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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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 教えてくれませんか。


 あなたがはじめて見た景色を。


                    ☆


「……よいしょっと」


 ハッピークローバー社、本社ビルの地下。
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は崩れた瓦礫を掻き分けて身を起こした。

「……やれやれ、ひどい目にあったな」

 燃え盛る炎、崩壊を続けるビルの中。状況は分かっていた。

 雇い主である四葉 幸輝(よつば こうき)からの命令は届いている。謎の老人、フューチャーエックスを始末しろ、だ。

「……始末だって?」
 ハイコドは懐から一枚の紙を取り出した。
 それは、幸輝からの仕事を受けた際に交わした契約書。

「……冗談じゃない。契約内容に人殺しなんて含まれてないよ……こちとら、仕事のために誇りまで売り飛ばしたつもりはないんだ」

 ハイコドは手にした契約書をふたつに裂き、そのまま手放した。
 薄っぺらな紙が一枚、燃え盛る炎にあおられてふわふわと漂って。
 その端が炎に触れた途端、あっけなく燃え去った。



 まるで、ひとつの運命を象徴するかのように。



『ひとりぼっちのラッキーガール 後編』



第1章


「……急がないと!!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の背中に大きな翼が広がる。ダークヴァルキリーの羽だ。
 ビルの比較的高い階のテナント施設で情報を探っていたルカルカだったが、ビル内で四葉 恋歌(よつば れんか)の声が放送されてからの行動は早かった。
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も同様に翼を広げる。
 フューチャーXの仕掛けた機晶爆弾の影響で、ビル全体の崩壊がゆるやかに始まっていた。このテナント階もそれは同様で、二人のいるフロアの床も崩れ始めている。

「一気に行くわよ、ダリル!!」

 気合を入れて、崩れた床の隙間に身を躍らせるルカルカ。

「当然だ。もはや時間の猶予はない」

 それに続くダリル。二人は翼の性能を最大限に活かしつつ、ビルのそこかしこに空いた穴を次々にくぐっていく。
 限りなく落下速度に近い。一歩間違えば瓦礫に突っ込んで大怪我をするようなスピードで降りていく。

 目的はひとつ。

「……救いようのない物語……そんなの、私が許さない」

 地下施設にいるはずの、トモダチ。

「……待ってて、恋歌!!」


 たったひとつの、ハッピーエンドに向かって。


                    ☆


「――フェニックス!!」

 フェニックスを召喚したクロス・クロノス(くろす・くろのす)は召喚獣を飛ばして、恋歌にとりつこうとする亡霊たちを攻撃する。
 燃え盛るビルに降ってきた、過去において『四葉 恋歌』の名をつけられ、幸輝の『幸運能力』の犠牲になって死んでいった少女たちの亡霊だ。

『――ヒアアァアアア!』
 亡霊は、フェニックスの炎を嫌って恋歌から少しだけ離れる。

「恋歌さんから離れろ!!」
 そこに大岡 永谷(おおおか・とと)が放った神威の矢が更に威嚇を強める。
 やはり亡霊だけあって炎や聖なる力には弱いのだろう、亡霊達は恋歌の元を離れ、ちりぢりになっていく。

『どうして、どうして邪魔するのぉ!!』
『そうよ、邪魔しないで!! 私たちの邪魔をしないで!!』
 クロスと永谷に向かって、口々に亡霊たちは怨嗟の声を投げかける。

 しかし、恋歌と亡霊たちの間に入ったクロスはまっすぐに亡霊たちを見据え、動かない。

「……ごめんなさい」
 その、悲しみに満ちた瞳で。
「できれば恋歌さんもあなた達もどちらも助けたい。
 けれど、私にはそんな力はない……」
 襲ってくる亡霊をバニッシュで追う払う。
『あうぅ、痛い、痛いよ!!』
 亡霊の悲痛な声が響くたび、クロスの銀色の瞳も翳りを帯びる。しかし。

「……なるほど、確かにこの亡霊たちも被害者だよ」
 そんなクロスを支えるように、永谷はその横で弓を構えた。
「ええ……彼女たちは四葉 幸輝の犠牲になって死んだ……だから、幸輝を恨み、殺そうとするのはまだ分かります」
 クロスの呟きに、永谷も頷いた。
「ああ、その行いを知った今なら、気持ちはわかる――気持ちだけはな」
 永谷は御宣託で恋歌と幸輝の関係を大まかに捉えることは出来ている。
 幸輝が自らの『幸運能力』には犠牲が必要なこと。その犠牲の鍵となるのが『四葉 恋歌』と名づけられた少女であること。
 その能力の生贄となって少女が死ぬと、幸輝は裏社会のルートから次々と少女を『買い』、新しい『四葉 恋歌』を作っていったこと。

 その数は――16人。今存在する四葉 恋歌は17人目の恋歌であること。

「ですが――ですが!!
 今、生きているこの恋歌さんを殺して何になるというのですか!!
 この恋歌さんがあなた達に何をしたというのです!!
 ただ、あたなたちよりも少しだけ生きていることがいけないと言うのなら……!!」

 きっと、16体の亡霊を冴え渡る瞳で睨みつけて。

「ああ、俺たちはどうあってもこの恋歌さんを守る……!!」

 構えた弓の弦を大きく引き絞って。

『許さない!! 一人だけ生きようだなんて許さない!!』
『そうだ、四葉 恋歌は死ななくちゃいけない!! そんなこと許さない!!』
『不公平じゃないか! 四葉 恋歌なのに――同じ存在なのに一人だけ幸せになろうなんて不公平じゃないか!!』

 あくまでも二人は亡霊を追い払い続ける。

 今、生きている者を守るために。


                    ☆


「……ひどいヤツってのはどこにでもいるものね……」
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は幸輝に雇われた立場を利用して、さらに深い情報を引き出そうとしていた。
「……そもそも、アニーを強化人間にするまでに、何人犠牲にしたっていうのよ……」
 幸輝がパラミタの存在を知った頃は、地球人を『パラミタ化』する技術はまだまだ未完成で、不安定なものだった。
 しかも幸輝は独自に研究を深めていた。手探りの状態であったため、テストケースとして相当な人数が犠牲になっている。
「……」
 彩羽がデータに目を通しながら奥歯を噛み締めた。
「……許せない……」

 彩羽もまた強化人間の犠牲になった家族を持っている。そんな研究をしている幸輝を許すことはできない。
 また、知らぬこととはいえ、ほんの一時とはいえその幸輝に雇われてしまった自分も。

「よくもこんな外道な研究の片棒、担がせようとしてくれたわね……」

 彩羽の両手が驚異的なスピードで動き、端末を操作していく。

「いいでしょう……亡霊たちの目的が復讐なら、手を貸してあげようじゃない。
 この償いは……幸輝の命をもって……」

 モニターの光を反射して、彩羽の瞳が怪しく光った。