リアクション
○ ○ ○ 土産物探しも兼ねて、村を散策していた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、木の上にある喫茶店のテラスに、知り合い達の姿があることに気付いた。 「そっちに行ってもいいかな?」 そう尋ねると「どうぞ」と返事が返ってきた。 蔦で作られた梯子を上って、天音はテラスへと上がり、知り合い達に会釈をして……それから、1人の女性に近づいた。 「君のことを探していたんだ。この村にいるって聞いてね……久しぶり」 そう微笑みかけると、その女性――ルシンダは申し訳なさそうな表情になった。 「すみません、どちらさま、でしょうか……」 「あ、いいんだ。覚えてなくても」 天音は自然に、ルシンダの向かいに腰かけた。 「……実は、君とはだいぶ前に一度、お茶の席で一緒した事があるんだよね」 天音のそんな言葉に、ルシンダは戸惑いの表情を見せるばかりだった。 「いや。初対面は君が着ていたドレスにお茶を零して着替えさせた。なんて失敗だったから、逆に覚えてくれていない方が、僕も格好つけられて都合が良いよ」 悪戯めいた笑みを浮かべて天音がそう言うと、ルシンダはほっとした表情に変わっていく。 「そういえばそんな出会いだったから、まともに自己紹介もしてなかったな。僕は、黒崎天音。よろしくね」 「はい、私はルシンダ・マクニースです。改めまして、よろしくお願いいたします」 ぺこりとルシンダが頭を下げる。 彼女は大きな花の髪飾りを付けていた。 その髪飾りに鋭く目を光らせる天音だが、彼女が顔を上げた時には、穏やかな笑みを彼女に向けていた。 「あそこにいるのは、お医者さんかな?」 天音が訪れてすぐ、ルシンダと話をしていた者たちが、隅の席へと移動していた。 知り合いの契約者達と……龍騎士と思われる男性が会話をしている。 「はい、私、事故で頭に怪我をしてしまいまして、その治療をしてくださっている先生です」 「そう……早く良くなるといいね」 天音の言葉に、ルシンダは不安の滲む顔で「はい」と頷いた。 「つまり、いつ記憶が戻るか、戻らないかわからないってことだね?」 隅の席に移動した桐生 円(きりゅう・まどか)が、ルシンダの主治医の男性――龍騎士に確認する。 「そういうことになる」 事務的な口調で、主治医は答えた。 円は天音と会話をしているルシンダに目を向ける。 エリュシオンで再会をして……自分とルシンダは会話をしたはずだ。 その時の記憶はない。 だけれど、可哀相な人だという感情が円の中にあった。 多分、記憶がない方が彼女にとっては幸せだろう。 でも、本人はどう思っているのだろう。 今、幸せなのだろうか。 記憶を取り戻したら……思い出したくなかったと、思うのだろうか。 あと、目の前の男性のことも覚えてはいる。 ルシンダと再会した日、多分、自分達の記憶を消した人物だ。 第七龍騎士団所属の軍医にして記憶を消す能力を持つ、神。 (洗脳って言ったら、ボクはまず脳を連想する。なんで側頭部、つまり脳に仕掛けられた爆弾を見つけられなかったか、ちょっと疑問なんだよね) シャンバラもそうだが、エリュシオンは更に魔法技術が発展していることから、そう医学は発展していないのだろう。ただ、それだけの理由だろうか。 「医療具はどんなのを使ってるの? 見せてもらえる?」 「特に変わった物は持っていない。エリュシオンでは魔法での治療が一般的だからな」 「魔法で、脳の中とか調べられなかったの? ……どうして、爆弾を発見できなかったの」 「あの時点では、まだそこまで調査が進んでいなかった。――何か疑いを持っているようだが、君達が心配するようなことは、何もない」 主治医は問いにそう答えた。 「じゃあさ」 回りくどいのは好きではない。 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)ははっきりと聞いてみることにする。 「ルシンダさんの記憶が戻らないようにしてない?」 その問いに、主治医はしばらく沈黙した。 「エリュシオンで、ルシンダさんと会った時。記憶を消された時のことは覚えてないんだ。でも、あなたがあの場にいたことは覚えている。記憶を消された後に、目の前にいたから」 千歳はそう言って、円と共に、主治医をじっと見ながら返事を待つ。 「答えることは出来ない。答えたのなら、またお前達の記憶を消さねばならないだろう。……私は、確かに記憶を消す力を持っている。普通の人間相手ならば。だが、強い能力を持った相手ならば、封じるので精一杯。まして、神であるのなら一生封じることは不可能だ」 そう答えた後、主治医は「これ以上、自分の口から話せることはない」と、言い、席を立った。 「守秘義務とかもあるし、答えられないよね……また、消してくれてもいいからって、聞いてみる?」 千歳が円に尋ねる。 「いや、いいよ……多分」 多分、ルシンダの記憶はあの男性により封じられている。 もしかしたら、彼女は爆発で記憶を失ったわけではないのかもしれない。 円と千歳も、わだかまりを持ったまま、ルシンダの元に戻る……。 「事故で記憶を失い、家族の事も思い出せない私を、第七龍騎士団は受け入れてくださいました。そして、仕事を与えてくださったのです。団長の御屋敷と、この村を見守っていくこと。何かの際には、遅滞なく報告をすること。ゆくゆくは、団長の代理として治めていくことが、私の仕事です」 ルシンダは皆に、そう話した。 柵から解放された彼女は、以前よりも幸せそうに見えた。 「そうそうルシンダさん、これお土産。相方から」 千歳はパートナーが持たせてくれたお土産――カイエルパイカレー味を、ルシンダに渡した。 「ありがとうございます。お茶と一緒に戴きましょう」 カエルパイはちょうど集まった人数分、入っていた。 千歳達は信用されているようで、主治医も毒見などしようとはしなかった。 「いただきます」 濃いお茶と一緒に、皆で戴くことにした。 しばらく談笑した後。 帰り際に天音は主治医に尋ねてみる。 「……彼女の頭の傷痕は、どれくらいのものなんだい?」 「生活に支障はない。髪が生えそろえば、外から見ても分からないだろう」 「そうか……」 呟いて、彼女の頭を飾る大きな髪飾りをもう一度見た後。 天音は散策に戻っていく。 「あの髪飾り、この村の花のようだね。土産にいいかもしれない」 そして村の売店で似た髪飾りを見つけ出して、手紙と共にラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に送ったのだった。 ○ ○ ○ 広々とした農園の果樹は、可愛らしい実をつけて、採ってくれる人を待っていた。 「カマキリがいるね。気を付けてね」 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、共に訪れた人々に注意を促しながら、ブルーベリーを摘んでいく。 農薬が使われていないらしく、昆虫も多く見かける。 女の子達が驚かないように、蜘蛛の巣や、カマキリを発見した時には注意を促したり。 「力を入れすぎないようにね」 摘んだ事のない人には、摘み方を教えてあげたりしながら、フルーツ狩りを楽しんでいた。 「黒っぽくて、引っ張ると簡単に取れるものが美味しいんだ。でも、酸味が利いていて味が濃いものも、料理に使えるから……」 色合いを確認し、味見をして北都は甘いものと、酸味があるものを分けて摘んでいった。 「うん、こっちのはとっても甘い」 「ホント? いただきます〜」 花摘みを終えたアレナを誘って農園にきていた秋月 葵(あきづき・あおい)が、北都が教えてくれたブルーベリーを摘んで食べてみる。 「うん、とっても甘い〜。アレナ先輩、このブルーベリー、とっても甘いですよ」 言って、アレナの口に入れてあげると、彼女の顔にも笑みが広がった。 「沢山採って披露宴のスイーツに使ってもらいましょう〜。優子さんにも持っていきましょう。きっと喜ぶと思いますよ♪」 葵はアレナに優子とのゴンドラクルーズでのことや、最近のことを聞きながら、フルーツ狩りを楽しんでいた。 「披露宴でスイーツを作ってくれる人がいるようだから、その分も摘んでいこうね」 「ブルーベリーは主にソースに使うそうですよ。さくらんぼは、形の良いものはそのまま出されるそうです。飾りにも使われるとのことです」 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が、聞いた話を皆に話した。 「あと、両方、フルーツケーキにも使われるそうです。楽しみですね」 「ブルーベリーソースに、フルーツケーキ、そして飾り、だね。もし、あまるのならジャムを作りたいな。お土産に持ち帰りたいんだけど、どうかな?」 「ジャムはパンやお菓子、飲み物にも使えるし、披露宴でも喜ばれるんじゃないかな。沢山つくって、残りを持ち帰りにしよ〜」 葵のその提案に北都は頷いた。 管理人が式の準備で忙しくしているらしく、契約者達の訪れと、収穫はとても喜ばれた。いくらでも採って食べて良いと、そして是非持ち帰ってほしいと言われている。 「熟した実を、出来るだけ沢山とらないとね。……うん、ここのもちょうどいい甘さだよ」 農園や木々を荒らしたり、傷つけたりしないよう、自らも、共に摘む者達にも気を払いながら、北都は採取を続けていく。 「さくらんぼは特に、披露宴用には見栄えの良いものを選びましょう」 小夜子もさくらんぼを良く見て、選んでいく。 「ジクが青々としていて、しっかりしているものが、良いようです。実の色は鮮やかなものが食べごろですね」 選んださくらんんぼを、足元の籠の中へと入れる。鮮やかな赤い色が増えていき、籠の中が賑やかになっていく。 「やっぱり、そのまま食べる分は、2個くっついているのがいいよね! こういう席だし」 葵もアレナと共にさくらんぼの方へと移ってきて、丁寧にさくらんぼを摘んでいく。 「そうですね。2個をメインとして、数が多い分にはいいかもしれません。日本の風習とは少し違うとは思いますが、婚約式……結納は両家の婚約の契りを結び、そのしるしとして贈り物を納め合う儀式、ですから」 両家を表すような、沢山の実を結んださくらんぼも良さそうだと小夜子は思う。 「うん、品種もいくつかあるみたいだから……あ、このあたりのさくらんぼ、5個ついてるのもある♪」 5個くっついたままのさくらんぼを採って、葵は笑みを浮かべる。 「大きさが少し違っていて……家族を表しているみたいですね」 小夜子も笑みを浮かべて、自らも食べごろのさくらんぼを手に取った。 それはしっかりくっついた、2個のさくらんぼ、だった。 「婚約、披露宴……」 小夜子は招待されての参加となるが、レストとも晴海ともそこまで面識があるわけではない。 2人の事情も、そう知っているわけではないので、披露宴では普通に祝辞を述べるつもりだ。 赤く可愛らしさくらんぼをくるりと回してみたりしながら、ふと、恋をしている相手のことを思い浮かべる。 「私もいつかは……」 そっと目を伏せた。 恋が実ると――信じたかった。 「あっ、高い所にも実が生ってる……」 摘みにくい位置だけど――葵は空飛ぶ魔法↑↑で飛んで、さくらんぼを取って来た。 「いつもは、ハーフフェアリーの皆が、ふわふわ飛んで摘んでるんだろうね」 シャンバラのハーフフェアリーの子供達が楽しそうにフルーツ狩りを楽しむ様子を連想して、葵は笑みを浮かべた。 きっとこの木々は、ハーフフェアリーの皆にはちょうどいい高さだ。 「一旦、摘んだ分を調理室にとどけよー」 北都が皆に声をかける。 「はい」 「はーい」 返事をすると、小夜子と葵達は可愛い果実が沢山入った籠を持って、戻っていく。 |
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