リアクション
港から、森へと入り、盆地へと出る。 ○ ○ ○ ラズィーヤの依頼を受けて、ユリアナ・シャバノフの遺品と遺体を持って訪れた契約者達は、すぐにレスト・フレグアムの元へと通された。 そこは、飾り気のない民家の大広間。会議室として使っているようだ。 彼の側には御堂晴海の姿もあった。 「あんたが、レスト・フレグアムか……いや、遠目で見たことくらいはあるけどさ」 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がレストを眺める。 彼の目には力が込められており、口は強く結んでいる。 服装は団長の紋章をつけているが、他の団員に比べて目立つほどのものではない――むしろ、団長の軍服はまだ彼には早すぎる。そう思えるほど、若さを感じる青年だった。 「オレはあの時……大荒野で、ユリアナと戦い、彼女を殺した試作機部隊の1人だ」 「わ……私も」 シリウス、そして遺品の入った箱を抱きしめるように持ちながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が言った。 「俺は……その場に行く事さえ出来なかった。お前とユリアナが契約をした日に、お前の元から、彼女を奪った者だ」 ユリアナの遺体――遺骨は、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が預かっていた。 (やっと……彼女の願いを叶えてあげることが出来るな……) 垂はユリアナの遺骨箱を手に、レストへと近づく。 ちらりと垂は、レストの隣にいる女性を見た。 品のある女性だ。ユリアナとはまるで違う雰囲気の女性だった。 (エリュシオンへ行きたがっていたユリアナ、たった1年我慢していれば周りから咎められる事も無く大手を振って堂々と行く事も出来たのかもしれない……そして、レストの隣に居るのはユリアナだったのかも……) 『まぁ、今みたいな状態になってるって保証は無かったけどな……』 輸送中、つい垂は苦笑交じりについ、そんなことを呟いていた。 (ユリアナ。エリュシオンへ……レストの元へ行けて、今、お前は幸せを感じるか?) 心の中で問いかけながら、垂は遺骨箱をレストへ渡した。 「ありがとう」 礼の言葉を述べたレストの瞳が微かに揺れた。 「月軌道上での戦いん時には世話になった。オレは操舵で手一杯で、そっちに意識は向けられなかったけどな」 シリウスは礼を言った後で、こうも言う。 「だが、ユリアナの件は謝らねぇぞ。オレは正しいと思った行動をした。それは偽れない。考えがまとまらねぇけど……アンタのことは好きじゃない、というか苦手だ」 「……戦時下でのことだ。誰も間違ってはいない、謝罪の必要は無論ない。君達にも……辛い想いをさせた」 そんな彼の言葉を聞いた美羽の目に、思わず涙が浮かぶ。 「私がもし、もっと上手く彼女を止められていたら……死なずに済んだ、かも」 「状況が許さなかった。互いに、な」 レストの言葉に頷いて、美羽は涙をぬぐって言う。 「彼女の死は、シャンバラとエリュシオンの戦争によって起きた悲劇だから……」 ユリアナは短い間だが、美羽と同じ学園に所属していた。 だから、美羽は彼女のことを、学友だと思っていた。 1年前、戦うことになってしまったこと。 試合ではなく、本気で――守るべきものを護るために。互いを滅ぼす為に。 その戦いを、傷つけ合ったことを、美羽は後悔していた。 レストが言うように、状況が許さなかった。 だけれど、それ以前に。学園でユリアナを見かけた時にでも、もっと仲良くなっていれば。彼女を知っていれば、また違う未来が訪れていたかもしれない。 でももう、取り返しはつかない。 戻って、やり直すことはできないのだ。 (ユリアナが好きだったこの人は、多分、とても優しい……) それを知ってしまって更に。考えれば、考えるほど、悲しくなってしまう……。 「皆、悲しい想いをしました。沢山の人が、辛く感じました。二度とこんなことを起こさないためにも、両国がしっかり手を取り合っていけるように、尽力したい、です」 自分の言葉に静かに頷いたレストに、美羽は手を差し出して握手を求めた。 レストはそれに応じて、美羽と握手を交わした。 「オレは……」 シリウスは遺品の入った箱を、押し付けるように晴海に渡すと、そのまま離れる。 「ユリアナもアンタのこともよく知らねぇし、さっきも言ったけど、好きじゃねぇ。だから突っ込んだ事情には関わらねぇ……考えも気持ちももやもやするばっかだ」 言って、シリウスは大きく息をついて、レストと晴海を穏やかな目で見た。 「だから、顔を合わせるのも、今回が最初で最後にするつもりだ。彼女と……親しいみんなと幸せにな」 「ありがとう。君にも幸あらんことを」 「……ああ」 ぶっきらぼうに答えて、シリウスは一足先に退出する。 披露宴にも出るつもりはなかった。 くすぶっている感情が、爆発してしまいそうだから……。 「……ユリアナについて、どう思っている?」 レストが、美羽達と会話をしている間に、垂は晴海にそっと尋ねていた。 「彼女は、レスト・フレグアムさんの唯一無二のパートナーです。私にとっても大切な方、です」 「そうか」 そう淡い笑みを見せ得た後、会話を終えたレストに問いかけてみる。 「この結婚に文句があるとか認めないとか、そういう意味じゃないんだけど……もし、ユリアナが生きていたら……お前の横に居るのは御堂晴海ではなく、ユリアナ・シャバノフだったか?」 「そうです」 彼が答えるより早く、晴海が垂にそう答えた。 「いや、そうなってみないと、わからない」 レストはそんな風に答えた。 2人の答に頷いて。 「婚約おめでとう。幸せになってくれよな!」 笑顔で、心から祝福をした。 「ありがとう」 「ありがとうございます」 レストと晴海も、ユリアナの遺品、遺骨を手にしたまま、淡い笑みを見せた。 |
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