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リアクション
第16章
「昔から当然のように行われている祭。素晴らしい物ほど、その裏で動く者達を感じさせない。大衆は必然の如く消費するのみ。帝王の存在ものまた、かく有るべきだな」
盆踊りに太鼓、普段は広場なそこを縁取るように展開される、出店の数々。
一際盛り上がりを見せる会場を、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)はキリカ・キリルク(きりか・きりるく)、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)と3人で歩いていた。ただ楽しむ為ではなく、会場の警邏だ。……少なくとも、ヴァルとキリカはそう思っている。
祭を成功させるのは、その裏に動く人間のお陰。人々の警護は、帝王と名乗るヴァルの大切な役割の1つ、だと思っている。説得を使ってスタッフと話をしたのはキリカだが、これだけ広い公園を使った祭だ。人は多いにこしたことはなく、その申し出は問題なく許可された。
「祭事は政とは、良く言ったものだ」
「まつりごと、ッスか?」
「ああ、政治の『政』と書いてまつりごとだ。今はあまり使わないな」
「? ふーん……? そうッスか」
聞いてはみたが、シグノーは大して興味も無さそうだった。
「夏休みももう、終わりッスねぇー」
頭の後ろで手を組んで会場の様子を見ながら、あっさりと話題を変える。心底残念そうだった。冗談交じりに、ヴァルが言う。
「何だ、宿題まだやってないのか?」
「やってないッス」
「……即答ですね」
潔く答えると、キリカが淡く苦笑した。ヴァルは、彼女の隣で渋面を作る。
「手伝わんぞ」
「必要になったら頼むッスよ」
さばさばとした明るさと共にシグノーは言った。だが、会話が途切れた十数秒後、その声のトーンは変化していて、無邪気なだけではない感情を伴った言葉が空気に溶ける。
「……長い夏休みが終わったら、秋が始まるんスよね」
去年の10月、シグノーは忘れていた記憶を思い出した。
記憶の中の、終わった筈の物語。
物語が終わろうと、登場人物は生き続けなければならない。
物語を引き摺り生きるべきか、全てを忘れ、かつての登場人物として死ぬべきか。しかし、そう悩んだのは過去の事。そんな事は既に、一周遅れの問題だ。
物語が終わろうと、また新しい物語がまたスタートするのだから。
だから、再び“自分の意思”で、“自分の物語”を始めよう。
ヴァルに縋ることなく、けれど、頼りはしながら。
それが、新しい生き方。
だから――
「屋台を買いあさるからこづかいくれッス!」
「……何だ、いきなり」
「夏休みの宿題はまだまだ残ってるッスけど、秋が始まるんスから。その前に腹ごなしッスよ!」
「よく分からん理屈だが、つまり腹が減ったということだな」
雰囲気の変わったシグノーを静かに見守っていたヴァルは、知らずに入れていた肩の力を抜いて小遣いを渡した。それを受け取って走っていく背を見送り、キリカは微笑む。
(シグノーは記憶を取り戻して、そして、彼女の歩むべき道を決めたんですね……)
ヴァルも満足そうな笑顔を見せていて。自分と同じように、一安心したのだと分かる。
「では、俺も帝王として祭を盛り上げるとしよう!」
――帝王学の1つには、楽曲も入っている。
⇔
櫓周りが、暗くなる。その中で聞こえてくるのは、マイクを通した衿栖の声。
「伝統的な盆踊りもいいけれど……盆踊りは日々進化してるのです!」
照明復活時に流れてきたのは、アップテンポな曲。ツンデレーションが歌うナンバーのうちの1曲だ。
「さぁ、盛り上がっていきましょー!!」
とびきりの笑顔で衿栖が声を上げ、前奏に合わせ、真が太鼓でリズムを刻む。
盆踊りはゆっくりと踊るだけじゃない。愛知県北部の地域では、80年代のダンスナンバーが定番だ。
ここからが本番、と、衿栖はノリノリで踊りだした。
そして盆踊り会場に匹敵するように、太鼓パフォーマンスにも皆の注目は集まっていた。
「おおおおおおおおおおお!!!」
最高の祭囃子を演じようと、ヴァルが、渾身の力で大きな太鼓を叩いている。
帝王たる者、警邏のみならず民が心の底から祭を愉しむ環境を作る事にも粉骨砕身せねばならない。ディーヴァとしての能力に更に咆哮を載せ、居合わせた者達、パフォーマンスを見に訪れた者達を魅了する。
完成された肉体をもろ肌に、花火を汗に映しながら両手の力の限りにバチを振るう。人混みに紛れ、悪事を為そうとする者すら聞き惚れる音を目指す。この慶事に、野暮な真似を起こす気にさえさせないように。
事件が起こってから止めるのではなく、事件を起こさせない。
それが、理想だ。
――その為に、まず俺が楽しみ、周りを歓喜熱狂させてやらんとな!
「キリカ、シグノー! あの輪の中に飛び込むぞ!」
「……へ? 自分もッスか?」
「……はい。帝王」
食べ物両手に見物していたシグノーとキリカの手を掴み、ライブ会場さながらの盆踊りの輪に加わる。流れに乗って、人々の動きに合わせて体を動かす。
――周囲には、彼氏彼女の姿も多く在って。
恋人達に中てられたのだろうか、彼は彼女に伝えたくなった。告げたくなった。
けれど、この雑踏と喧騒の中なら当人にも聞こえないだろう。
「キリカ、俺はお前の事が***」
「――――――――」
キリカの動きが止まる。ヴァルもまた、足を止める。
一方向に進む人々の流れに逆らって、ふたりだけが、立ち止まる。
踊りながら彼女が考えていたのは、自分自身の事。答えを出し、楽しそうに踊るシグノーを見て、改めて、自分を省みていた。
僕は、きちんと僕として歩いているのだろうか。
ヴァルの開いてくれた道をただ辿るだけではないのか。
最も近くに居ながら、彼の望みを理解していないだけではないのか。
――その答えはきっと、すぐには出なくて。
けれど突如、思考は止まった。ヴァルの言葉が聞こえた時、全ての思考が停止した。
「…………」
隣に居るだけで、こんなにも胸が高鳴る。
必死でこらえても、耳が赤くなるのが分かる。
何も、考えられない。何も、言葉を返せない。それなのに。
「……ほら、踊りが止まってますよ」
そんな不安そうな困ったような顔で見られたら、もっと、何も言えなくなって。でも、少し安らいで。
だから自然と、そう微笑うことが出来た。