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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第27章


『うわあああぁぁぁ!!!』

 半ばやけくそ気味な悲鳴が響く。
 シュリュズベリィ著 セラエノ断章――セラだ。

 正確には、セラの意識を支配した『恋歌』の亡霊の叫び声、だった。
 セラは元々魔導書として精神的に不安定な部分があり、性格的に明暗の二面性を持っている。そこまで顕著なものではないが、最近では良い方向に向かっているように見受けられた。
 しかし、亡霊を憑依を受けてしまったことで、普段は無意識に押さえている破壊衝動がセラの理性を失わせてしまったのだろう。亡霊はセラの高い魔力と戦闘経験をそのまま引き継ぐ形となり、幸輝の命を脅かす悪鬼と化したのである。
 すっかり暴走し、亡霊に操られたセラは圧倒的な魔力、その戦闘力を以って、また亡霊の目下の望みである幸輝の殺害へと一直線に向かう。
 それは、いかに屋上とビルの崩落、火災などに見舞われようとも変わらない。
 だが、期待していた他の『恋歌』の亡霊は間に合いそうもない。皮肉なことに、幸輝の雇ったコントラクターが引き起こした崩落のせいで、他の亡霊達が憑依したコントラクター達の動きは阻害され、多人数で幸輝に一気に襲い掛かることはできなくたってしまった。
 作戦は変更された。セラに憑依した亡霊は、一人でも幸輝の殺害を実行できる充分な実力を、それでもまだ有している。


 ――筈だった。


「ふはぁーーーっ!!!」


 幸輝の殺害へと向かうセラを止めたのは、セラのパートナー、ルイ・フリードだった。

『どうして、どうして倒れないの!!』
 亡霊は叫んだ。
 溜めておいた魔力はすっかり放出してしまった。
 セラの暴走を収めに入ったルイを手ごわい相手と見るや、亡霊はまずルイを排除することに全力を注いだ。

 大魔杖バズドヴィーラで牽制しつつ、敵が繰り出して来た攻撃を杖でいなして、生じた隙に溜め込んだ魔力をトリニティ・ブラストと共に叩き込む。

 それでおしまい。その筈だったのに。

「効きません、まったく効きませんねぇ!!」

 ルイはセラの魔力全てが込められた必殺の一撃だったはずのその攻撃を、全て防いだ。
 両拳に纏った闘気を『自在』を用いて拳に纏わせる。倍勇券を何倍にも上げて高めたその肉体の能力で、セラの放った魔法を叩き潰したのだ。

『バカな、そんなバカなぁ!!』

 セラは焦りから攻撃を連発する。状況は自分に有利な筈だ。敵な魔法も使えない筋肉ダルマ。こちらは遠距離から止めを刺せるほどの高い魔力の持ち主の身体を使っている。
 それに――

「おっと、余計な邪魔はさせぬのである!!」

 時折、外部から幸輝が他のコントラクターと戦闘をしている流れ弾が飛んでくることもある。それらは全てルイとセラのパートナーであるノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)が防いでいた。
 空間を把握し、行動予測によりセラへと向かう攻撃を全て防ぐ。時には身体を張り、レックスレイジまで使用して、セラを守り抜く覚悟だ。


「我輩、仲間は絶対に見捨てぬ! それが可愛い女の子ならば尚更である!!」


 献身的とも言えるノールのガードを得てなお、セラに憑依した亡霊はルイに決定打を浴びせることができずにいた。

『どうして……どうしてぇ!!』

 全く思い通りに行かない展開に、亡霊は悲鳴を上げていた。
 そこに、静かな声でルイが話しかける。

「……もっと、もっとです」
『!?』
 もちろん、セラの全力の攻撃を全て叩き落すことなどできるわけがない。一定の距離を保ちながら連発する魔法はルイに徐々にダメージを与えている筈なのだ。
 それが証拠に、ルイの身体からは血が流れ、進む足元も少しずつその速度を緩めているではないか。

「……もっと、全力で来なさい!!
 あなたが抱えている恨みつらみ……憎しみの全てをぶつけてみなさい!!」
『……!?』
「私は復讐もある程度までは否定しきれないと思っています。
 誰もが自分の心や身体の痛みに黙って耐えられるわけではありませんから。
 しかしです……復讐を行うならば、それは自分一人の力で行うべきなのです!!
 自分の復讐に誰かを巻き込み、その力を利用するようなやり方は、私は断じて認めません!!!」

『うわあああぁぁぁっ!!!』

 ルイの迫力に気圧されて、セラに憑依した『恋歌』の亡霊はまた何発目かの魔法を打ち出した。

「――巻き込まれたのが私の身内――家族ならば、尚更です!!」
 裂帛の気合を込めて、ルイの量拳が亡霊の放った魔法を殴り砕く。
 ルイにとっても無傷ではすまない方法ではあるが、極力セラを傷つけずに収めるには、この方法しかなかった。

 だが、このままでは決め手にかける。ノールはセラのガードに専念、ルイはセラとの距離を詰められない。
 迫力でセラを圧倒してはいるものの、実情としてはルイに打つ手がない状況だった。

 だが。


「家族が巻き込まれたなら尚更許せない……か、同感だね」


 ふ、とそんな言葉が聞こえた。

『!?』

 完全な油断だった。
 ルイの迫力に気圧されていた『恋歌』の亡霊は、いかにルイに攻撃をするかに気を取られ、自分の防御をすることをすっかり失念していたのだ。
 また、戦場の流れ弾はノールが全て防御していたことも、精神的は空白を作ることに一役買っていた。
 そのせいで、いつの間にかハイコド・ジーバルスが背後に接近していたことにギリギリまで気付かなかったのだ。

「屋上の戦場から上手く脱出したかと思ったら、こっちも相当な修羅場だね……まあいい、せっかくだから手伝うよ」

 左手の肩から先を構成する義手から飛び出た三本の爪で、ハイコドはセラに襲い掛かる。
「あなたは!!」
 ルイは驚きの声を上げる。ハイコドの顔には見覚えはあるが、確か彼はルイが博季・アシュリングやレイナ・ミルトリアを地下施設に送り込むために一芝居売った時にひと悶着を起こした警備員ではなかったか。
 それが何故今、突然瓦礫の中から登場して、幸輝側からすれば敵である筈の自分達に味方するのか。

『いつの間に――でも!!』

 襲われた亡霊はそれどころではない、それでもハイコドの攻撃を辛うじてかわすことができたのは、セラの能力の高さを物語っていた。
 背後から現れたハイコドの殺気を感知し、セラの身体は軽やかに宙を舞ってくれた。
 しかし、次の瞬間には思い知ることになる。
 セラの身体は迫る危険に反射的に反応しただけだ。もしセラの自我が残っている状態であれば、このような回避行動は取らなかっただろう。

「いや、何かさっき会った顔が困ってるようだったし……こちとら契約はとっくに解除したもんだからさ。
 ……それにまぁ……家族のために戦っているのは、俺も同じだからね」

 ハイコドの視線の先に、その答えはある。
 空中に飛んでしまったセラでは、本来の戦闘相手であったルイの攻撃を防ぐ手はない。ちょうどハイコドとルイの間に挟まれるように着地するタイミングが、この戦闘の終わりを告げていた。

『このぉ!!』

 それでもセラに憑依した亡霊は『常闇の帳』を展開した。この闇の中にあれば、魔法であろうが打撃であろうが、全て吸い取ることができる。
 これにより攻撃を防ぎ、また距離を取ることができれば、戦況を立て直すこともできるだろう。
 セラの身体を支配したこの僅かな時間で、『恋歌』の亡霊も成長していた。それなりの戦術を組み立てるようになったその順応力の高さは評価されるべきかもしれない。

 しかし。

「感謝しますよぉっ!!!」
「これで終わりだっ!!!」

 ルイが両手から発した驚天の闘気、ハイコドが発した龍の波動が両側からセラを挟みこむ。


『ああああああぁぁぁっ!!!』


 常闇の帳の力にも限界はあり、その能力者の限界を超えた攻撃は防ぎきることはできない。
 二人が同時に放った攻撃は亡霊の放った闇をたやすく打ち破り、セラへと届いた。

「ふぅ……助かりましたよ
 私も不器用なものですから……せいぜい暴れさせて、その全てを受け止めることくらいしかできない……」
 気を失ったであろうセラを抱きかかえ、ルイはニッカリと歯を見せた。
 ハイコドもまた、微笑みでその笑顔に返した。
「……いいんじゃないかな? 家族との付き合い方ってのはそれぞれの形があっていいと思うし……あ」
 ハイコドがルイに近づいた時、気を失ったセラから『恋歌』の亡霊が離れようとしているのが見えた。

 その次の瞬間。

「……おっと、こっちも片付いたか」
 その亡霊を『不可視の封斬糸』で絡め取った男がいた。紫月 唯斗だ。
「助太刀できなくてすまなかったな。こっちも色々抱えてるもんでな」
 満身創痍のルイを見ながら、唯斗は他にも封斬糸で絡め取った亡霊がいることを示した。

 それは他のコントラクターも亡霊の憑依から逃れたことを示している。

「……それはかまいませんが……どうする気ですか」

 ルイの疑問に、唯斗もまたニヤリと笑顔で応えた。


「決まってる……みんな救うよ……たった一人の『四葉 恋歌』もこれ以上不幸になんかしやしない。
 全ての理不尽と絶望を叩き壊して、希望の明日を掴みに行くのさ」