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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

「あの、どうですか……? 変じゃないですかね?」
 花柄のワンピース、胸元に大きなリボン。白いボレロを纏った少女が微笑んでいる。
 あどけない顔の少女だが、うっすらと化粧をしている。
「ま、繭ちゃん、可愛いっ」
 アユナ・リルミナルが、その少女――稲場 繭(いなば・まゆ)を抱きしめかかる。
「ううっでもダメだ。お化粧落ちちゃうかもしれないしね」
 抱きしめるのを諦めて、アユナは繭の頭を撫でた。
「えへへ……音楽祭って聞いてちょっと張り切っちゃいました」
「あうう、可愛いっ」
 にっこりほほ笑む繭は本当に可愛くて、アユナはぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られて大変だった。
「どーしよう、沢山ナンパとかされたら! イケメン以外はお断りなんだけどっ」
「はい、お断りして、音楽祭を2人で楽しみましょう」
「うんっ。行こう行こう〜っ」
 アユナは繭の手を引いて、歩き出す。
 そして、乗り物に乗って、大荒野の音楽祭会場を目指した。

♪ ♪ ♪


「今日は忙しい所ありがとう。息抜きになると良いのだけれど……」
 あいている椅子に腰かけて、黒崎 天音(くろさき・あまね)は隣に座る人物に話しかけた。
「ちょうどどこかに出かけたいと思っていたところだ。楽しませてもらうよ」
 そう口元に笑みを浮かべて答えたのは、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)
 かつてイエニチェリとして、共に活動した男……今は薔薇の学舎の校長だ。
「そういえば、君のこと良く知らなかったなって思って。色々聞かせてもらってもいいかな?」
 天音の言葉に、ルドルフはくすっと笑みを漏らした。
「僕は君のことを知っているよ。相変わらずだね、黒崎天音」
「興味がある人物のことは、いろいろ知りたくなってね。まずは……ご趣味は? からかな」
「色々あるよ。今はカルタにハマっているかな? 札の場所の確認と読み手の第一声を如何に連動させるか、大変興味深いね」
「好みの音楽のジャンルや、好きな言葉、好きな観光地とか、逆に苦手な場所とかも聞かせてほしい」
「ははは……」
 ルドルフは多趣味で、興味のあることは一通り手を出し、そつなくこなす男だ。
「どんなジャンルの音楽にも、名曲はある。今日は様々な曲が聞けそうで楽しみだよ」
 天音からの立て続けの質問に、ルドルフは嫌そうな顔一つせず、答えていく。
 タシガンや学校のこと、世界情勢などの重い話以外では、共通の話題というものがなくて。
 そんな形で、二人の会話はお見合いトークのように進んでいった。

「コーヒーで良かったか?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、缶コーヒーを手に戻ってきた。
「うん、ありがとう」
「いただくよ」
 ブルーズは天音とルドルフにコーヒーを渡すと、天音の隣に腰かけて、ステージに目を向ける。
「パラ実生か? 独創的な歌だな」
 会話よりも、ブルーズはステージ上で奏でられる歌や、曲に意識を向けていた。
 ごっつい容姿の男性が、高い声で歌い始めたり。
 モヒカン少年集団が、アカペラで歌い始めた歌が、思いの他上手かったり。
 ブルーズは驚きと感嘆の唸り声を、時々発してしまう。
 そんな彼の様子に気づき、天音は「可愛い」などと小さく笑った。
 ブルーズはピクリと眉を揺らす。
 それから。
「さて、飛び入りエントリーしてあるんだけど……楽器も出来るんでしょ?」
 天音がルドルフににやりと笑いかける。
「オーケー、付き合おうか」
 ルドルフも笑い返して、立ち上がる。
 2人はスタッフにヴァイオリンを借りて、ステージに上がることにした。

「何を弾く? ステージに上がるまで曲を決めていないのは、僕達くらいかな」
「なんでもどうぞ。合わせるよ」
 ルドルフの言葉に頷いて、天音はヴァイオリンを弾き始める。
 曲は、シャンバラで有名な曲。
 アップテンポで、心を掻きたてる情熱的な曲だった。
 天音が引き始めた直後、ルドルフも音を重ね、二人の二重奏が始まる。
 会場の人々が手を振り上げ、左右に振る。
 ダンススペースで踊る男女のダンスも情熱的なものに変わっていく。
 ブルーズの体も、自然に左右に揺れていた。

♪ ♪ ♪


「約束した覚えないんだけど。考えておくっていっただけで。アンタがあまりにもしつこいから、仕方ないから来たのよ。別に来たかったわけじゃないんだから、勘違いしないでよね!」
 マイクを握りつつ、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)がそう主張する。
「分かってる、分かってるさ、セイニィ。無理やり誘ってごめんな」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は笑みを浮かべながら、ギターを用意する。
「べ、別に無理やりってほどじゃないけど」
 そうプイッと横を向くセイニィ。
 緊張して照れているようだ。
「曲覚えてきてくれたか?」
 2人が奏でる曲は、牙竜が作詞、作曲したものだ。
 牙竜は事前に、メールでセイニィに曲を送ってあった。
「覚えてきたけど……なんだか恥ずかしい歌詞なんだけど」
「そうか?」
 と、牙竜は笑う。
「テーマは『積み重ね、気が付いた想いを伝える』このことをイメージして考えてみた。歌詞の『水面』は心の内を表し『夜の森』は心の迷いを表現するためと……後はストレートに『愛』を叫ぶ内容だな」
 愛という単語に、セイニィが軽く反応を示す。
「この歌を聴いて、愛する人に愛を伝えるきっかけになればいいなと思ってる。言葉にしないと伝えられないことってあるからさ。俺も一人でいる時に無性に、セイニィへの愛を叫びたい時があるぞ」
「!! 恥ずかしいからやめてよねっ」
「分かってるって。叫ぶのは、セイニィと一緒にいる時だけにする」
「それも恥ずかしいってば」
 セイニィはどんどん赤くなっていく。
「今日はセイニィと一緒に、この歌を歌いたいだけだ。セイニィと一緒に音楽祭で歌うことが、俺にとってデートになる。一緒に歌って楽しみ、いい思い出にしたいだけさ」
「仕方ないから、付き合ってあげるわよ」
 仕方ないと言いながらも、セイニィは今日、普段よりお洒落をしていた。
 だから彼女が、ステージに立つ気満々であることに牙竜は気付いていた。
「それじゃ、行こうぜ」
 牙竜はセイニィをエスコートして、ステージへと上がった。
「『叫びたい愛を……』聞いてくれ!」
 拍手が沸き起こる。
 牙竜がギターを弾き始める。
「セイニィちゃん、可愛い〜!」
「後でサインくれよな〜!」
 パラ実生達の声が響いてくる。
 セイニィは深呼吸を何度かして、牙竜の演奏に合わせて歌い始める。
 落ち着いて、ゆっくりと……。

水面に映る 私を見入る 心まで
誰にも気が付かれてない 夜の森で

私は気付くよ 暖かな気持ちが
湧上がると勇気がわいてくる

いつの頃から芽生えていた 想いを心に抱き 
心の赴くまま 私は走り出していく
 

 テンポが上がっていき、曲はサビへと近づく。
 セイニィは大きく息を吸い込んで、力を込める。

この愛を伝えたい あふれ出す愛を
全てを込めて 愛を叫び続けたい

愛を止めることなんて出来ない


 両手でマイクを包み込むセイニィ。
 余韻が残り、観客達は静まり返っていた。
 しかし、牙竜の演奏が終わると同時に、拍手と喝采が湧きあがる。
「セイニィちゃん、デートしようぜ!」
「わかった、君の愛は俺が受け止める!!」
 そんな声まで飛んできて。
「もうっ、責任とってよね……っ」
 セイニィは赤くなりながら、牙竜を睨んだ。
「任せておけ。デートの誘いは全部俺が断ってやる。オフの日は俺とのデートの予定で詰まってるってな」
「……そういうことにしてくれてもいいわ。忙しいから、してる暇ないけどね」
「それじゃ、今日を無駄に出来ないよな。飯食いに行こうぜ! それからまた、ステージに立とう」
 セイニィの手を引くと、彼女はちょっと驚いた顔をして。
 こくりと、首を縦に振った。

♪ ♪ ♪


 会場に訪れて、並んで静かに観賞していた繭とアユナだけれど。
「我慢できない、お嬢様してられないよ!」
 突然、アユナが立ち上がった。
「繭ちゃん、繭ちゃん、あっちに行こう、踊ろっ!」
 アユナが音楽に合わせて、手を振り始めた。
 そして、まだ座っている繭に手を伸ばす。
「えっ? 踊るんですか……あっ、あちらにダンススペースがあるんですね」
 ダンススペースでは、曲に合わせて自由に踊ったり、ペアで踊ったり、皆自分を開放して楽しんでいる。
「思いっきり踊っちゃおう!」
「は、はい」
 繭はアユナに引っ張られてダンススペースに行くと、戸惑いながらも「こうかな?」と身体を動かし始める。
「あまり上手にはできないですけれど……」
 そして、アユナに合せて踊りだす。
 腕を横に振って、縦に振って。身体を振って。
 明るい音楽に負けない明るい笑みを浮かべる。
「こういの、楽しいですね」
「うんっ! アユナもテレビで見ただけで、こういうの初めてー。すっごく楽しい!」
「ふふふ」
「あはははっ!」
 笑い合うその音も、奏でられる音楽の一部となり、大荒野に響き渡るのだった。