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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   一〇

 何が大きなものを引きずるような音が近付いてきた。
 ユリンを足止めするつもりだった神条 和麻(しんじょう・かずま)は、その気配を感じ取り、カタルを他の契約者に任せると、そちらへ向かった。セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)がついてくる。
「【ディテクトエビル】に反応がありました。おそらく……」
 セルフィーナの予想は当たっていた。
 ワームのような左腕。いたるところに目のようなものがついた身体。手の平のはずの部分には、巨大な開口部。――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)、そのなれの果てと言うべきか。意思があるのかないのか、和麻たちを無視し、ユリンのいる方へ向かおうとする。
「そうはさせない!」
 ユリンを守ろうと言うのではない。だが、わけの分からない化け物に倒させて、それで「ユリンを倒した!」などと誇れる話でもない。
「緋色ノ翼」で跳び、【疾風突き】でエッツェルの身体に柳葉刀を突き刺す。が、その拍子にエッツェルの表面を覆うどろりとした液体が、和麻の顔にかかった。
「な――!?」
 シューシューと音を立て、和麻の頬が硬くなっていく。セルフィーナが【石を肉に】で治療し、言った。
「迂闊に近寄ると、反撃に遭います。物理攻撃にも、魔法攻撃にも滅法強いですからね」
 セルフィーナは迷った末、不滅兵団を召喚した。「これで、時間稼ぎになりますわ。後はわたくしが、【バニッシュ】【キュアオール】で攻撃します」
 呼び出された鋼鉄の軍勢は、揃ってエッツェルを取り囲んだ。エッツエルの両脇腹から、肋骨のような六本の刃が飛び出し、兵たちを突き刺す。
「念のために次の手も考えよう。……少しだけ、ここを頼む」
「無論です」
 和麻が森の中へ消えると、不滅兵団も倒され、エッツェルは再びユリンを求め始めた。周りを見ないのは、ありがたかった。セルフィーナの放った【バニッシュ】に、エッツェルは「オオオオ……」と唸り声を上げ、歩みを止めると、少し下がった。
 セルフィーナは次にウェンディゴを呼び出した。雪男は、エッツェルとがっぷり四つに組む。
 和麻はエッツェルの頭上、木の上にいた。瘴気が凄まじいが、魔祓の腕輪のおかげで自由に動ける。どこを狙うか――紫色の翼は、兵団の攻撃も遮っていた。本体はあの液体がある。
「だが俺には、『緋色ノ翼』がある」
 和麻は飛び下り、両脇に抱えた杭をエッツェルの本体に突き刺した。
「グギャア!」
 飛び跳ねた液体が降りかかるより速く移動し、もう一本、更に一本――エッツェルが動けなくなるまで。
「これで最後だ!」
 最後の一本を腹部に投げつけ、串刺しにする。
「今だ!」
 セルフィーナはやっと意図を理解した。召喚にも力が必要だ。そしてそれには、限界がある。この杭は、召喚獣の代わりなのだ。つまり、時間稼ぎ。
「感謝いたします!」
 セルフィーナは残る力の全てをかけて、【キュアオール】を放った――。


 ユリンはシャムシエルだ。
 そうと分かれば、取るべき手は限られてくる。多くの者が、殺すわけにはいかないと考えていた。
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はその筆頭だった。何としても、ユリンにシャムシエルの記憶を取り戻させる――そのためには、気を逸らせる必要がある。
「俺がやろう」
 名乗り出たのは、氷室 カイ(ひむろ・かい)だ。「一人じゃ、そう時間は稼げないが」
「ほんの少しの間で結構です。術をかける隙が欲しいんです」
「任せろ」
 ユリンは怒っていた。何だか分からないが、目の前にいる契約者たちは彼女の癪に触ることばかりする。「パパ」の命令は、カタルという少年を連れてくることだった。何でも調べたいことがあるらしい。だが、契約者は別だ。
 邪魔なら殺してしまえ。
 そう、言われている。
 カイがロイヤルソードを両手に構え、進み出たとき、まずこいつを殺してやろうと考えた。
「言っとくけど、手加減は出来ないからね!」
「望むところだ!」
 カイは【金剛力】で思い切りロイヤルソードを振るった。ユリンは「白竜鱗剣『無銘』」でそれを受け止め、クレイモアをカイの足目掛けて突き下ろす。
「!!」
 唇を噛み、叫び声を飲み込んで、カイは眼下のユリンを睨みつけた。ユリンもまた、睨み返すとクレイモアを離し、もう一振りの柄に手を伸ばす。
 その隙に、シャーロットはユリンの背後に回ると、【その身を蝕む妄執】をかけた。
「――!?」

 今の今まで目の前にいたカイは掻き消え、代わりにオーソンが横たわっている。
「パパ!?」
 慌てて抱き起こすが、首はがくりと垂れ、手も地面へぽとりと落ちる。――既に死んでいる。
「パパ! パパ、どうして!?」
 気がつけば、オーソンの顔はテレングト・カンテミールに変わっている。だがユリンは気づかない。彼女にとって重要なのは、「パパ」が死んだこと。何者かの手によって。
「パパ」の死骸は、ぼろぼろ崩れていく。
「パパ!!」
 逃すまい、とユリンは更に強く握る。だが、握れば握るほど、指の間からそれは零れていく。
「やだ、嫌だよ、パパ! いかないで、待って、パパ――!!」

 抜き放ったクレイモアが、シャーロットの腹部に深々と刺さった。ごぼり、と彼女の喉から血が溢れ出す。慈悲のフラワシを呼び出すが、クレイモアは更に深く突き刺さっていく。
 ゆっくり振り返ったユリンの目は吊り上り、絶望と、憎しみに彩られている。
「よくもパパを――」
 今のユリンに分かっているのは、「パパ」が殺されたこと。犯人は分からない。
 だから。
「お前ら全員、殺してやる!!」
 ユリンの頭にあるのは「復讐」の二文字しかなかった。


「エライことになっているじゃないですか」
 その声に、カタルはハッと息を飲んだ。何をされたか覚えていない。だが、この人物は知っている。
「あなたは……」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)がそこにいた。