみせるから…」
 そう口にするそばから彼女はふらついていた。プリムラの支えがなければ1人で立てるかどうかもあやしい。
 しかし今は信じるしかない。真司は心を決め、走った。
 彼には見えなかったが、その前には封爆のフラワシが待ち受けている。
「やって、ミーアシャム!」
 主の命に応じてミシェルのフラワシ、ミーアシャムの拘束帯が全開し、封爆のフラワシを縛する。しかし次の瞬間、拘束帯は焔のフラワシの能力によって燃え上がった。焼けて弱まった個所からブチブチと切れ始める。
 沙酉のフラワシの方が攻撃力は上。それはミシェルにも分かっている。ろくに立てないでいる今の自分では、到底彼女におよばないことも。
(5秒……ううん、1秒でいい)
「ミーアシャム、お願い! 力を貸して!」
 ミシェルは力を振り絞り、己のフラワシへと送った。沙酉の焔と封爆のフラワシに押し切られかけていたミーアシャムが、その瞬間勢いを吹き返す。新たに展開した拘束帯が沙酉のフラワシを覆い尽くした。
 完全に動きを停止させたその一瞬に、真司はソーマでワイヤーを切断し、罠を抜ける。
 それを見て追おうとした六黒の前、無光剣が一閃した。
「行かせない。あなたの相手は僕だ」
 ほおに走った軽い痛みと流れる血の感覚に、六黒は不敵に笑む。
「ふむ。面白い。思えばうぬとはこれで2度目の手合わせとなるか」
「……3度目かな」
 1度はそちらが覚えているか不明だけれど。
「ではそろそろ決着をつけてもいいころ合いか」
 言葉とともに、ヴァルザドーンが振り切られた。それを、佑一は受けずに避ける。大剣ヴァルザドーンをナイフか何かのように操る鬼神力の強力とまともに打ち合うことはできない。今は周囲に妨げとなる木々もない。
「どうした? 威勢のいいのは口だけか」
 紙一重で避け、避けられなければすり流し、いなしてじりじりと後退するばかりの佑一に挑発的なあざけりが飛ぶ。
「先をあせり、目前の敵に集中もせず。ゆえにこの程度なのだ」
 ――見抜かれている。佑一は痛いところを突かれた思いで目を眇めた。
 だがそれは彼が思っているようなことではない。タケシと話してから、あのいやな悪夢がぶり返しているのだ。まるでマラリアのように彼の血のなかに潜み、佑一にもよく分からない何かに触発されてはこうして時折り表層化してくる。
 チラチラと脳裏に流れる映像――彼が何かに拘束されてもがいている姿――今はそれどころではないと、押しつぶすそばから浮かび上がってきて、彼の集中力を奪おうとする。
「はあっ!!」
 自分自身のことなのに思うようにならない、そのいら立ちから繰り出した一撃が、固い手ごたえを彼に伝えた。
 佑一の動きに何らかを感じ、距離をとった六黒の足元に、両断された黒檀の砂時計が転がり落ちる。
「ふむ。これは良い手だ」どこか感心したような独白が聞こえた直後。「しかし、足らぬな」
 振り切られた剣が佑一をなぎ払った。
「あれはわしの力のほんの一端にすぎん」
「……知っているよ」
「では同じ手が二度通じぬことも知っていような」
 よろけた先で低くかまえをとる佑一を、六黒の高速剣が襲った。猛攻で押し切ろうというのか、かわそうとする暇も与えない、すさまじい斬撃が繰り出される。これはいつまでもかわしきれるものではない。攻撃に転じようとしたときだった。
「きゃあっ!」
 プリムラの悲鳴が佑一を凍りつかせた。
 今、彼女は満足に動けないミシェルを我は与う月の腕輪で回復させつつ、フラワシが見える彼女の指示で六黒のパートナー沙酉と戦っているはずだった。しかしそんな彼女を襲ったのはクロスファイアの火線。しかも、ミシェルがミーアシャムで敵のフラワシと戦っている最中にだ。
「フフッ」
 超霊の面をつけた謎の敵――音無 終(おとなし・しゅう)が魔銃カルネイジの二丁をかまえ、不敵に笑っていた。
「状況把握が甘いなぁ。敵が目に見えるだけとは限らないんですよ」
 と、彼の銃撃を警戒し、そちらへ向きを変えていたプリムラを、隠れ身で背後に忍び寄っていた終のパートナー銀 静(しろがね・しずか)の凶刃が襲う。
「ああっ…!」
「そしてもちろん、見えなかった敵が姿を見せるのは、相応の勝機があるからです」
「プリムラ…!」
 苦痛に身を折ったプリムラの名を呼ぶも、ミーアシャムを操るミシェルにはどうすることもできなかった。焔のフラワシが威力を増している。終と静の参戦で、沙酉も突き崩すチャンスと見ているのだろう。 
 プリムラは痛みに耐えながら呪縛の弓を放ったが、静はやすやすとミラージュで背後へ跳んで距離をとる。
「これならどう!?」
 ならばとサイドワインダーで射たけれど、これもまた、彼女に届く前に2つとも、まるで見えない壁に当たったように跳ね返されてしまった。
「プリムラ……彼女も、コンジュラー……だ」
「――フラワシがいるのね」
 周囲に目をこらすが、もとよりプリムラに見えるはずもない。
「ミシェル、フラワシはどこにいるの? ――ミシェル?」
 何の返事もないことに、そちらを肩越しに見る。ミシェルは地面に両手をついていた。ヒューヒューと風のような息を吐き出している。
「ミシェル! ――あっ」
 そんな2人を交互に襲う終の銃と静のサバイバルナイフ。真の狙いはミシェルでなく自分だと分かってはいても、ミシェルを狙われればかばわずにいられない。結果、防備が薄くなったプリムラの体に裂傷が走る。必死の反撃で放つ攻撃魔法も弓も、フォースフィールドを展開し、焔・鉄・嵐のフラワシを操って巧みに攻守を使い分ける静には通じない。
「ミシェル! プリムラ!」
 翻弄される2人を見て、佑一はそちらへ駆け出した。
 自分の存在を忘れたかのように無防備にさらされた背に向け、失望の色濃くした六黒の手が大上段からヴァルザドーンを振り下ろす。それを防いだのがシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)だった。
 最後のドルグワントを倒した彼は、ゴッドスピードですぐさま割り入り頭上でクロスさせた二丁のカーマインで受け止める。殺し切れなかった衝撃が、足を地にめり込ませた。
 腕のしびれも無視して、彼は手首をひねって大魔弾『タルタロス』を撃つ。無茶な体勢からの攻撃。狙いは定まらず、直撃することはなかったが、発射の爆音と雷の余波が六黒を襲った。
「……むうっ!?」
 瞬時に距離をとるもわずかに遅く、鼓膜が裂け、半面にやけどを負ってしまう。
「シュヴァルツ?」
「ここは任せておまえは2人を助けろ。……急げ」
 わずかの間躊躇するも従った気配を感じて、シュヴァルツはすぐさま六黒の懐へ飛び込む。
「……うおおおおおっ!!」
 大剣使いが最も不得手とする間合い、それは絶対闇黒領域を発動させた彼にとっては絶好の間合いだった。
 ――六黒よ。

 闇の化身と化したシュヴァルツの勢いに押され気味となった六黒の頭中に、このとき初めて身内に潜んでいた奈落人虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)の声が響いた。
 ――わしの力を使え。

 不遜な命令とも思える響き。
 六黒はためらわなかった。ヴァルザドーンを手放し、ナラカの闘技、羅刹の武術を発動させる。
「――くっ」
 あきらかに先までの六黒と違う気迫が放たれ始めたのを察知したシュヴァルツが警戒に入る。攻勢が弱まった、その間隙をつくように六黒のこぶしが神速で打ち込まれた。
「……っ…」
 カウンター気味に炸裂した雷霆の拳にシュヴァルツは声も発することもできずその場にひざをつき、転がった。
 意識の消失とともに闇の化身化が解ける。
「むくろ」
 六黒のそばに、ロケットシューズを用いて飛行していた沙酉が降下する。
 戦闘は終わっていた。
「やれやれ。まさかこんなにねばられるなんて思ってもみなかったな」
 静を従えた終が近付いてくる。2人とも超霊の面をかぶっていたが、終の面は佑一の剣を受けて3分の1ほど切り落とされ、ひびを入れていた。
「おかげで遺跡の方に向かわれちゃいました。もう侵入されてるかも。が戻ってくる前に、彼らも放り出しておかないといけないかもですね」
 その言葉に、ふと頭中でひらめくものが生まれて、六黒は目を眇めて終を見下ろした。
 仮面が割れて露わになった左の茶色の目が「んん?」と挑発的に彼を見返す。
 六黒は何も口にしなかった。――それがやつの策だったとして、だから何だ?
 地に刺さったヴァルザドーンを抜き、六黒はきびすを返した。遺跡へと歩き出した彼に、沙酉もまた無言でつき従う。
 このまま進めば六黒はまた、あの海辺での六黒に近付くことになるのかもしれない。そのことをおそれる思いはまだ身内にある。けれど、結局……沙酉には六黒を信じることしかできないのだ。彼の傍らにしか居場所はない。彼がそこを自分のために開けてくれると――そこにはどんなときであろうとも常に沙酉がいるのだと、知っていてくれることを、信じる。そうしたら、六黒はあの力を手に入れたとしても、決してあのときの六黒と同じにはならない。
(きっと、むくろは、いしにかてる。……こんどこそ)
「このドルグワントにあの義眼。一体あの建造物のなかにはほかにどんな科学があるか……あの義眼に限らずそれらも手に入れてやろう」
 終はくつくつ笑って、リーラやシュヴァルツに破壊された4体のドルグワントから目をそらすと、六黒たちの後ろに続いた。
「行くぞ、静」
「 ♪ 」