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リアクション
■ 手紙と土産とこの胸の想いと ■
竹林に設けられた東屋で、董 蓮華(ただす・れんげ)は便せんを広げた。
秋風に揺れる灯が、机の上の便せんに柔らかな陰影を投げる。
「たいむちゃんが搗いた餅をもらってきた。食べるか?」
パートナーのスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)は蓮華がゆっくり手紙をしたためられるようにと、月冴祭や月の写真を撮ったり、餅を貰ってきたりしている。
「ありがとう。せっかくだからこのお餅はお土産にするわ」
「だがシャンバラに帰る頃には硬くなるよなぁ」
「焼けば美味しいから大丈夫よ」
「できたても美味いぞ。搗きたての餅を食べる機会はなかなかないから、蓮華も食べたらどうだ?」
自分の分を食べながらスティンガーは勧めたが、
「これは想い人と2人で分け合うものだから……」
蓮華は餅を食べようとはせず、大切に包むと、それを横に置いて手紙を書き始めた。
董蓮華です。
突然の手紙に驚かれたと思います。
私は今、ニルヴァーナに居ます。
丁度、『月冴祭』という行事の最中です。
私たちの故郷にも、『団圓節』があるので親しみを覚えます。
その美しい月が勇気をくれましたので、筆をとりました。
パラミタと地球を繋げるという重大な作戦に団長の護衛として参加できた事、大変光栄に存じます。
あの時頂いた言葉は心に刻んでます。
団長が目指される国の守りに共感しましたし、軍人としての使命感もあります。
今度は私が、かつての私や家族のような人達を守る一助となります。
最初は確かに恩人に尽す気持ちでした。
しかし団長の考え方や活動やお人柄を知るにつけ、それ以上の気持ちを団長に抱くようになりました。
それは、金鋭峰という一人の男性を想う気持ちです。
蓮華は団長をお慕いしています。
団長のお立場を考えますと、部下の身で軽々しく申し上げるべきではないのかも知れませんが、。
それでもお伝えせずにはいられません。
団長のお役に立ちたく願ってます。
御身をお守りしたく思います。
その為に軍務に精励し精進を重ねる所存です。
叶いますなら、私が団長を恋し慕う事をお許し頂ければ嬉しく存じます。
どうか、私が団長を想う事をお許し下さいませ……。
金 鋭峰(じん・るいふぉん)に宛てた手紙を書いている東屋の横を通りかかったルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、蓮華がいることに気付いて声を掛けようとし、ふと何かに気付いたように足を止めた。
東屋の傍らにいたスティンガーがそっと頷くと、ルカルカは心得たようにその場を離れていった。それに向かってスティンガーは無言の感謝をこめた会釈をおくった。
やがて手紙を書き上げた蓮華は、大切にそれを畳んだ。
シャンバラに戻ったら、鋭峰に仕事の書類を届けるときにでも、スティンガーが撮ってくれた写真と月うさぎの餅をお土産に持っていこうと心に決めて。
■ 夜空の月をお土産に ■
そっと東屋を後にしたルカルカは、ビデオ撮影を続けた。
美しくなったニルヴァーナを団長に見せたけれど、きっと鋭峰はシャンバラから離れられないだろう。
そう思ったルカルカは、どうしようかとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に相談したのだった。
「団長はきっとニルヴァーナに興味あると思うのよね」
「国策として探索隊を組んでいるのだから、無い筈がないだろう」
「そーゆー事じゃなくてー」
このニュアンスをどう伝えたら良いのかと、ルカルカは唸った。
「要するに……団長がシャンバラに居ながら、ニルヴァーナを体験出来るアイディア募集! 折角自分が総合的には指揮してるのに来れないのは、なんか一寸……さ」
「中継するという手もあるが……」
それなら臨場感も伝わるのではないかと夏侯 淵(かこう・えん)は言ったが、ルカルカはそれにも頷けない。
「団長は忙しいから、難しくないかなそれ」
中継を見てもらうためには、その時間、鋭峰に画面の前にいてもらわねばならない。普段の多忙を知っているだけに、そうして欲しいと頼むのは憚られた。
「ではどうすれば良いと言うのだ」
「それを相談してるんだってばー。団長が興味深く楽しめて、心の癒しにもなる何かをプレゼントしたいの」
「それなら、ニルヴァーナを団長のところまで持っていけばいいだけだろう」
ルカルカと淵との話を聞いていたダリルがあっさりと言う。
「持っていくってどうやって?」
この大陸を持っていくわけにも……と言うルカルカにダリルはまさかと笑う。
「複数の動画を撮影し、それをデータ加工したものを団長に届ければ良い。本当はヴァーチャルリアリティー作成といきたいところだが、かかる手間を考えると難しいか」
あまり時間がかかってしまっては、中秋の名月を楽しむ時機を逸してしまう。
短時間で出来る範囲で、ビデオの映像をそれらしく加工したものの方が良いだろう。
そう言ったダリルの意見を受け容れて、ルカルカとダリル、淵、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は月冴祭にやってきたのだった。
「多忙な日々を忘れ、月下独酌を愉しむつもりでおったのに……」
ぼやく淵に、ルカルカは手を合わせる。
「ごめん! 埋め合わせはするから」
ルカルカに言われると淵も弱い。
「……まぁ、金殿のためなら仕方あるまい」
より良い画像作成の為にと、淵も月見酒を諦めてデジカメでの動画撮影に協力した。
撮影に集中しているので、他の皆のようにゆっくりと月見を愉しむことは出来ないけれど、自分たちがニルヴァーナの月を堪能するよりももっと、この月とそれを愉しむ人々を見て欲しい人がいる。ルカルカたちにとってそれは、自分たちが月見をするよりも優先すべきことなのだ。
「それにしても綺麗な月だよね」
撮影の合間に見上げる月は、冴え冴えと天空にある。
ルカルカはダリルに聞いてみた。
「月や星がくっきり見えるのは、空気が綺麗だから?」
「恐らくそうだろう。それと、周囲に明るいものが無いのも理由の1つだろうな」
「シャンバラも東シャンバラだと地球とは見える空が違うけど、ここはもっと違うのかな?」
「さあ、どうだろうな。ここの月が地球のように天体なのか、シャンバラのように島なのか、どちらなのかさえ不明だ」
ニルヴァーナにはまだまだ分かっていないことが多い。
だからこその開拓なのだし、未知なる世界というものは心躍るものだ。
ニルヴァーナという大陸の持つ可能性と謎に、ダリルの好奇心は心地よく刺激されるのだった。
この夜撮影した映像はダリルの編集を経てまとめられ、後日鋭峰に届けられた。
各地での開拓状況の報告書と共に完成品ビデオを渡された鋭峰は、
「時間がある時に愉しませてもらおう」
と、そのビデオを棚に置き、また手元の書類へと視線を戻したのだった。
■ 満月の夜なれど ■
無理だと分かっていた。
団長は重責ある立場にあって、気軽にシャンバラを離れられない。
ましてや……と土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は苦く笑った。
(それ抜きにしてもあたしはきっと……まだ、足りない)
けれど諦めきれなくて、雲雀は鋭峰の元を訪れた。断られるにしろ、一度あたってみようと思ったのだ。
ニルヴァーナ創世学園で月見の行事が催されることを鋭峰に告げ、一緒に月冴祭に行かないかと誘ってみる。
すぐさま断りの返事が来ると思いきや、鋭峰は逆に尋ねてきた。
「それはいつのことだ?」
「9月30日の夜であります!」
「そうか……ならば行くとしよう」
「……え? いいんですか……?」
不意をつかれた雲雀は気の抜けたような返事をしてしまい、慌てて姿勢を正す。
「ニルヴァーナには視察に行く予定がある。そのついでであれば構わない」
「は、ありがとうございます!」
雲雀は信じられない思いで、深々と頭を下げた。
そして当日。
竹林の細い散策路。
さすがに鋭峰と肩を並べては歩けず、さりとて今の自分に背後を歩かれるのも落ち着かないだろうからと、雲雀は自分が先に立って歩いていった。
「月見の為にこれほどの竹林と池を用意するとは……」
感心しているのか呆れているのか、どちらとも取れる口調で鋭峰は呟く。
背から聞こえるその声を耳にしただけで、雲雀の膝は震えた。
あの日、金団長に言われてから、雲雀は自分なりに挽回できるように頑張ってきた
ほんとうなら、後ろ姿で命令されるだけでもいいから会いたい。そう思うけれど、そんな時間があるならば少しでも汚名返上のために動くべきだろうと、ぐっと堪えて努力してきたつもりだ。
……けれど。
不安で不安でたまらない。
自分の気持ちが、ではもちろん無い。
雲雀の団長への気持ちはずっと揺るぎなく変わらない。
不安なのは、自分が今していることが正解なのかどうか、だ。
自分は挽回できる方向に向かっているのだろうか。離れてしまった距離を、少しでも縮めることが出来ているのだろうか。
もしや逆方向に進んではいないかと考えると、焦燥に苛まれる。
(あたし、団長に少しでも近づけていますか? ……近づいても近づいても、団長がどんどん遠くへ行ってしまうみたいに思えてならないんです。待っててくださいなんて、今のあたしには言う資格無いんですけど……でも……)
よりどころとなるもののない今の状況は、あまりに心許なくて。
こんなことを聞いてはいけない。
そう思うのに、雲雀は耐えきれなくなって鋭峰に問うた。
「……団長……あたしは今、どこまで挽回できてるんですか?」
問いかけると、背後の足音が途絶えた。
雲雀は深呼吸した後、鋭峰を振り返る。
「あたし――団長をまだ好きでいていいですか?」
以前同じ事を鋭峰に言ったときには、気持ちは嬉しいと言ってくれたけれど、あれから状況は大きく変わった。今の自分って何なんだろう、と雲雀は考えずにはいられない。
イエスなのかノーなのか。どちらにしろ、それが今後の自分の指標となるだろう。そう思ったのだけれど。
鋭峰からの返事はそのどちらでもなかった。
「それは私の口から言うことではない。自分で考え、その上で今後も励むように」
淡々とした言葉だった。
刻んでしまった深い溝が、どれほど取り返しのつかないものなのかを思い知らされるようで、雲雀はうつむき加減に頷くしかなかった。
「はい……」
頭上には満月。
けれど雲雀はまるで闇の中を進むような心持ちで、竹林の小径を再び歩き出したのだった。
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