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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション


●遺跡〜2階居住区

 ガラガラガッシャン!!
「なんだ? どうした!?」
 見張りを代わろうと通路へつながるリビングへ移動した直後。突然身を折って苦しみだしたと思ったらそっくり返って倒れたザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)に、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)はそろって目をむいた。
「ザ、ザーフィアさん?」
 驚きの抜けない声で訊くサツキの問いかけに、ザーフィアからの返事はなかった。巻き込まれて散らばった部屋の備品の中央で、ザーフィアはぴくりとも動かない。完全に意識を消失してしまっているらしい。
「ついに無理がたたったんでしょうか」
「そうかもしれないな」
 そばにしゃがみ込んだ燕馬は具合を測るように額に指の背をあてる。
「熱はないようだが……ひとまず向こうへ運ぶか。クコさんの隣にでも寝かせてもらおう」
 救出に来たのにこちらから要救助者を出してしまうとは。
 ふう、と息を吐き出して、ベッドルームへ通じるドアを振り返ったときだった。
 がしっと手首を掴まれた。
「気がついたか」
 ザーフィアへと目を戻して、燕馬は彼女のまとった雰囲気にはっとなる。
 にこりともしない無表情。うす闇のなか、青い瞳がやけに輝いて見える。
「ザーフィア……さん?」
 尋常ならざる様子に、サツキもそれと敏感に気付く。彼女の前、掴まれた燕馬の手はだんだんと血の気を失い始めていた。
「ちょ!? ザーフィアさん、強すぎです、緩めて!」
 あわてて引きはがし、突き飛ばす。
「燕馬、これは一体…」
「分からん。だが気を抜くな」
「……アストーさまのために、ルドラさまのために――わが女神アストレースさまのために。
 疾く逝け、侵入者よ」
「!!」
 伸ばされた手から放たれたエネルギー弾とサツキの覚醒型結界によるバリアが、まばゆい光を放って拮抗した。


 突然リビングで始まった戦闘に、騒ぎを聞きつけただれかが飛び込んで来るかと思いきや、意外にもだれも現れなかった。
 それもそのはず、同様のことは隣室のベッドルームでも起きていたからだ。
「アスール!」
 何の前触れもなくシーツに突っ伏したアスール・ガディアン(あすーる・がでぃあん)に驚く周臣 健流(すおみ・たける)。そのベッドの脇では、自分の腰掛けていたイスを巻き込んでフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が派手に倒れていた。
「ちょっとフェイミィ、大丈夫なの? ものすごい音がしたわよ?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)がひざをつき、仰向けに返して苦痛にゆがんだ顔を覗き込む。
 その後ろでは、やはり高柳 陣(たかやなぎ・じん)がうずくまっていた。
「ティエン。ティエン、おいこら」
「ねえねえ。何があったの? 陣」
「分かんねぇ。いきなりぶっ倒れて――って、まさかおまえもか、ユピリア」
 いきなり壁にぶつかったと思ったらそのままずるずるしゃがみ込んだティエン・シア(てぃえん・しあ)を気遣っていた陣は、同じようにティエンを覗き込んでいるユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)の面が蒼白していることに気付いて目を瞠る。
「え? 私? うーん……ちょっと頭が重いかな。けど、これくらいなら気合いで大丈夫!
 それよりティエンよ。この子に何があったの?」
 普段であれば「キャー、陣が私の顔色に気付くくらい気にしてくれてたなんてっ。これは恋? きっと愛ね! ついに私を愛していることに気付いてくれたのねーっ」とか妄想の翼を最大限にはためかせてはた迷惑な行動に走るユピリアだったが、さすがに今はそれどころでないとの自覚があるようだ。心配そうに、額にはりついて目元を隠していた前髪を指で梳く。
「こっちが聞きたい。どうもさっきからふらふら揺れてやがるな、と思っていたら、いきなりぶっ倒れたんだ」
 ぺちぺちほおをはたいて目を覚まさせようとする。
 事態の緊急さに頭がいっぱいで、すっかりティエンへの気配りがおろそかになっていたことに今ごろになって気づいた。ここへ来る前、具合が悪そうにしていたのには気付いていた。
『今日はずい分おとなしいな』
 とからかって。だが
『大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちょっと風邪ひきかけてるみたいでのどがいがらっぽいけど、それだけ』
 そう言って、普通に笑っていたからつい、そのままにしてしまったのだ。今ちょうど季節の変わり目だし、そんなものかと。
 あれが何かの前触れだったのだとしたら…?
「……っ…」
「フェイミィ、気付いたのね」
 ティエンよりも先にフェイミィの方が意識を取り戻したようだった。
 ぱちりと目を開き自分を見上げるフェイミィに、リネンがほっとひと息ついたとき。2人の間を何かが通りすぎた。
「あっ…!」
 反射的、身を引いたリネンの右の二の腕に熱い痛みが走る。
 それはフェイミィのコンドルのレガースによるものだった。フェイミィが自分を攻撃した……息を飲むリネンの前、後転して距離をとったフェイミィの手が、壁にたてかけてあった天馬のバルディッシュを掴み取る。
「リネン?」
「来ないで!」
 正気じゃない。自分を油断なく見据える真青の瞳に、それと悟ったリネンは鋭く警告の声を発する。
(これはフェイミィじゃないわ……一体何が起きたの?)
 視線をそらした瞬間、飛びかかってくる野生の獣のようだと直感した。刺激しないよう、少しずつ立ち上がってじりじり後退した彼女のふくらはぎに、ベッドが当たった。
 肩越しに見た、ベッドの中身はカラだ。クシャクシャになったシーツがあるだけで、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)の姿はない。
(そんな! 彼女は腕ひとつ持ち上げられない状態だったのに!?)
「大変です! ザーフィアさんが――うわっ!」
 彼女が驚愕するのとほぼ同時に、入り口の方でソーマ・赤嶺(そうま・あかみね)の驚声が起きた。
 一歩二歩と後ろへよろめく。彼は自分に何が起きたのか分かっていなかった。父赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)とともに通路のバリケードで見張りに立っていたら急に部屋から戦闘音がしてきて……驚いてなかを覗くと、ザーフィアと燕馬たちが戦っていたのだ。
「ザーフィアさん、燕馬さん!?」
 戦いというよりも、一方的にザーフィアが攻めて燕馬とサツキが受けに回っているようだった。2人はザーフィアの操る火力に押され気味で、ソーマに気付いている様子はない。
「父さん、どうして…」
「分かりません。ですがこんな音をたてていてはますます敵を呼び寄せてしまいます。ソーマは寝室にいる人たちに助力を頼んでください」
 なぜ向こうから現れないのか気にかかったが、今はそれどころではない。
「分かりました!」
 狐月【龍】を抜き、2人の援護に回る霜月と分かれて、ソーマはベッドルームへ向かった。そして戸口をくぐった矢先に何かが彼の顔をかすめていったのだった。
 痛みの走ったほおに反射的、あてていた手をはずす。見ると、手のひらにべっとりと血がついている。
 ソーマのほおには、カミソリで斬られたような三本線が走っていた。
 ベッドルームからの光に浮かび上がった、そのシルエットの主は…。
「か、母さん…?」
「――母さん?」クコは眉根を寄せる。「そんなふうに呼んでほしくないわね。私はまだそんな歳じゃないわよ」
 放心しているソーマの前、クコは己の手についた血を振り飛ばした。そしてそのままソーマへと向かっていく。その動きは、先までベッドに伏せっていた病人とは思えないほど素早かった。
 母が自分を攻撃しようとしている。その現実にソーマの思考は停止してしまったようだった。防ぐことすら思いつかないといった体で立ち呆けている彼の前に割り入って、攻撃を受け止めたのは霜月である。
 がちりと音がして、彼とクコの間で刃と爪が噛み合った。
「父さん!」
 すぐさま獣人らしい身軽な動きで距離をとった彼女の両手足に、青白い炎が灯る。
「クコ…」
「あなたの方がずっと手ごわそうね…。なおさら放置するわけにはいかなくなったわ。
 ここは私の家。この爪に賭けて、侵入者などに私の家族を傷つけさせたりしない!」
 クコは低くかまえをとるや、再び霜月へと向かって行く。
 近距離から死角をねらって突き込まれる鋭い爪を、霜月は白狗の刀との二刀で受け続けた。
「――フッ!」
 刃を爪にかけ、強引に引き下ろすことで防御を下げさせてからの後ろ回し蹴りが顔面を襲う。後ろに退くことでどうにか避けられたが、肩口を裂かれてしまった。炎熱の焼けつくような痛みが一時腕をしびれさせる。
「父さんっ」
「……いいからあなたはそちらに集中しなさい」
 ソーマは今、クコの連れてきていた双龍の傀儡を相手にしていた。龍の骨で作られた人形といえど、軽くソーマの1.5倍の大きさがある。侮れない相手だ。
「は、はい」
 ソーマは父の言葉に従い、再び背を向ける。きっと父が母を助けてくれると信じて。
 だがどうすればクコが正気に返るか、霜月には見当もつかないでいた。ただ、絶対にこれ以上クコにソーマを傷つけさせるわけにはいかない。正気に返ったとき、それを知ったクコがどれほど嘆き、己を責めるか、霜月には分かっているから…。
 何よりも『家族』を大切にしているクコ。『家族を護ること』それは、彼らを忘れた今でも彼女の行動原理となっている。
「クコ」
 己を引き裂こうとする爪を刀で押し返しながら、霜月は懸命に訴えた。
「よく見てください。自分たちがあなたの家族です。あなたを愛し、あなたに戻ってきてほしいと願っている者です」
「私の家族はルドラさまよ。アストーさま、そしてアストレースさま。あの方たちを傷つけようとする者は全て敵」
「自分たちは傷つけたりしません」
「いいえ! 嘘を言わないで! そんな嘘、信じるものですか!」
「クコ、本当に分からないのですか? 自分たちは家族です。深優を、ソーマを忘れたのですか?」
「深優? ソーマ?」
「あなたの子どもたちです。あなたと自分の……家族です」
 その名前を耳にした一瞬、クコは自分に問うように考え込む素振りを見せた。しかしすぐ、苦痛のようなものがその面を走り抜ける。
「――いいえ。いいえ、いいえ、いいえ! 知らない! あなたも、その子どもたちも、知らない! 私に子どもなんかいない! 私の家族はあの方たちだけよ!!」
 ジャッと鋼をすり流す音がして、無数の火花が散った。
 クコは自分を言葉で惑わせようとする男に腹を立て、ますます攻撃を激化させる。
 そして同じ室内の別の場所では、ベッドルームから場所を移してリネンとフェイミィの戦いも起きていた。
「フェイミィ、正気に戻って!」
「うおおおおおおっ!!」
 懸命に訴えるリネンの言葉も、フェイミィの耳に入っている様子はない。
 並外れた彼女の膂力によって振り回される天馬のバルディッシュは、触れるもの全てを粉々に打ち砕いていく。ちょっとした小型旋風並だ。
 そしてそんな彼女たちを補助するのが、ティエンの歌う怒りの歌だった。
 乱れ飛ぶザーフィアのミサイルやエネルギー弾、フェイミィの鬼神のごとき猛攻――それらのただなかで、冷静に、一音もはずすことなく彼らに力を与える歌を歌い続けている。
(――ここではまずいわね。みんなを巻き込んでしまう)
 自分がしゃがんでかわしたフェイミィの攻撃がユピリアを傷つけたのを見て、リネンは決意した。
「フェイミィ! 来なさい!! もう私は避けないわ!!」
 ユピリアへ攻撃の矛先を変えかけたフェイミィに、敢然と言い放つ。カナンの剣を下げ、防御を解いた彼女を見て、フェイミィは突撃をかけた。
 宣言どおり、リネンは避けなかった。刃と刃を合わせ、彼女に押されるかたちで窓を突き破って通路へ飛び出す。
「さあこっちよ、フェイミィ!」
 挑発するように走り、距離をとった彼女は、今度は自分からフェイミィに向かって突貫した。
 天馬のバルディッシュは遠心力を用いて振り斬る武器。しかも通常の物より長いあの柄では、通路では動きが限定され、本来の力を発揮できない。
(フェイミィ、ごめんなさい。許して)
「気をたしかにしなさい、フェイミィ・オルトリンデ! あなたは私のなに!?」
 情の一切を排した、毅然とした声で問う。
 その声にこもった揺るぎない確信、そしてそらすことを許さない黒曜の瞳が、まるで矢のようにフェイミィを正面から射抜いた。
「……リネ……ン…?」
 無防備になった一瞬にリネンはすばやく脱いだ上着をぶつける。視界を奪われ、床を転がりすべった彼女を追って、上着の袖を使い、手早く拘束しようとしたときだった。
「駄目だ、リネン……こんな……じゃ…」
「フェイミィ! 正気に返ったのね!?」
「この程度の拘束で……オレは止められねぇ。今のうちに、オレを撃て」
「何を言うの? 正気に返ったのなら――」
「返ってなんかいねえ。すぐにまた、オレはおかしくなっちまう。またオレは、おまえを忘れて、おまえを…。
 その前に俺を撃つんだ。追おうとしても追えないように!」
「そんな……そんなこと、できるわけないじゃない!!」
 ふらふらとリネンは立ち上がった。その手には空賊王の魔銃が握られている。
 フェイミィが正しいと、頭では理解していた。次も正気に返せるという保証はない。フェイミィは強い。今度こそ、殺されてしまうかもしれない。だが感情が納得してくれなかった。どんな苦しいときも一緒にいた戦友、彼女を撃つの? 狂っているわけでもないのに? もしかしたら……ほんのちょっぴりの可能性かもしれないけど、おかしくならないで、このままでいてくれるかもしれない…。
「ね。フェイミィ、頑張ったら……ずっと正気で――」
「なあ……頼むよ。オレにおまえや、みんなを……傷つけさせないでくれ…」
 こうしている今も、つらいんだ。
「フェイミィ…」
 目じりに涙がにじんだ。奥歯を噛み締めても殺せない震えが銃を持つ手に伝わる。もう片方の手で手首を押さえ、必死に照準を合わせた。
「リネン、撃てぇぇぇ!!!」
「フェイミィ!!」
 悲鳴のようにその名を呼び、トリガーを引き絞る。何度も、何度も。
 リネンは決して目を閉じず、真青の瞳が光を失い、陰って何も映さなくなるまで視線をそらさなかった。


 反動で肩が壁に当たる。
(許さない……私やフェイミィにこんなことをさせたやつ! 決して許すものですか…!)
『4階は絶対にだめよ! 行っちゃだめ!』
「4階ね…」
 壁をついて、リネンは歩きだした。はじめのうちはよろよろとおぼつかなかった足取りが、だんだんと力強い走りになる。
 彼女は4階を目指し、階段を駆け上がった。