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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ 月を迎える準備 ■


 今宵は満月、月冴祭。
 月見の客が来るにはまだ早い会場では、今夜の為の準備が進められていた。

「たいむちゃん、これはどこに置けばいいのかな?」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が餅搗きに必要な道具を次々に運んでくる。
 杵と臼は前日から水につけて、準備万端だ。これから毎年こうして餅搗きが出来るようにとの願いもこめて、道具も大切に使っていきたい。
「舟の乗り場にも竹林の小径にも近いところ……この辺がいいと思うわ」
 もう既に空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)の姿になっているラクシュミ・ディーヴァが示す。
「ここね。エレノア、そっち持ってくれる?」
「ええっと……どこに手をかければ良いのかしら」
 どう持てばいいのかとエレノアが悩みつつ手の位置を決めていると、
「重そうだな。ちょっと貸してみろ」
 横から柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が手を出して、かまどを下ろした。
「ありがとう。あとはその上に釜とセイロを重ねて……」
 説明する佳奈子に、セイロって何? と明夏 灯世子(めいか・ひよこ)が尋ねる。
「お釜の上に載せて、もち米を蒸す道具よ。あ、っとその前にお湯をたくさん沸かしておかないといけないわね」
「お湯?」
「搗く前に臼と杵を温めるのにも使うし、手水にも途中で杵を湿らせるのにもお餅をちぎる時にも使ったりするから、たくさん必要になるんだよ」
「へぇ、詳しいんだねー」
 灯世子が感心する。
「日本にいた頃、手伝ったことがあるから」
「餅搗きなんざガキの頃にやったきりだが、案外いろいろ用意するもんがあったんだな」
 子供の頃は大人が準備し、こねてくれた餅に杵を入れればそれで済んだものだがと、恭也は懐かしく思い出す。
「のんびり過ごすつもりだったが、結構準備が大変そうだな。何か手伝うことがあれば言ってくれ。力仕事でも餅搗きでも何でもな」
「ほんと? 男手は大歓迎。お餅搗きは力仕事多いからね」
 よろしく、と佳奈子が笑うと、あたしも、と灯世子が手を挙げる。
「お餅搗き、楽しそうだもん。やることよく分かんないけど、教えてくれたら手伝うよっ」
「じゃあみんなでやろうね。でも準備はともかくとして、お餅はうさぎが搗かないといけないからたいむちゃん担当? 1人で搗くとなると重労働だけど大丈夫?」
 ずっと搗きっぱなしになるかも知れないと佳奈子が心配すると、たいむちゃんはごそごそと箱を持ち出してきた。
「月うさぎの餅はうさぎが搗かないといけないけど、これがあれば完璧よ」
 じゃーんと口で言いながらたいむちゃんが大きな箱の中から取りだしたのは、うさぎの着ぐるみだ。
 エレノアが着ぐるみを見て呟く。
「たいむちゃんそっくりね……」
 リボンは色違いになっているけれど、見た目はどれも空京たいむちゃんそのままだ。
「ちょっと動きにくいかも知れないけど、これなら誰が搗いても『うさぎが搗いたお餅』よね」
 名案でしょうと言わんばかりに、たいむちゃんは取りだした着ぐるみの腕を動かしてみせた。



 ニルヴァーナの日が徐々に暮れてくる。
 澄んだ空にくっきりと、円い月が浮かび上がる。
「綺麗な月が……1つ」
 それは何と喜ばしいことなのだろうと、ラクシュミは夜空を見上げた。
 故郷ニルヴァーナは滅びてしまったけれど、今またこの地は新たな未来へと動き出している。
 かつてこの月を見上げ、そして今は亡き人々のことを思い、ラクシュミはしばしの間、月を見上げていた……。


「うん、ちょうど良い蒸し加減」
 火術で火力を調整しつつもち米を蒸し上げた佳奈子は、それを温めた臼の中に入れた。
「はい、杵の方も温めておいたわ」
 エレノアから受け取った杵で、佳奈子は手早くこねて餅が搗ける状態にする。
「これで準備完了。たいむちゃん、よろしくね!」
「あなたも今はたいむちゃんなんだから、そのまま搗いてもいいのよ」
 たいむちゃんに言われて、佳奈子は改めて自分の姿……赤いリボンのたいむちゃんの恰好を眺める。
「そうなんだけど、最初はやっぱり本物のたいむちゃんが搗くのがいいと思うよ。疲れたら交替するからね。……男手もあることだし!」
 く、と佳奈子は笑うのを堪えた。
「……いや確かに、餅搗きを手伝うとは言ったがな。なんで俺がピンクのリボンなんだ?」
 飛び抜けて大きなピンクのリボンのたいむちゃん……の中身、恭也が唸る。
「だって大きなサイズ、それしかなかったんだもーん。似合ってるよ♪」
 黄色いリボンのたいむちゃん、の灯世子がぽんと背中を叩く。
「着ぐるみに似合うもなんもあるんかよ」
「あははー、ばれちゃった」
 灯世子は遠慮なしに笑った。
 この中でただ1人、着ぐるみを着ていないエレノアに恭也は顔を向ける。着ぐるみで表情は分からないけれど、自分に矛先が向いたのを感じたエレノアは、だって仕方ないでしょう、と背の翼に触れる。
「翼が引っかかってしまうし、それにお餅を返したり搗きあがったお餅を丸めたりするのに、着ぐるみを着てると汚れてしまうわ。着ていない人も必要だと思うの」
 至極尤もな言い分に、恭也は己の不幸体質を恨みつつも大人しく黙るしかなかった。
「さあ、お餅が冷えちゃわないうちに、搗いて搗いて」
 佳奈子に促され、たいむちゃんは杵を取る。
「せーのっ!」
 大きく振り上げた杵はぺったんと良い音を立てて、臼の中に振り下ろされた。