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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第38章


 悪い冗談のようだった。


 さもなくば、悪夢。


 元パーティ会場だった場所では、未だにアニーの入ったカプセルを巡って戦いが繰り広げられている。
 四葉 幸輝は自らがパラミタで習得した魔術を使い、そこに独自の『幸運』能力をプラスして戦っている。

 それは、百戦錬磨のコントラクターである武神 牙竜やレン・オズワルド達をして苦戦せしめるほどの戦闘力だった。
 さらに今、かつて幸輝の共同研究者であり、同じ『幸運能力』の持ち主である『レンカ』の亡霊が合流しようとしている。
 しかもレンカは、現在の恋歌から能力の一部を剥ぎ取り、自分のものとしているのだ。

 せっかく過去の『恋歌』の亡霊たちが多くのコントラクター達の魂の説得のおかげで復讐を諦め、新しい恋歌の命を繋ぐことを了承してくれたといういのに、ここで恋歌のパートナーであるアニーを殺されでもしたら、パートナーロストの影響で再び恋歌の命が危険にさらされることになる。
 そうなってしまっては、またレンカは恋歌に乗り移り、今度こそ幸輝の『幸運能力』を完全なものにしてしまうだろう。
 その暁には、幸輝の『幸運能力』は個人的な運勢に介入するだけではなく、世界や時間の流れにまで影響を及ぼす『運命に介入する力』へと進化を遂げてしまうかも知れないのだ。

 今まで自らの欲望のままに16人もの少女を犠牲にしてきた狂人に、そのような力を与えるわけにはいかない。
 無論、まだ幸輝自身やレンカを説得あるいは無力化し、人間として法と秩序の元に裁きを受けるべきだという想いで戦っている者も多い。
 ともあれ、コントラクター各人の思惑はあれど、ほとんどの者は幸輝とレンカをこのまま自由にされるべきではない、と感じていた。

 だが、状況は最悪である。

 ビルの最上階は崩壊を始め、各階からあがった炎は治まる様子がない。
 地下の研究施設はそろそろ埋まり始めている。
 ルカルカ・ルーをはじめ柊 真司やクロス・クロノス、そして大岡 永谷たちは主に地下から逃げ遅れている一般人や負傷したコントラクターを敵味方の区別なく避難させていた。
 何しろ、このビルには幸輝や恋歌に雇われたコントラクターだけではなく、パーティに参加していた一般人から、ハッピークローバー社に雇われた普通の警備員もいる。もちろん、この会社がある程度が裏の社会と関わりを持っていることを知りながら働いてきた者も多かろうが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ。
 誰の目にも、ハッピークローバー社という会社が壊滅的なダメージを受けるであろうことは予想できた。

 そして、過去の『恋歌』に憑依されていたほとんどのコントラクターは、未だパーティ会場にいる。
 アニーの警護に向かおうとする者、幸輝に立ち向かおうとする者など様々だが、会場はまだ瓦礫の山、万が一にも避難しそびれた一般客などがいてはならないと、スプリング・スプリングや霧島 春美などは奔走する。
 もちろん、その陣頭指揮を執るのはフレデリカ・ベレッタだ。公私共に地位のある彼女が、ここで私闘に夢中になっているわけにはいかない。

 目下、幸輝とレンカの能力を打ち消す可能性があるとすれば、過去の『恋歌』たちの魂を受け入れた四葉 恋歌だが、彼女はまだ目覚めない。

 身体は治ったかもしれない。魂は修復したかもしれない。
 しかし、精神はまだ死んだままだった。
 彼女はまだ、ついさっきまで死にたがっていた女の子にすぎないのだ、仮にどんな強力な能力を持っていようとも、それを行使すべき精神が死んだままではどうしようもない。

 その鍵を握っているかもしれない謎の老人、未来からの死者 フューチャーXは目覚めない恋歌の様子を見ている。
 アニーを救うために未来から来た筈の彼は、しかし恋歌が目覚めることを待つしかない。まるでそれだけがアニーを救う唯一の方法であるかのように。

 急がなくてはならない。
 万が一アニーが害されれば元の木阿弥。万が一恋歌が目覚めなければまったくの無駄骨。

 そんな緊迫した空気の中。
 突然、ビル内の全てのスピーカーから音声が響き渡った。
 そもそも、この倒壊しかかったビルの放送機器がまだ生きていること事態が奇跡に近かった。
 それでも、その声はほとんど全ての者に届いた。
 ビルの破損具合からすれば、今この放送を流している者にも危険が及ぶはずなのだ。
 そんな奇跡の中、危険を顧みずその男が流した放送の第一声が。


「はーい、皆さんこんばんは!!
 倒壊しかけたハッピークローバー社の本社ビルから送る、恋歌たん応援番組、だーいいっかーい、はっじまーるよーーーっ☆」



 コレであった。


 ――悪い冗談の、ようだった。


                    ☆


 空気が凍りつく、とはこういう状態を指すのだろうか。
 何しろ、まさかこの状況でこのような能天気な声を聞くことがあろうとは、誰も夢にも思わなかったであろうから。

 まるで時間が止まったように、ビル全体がその声に支配された。

 何が起こっているのか把握できなかった。
 戦闘中の者も、一瞬手を止めた。四葉 幸輝やレンカですら止まった。

「な……何ですか……?」
 アニーの入ったカプセルを守っていた天神山 清明が辛うじて呟いたくらいだ。その傍らで清明をガードしている斎藤 ハツネに至っては、まったく意味が分からないであろう。
「何なの……?」

「……でも……あの……この声は……」
 逃げ遅れていた一般客の誘導をしていたクロス・クロノスは軽い頭痛を感じた。
 その放送の声に聞き覚えがあったからだ。


『あー、あー、マイクテスマイクテス。聞こえてる? ビルが壊れかけだし聞こえてない場所もありそうだなー』


 能天気な声が続く。


「……ふ……なかなか、面白いことをするじゃないか……」
 獣化したガウル・シアードの背に跨ったまま、レン・オズワルドは苦笑いした。


『まぁいいや。司会はワイが担当で、番組名は未定の第一回生放送、これから開始しまーっす!!』


「……『ワイ』って……切にぃ!?」
 ツァンダ付近の山 カメリアが叫ぶ。


 そう、声の主は七刀 切だ。


 地下にある放送施設を乗っ取り、今にも倒壊するかもしれない、いつ炎に巻かれるかもしれないビルの中で危険を冒してまで、彼が流したかった内容とは『これ』で果たして良かったのか。

 誰もが心の中でそんな感想を抱いた時、切の声が続く。

『今夜はリスナーのみんなが恋歌に向けてメールしてくれたメッセージを、ノンストップで読み上げちゃうZE☆』

「……メール!?」
 神埼 輝が自らの携帯をチェックする。パートナーである一瀬 瑞樹、その友人である本名 渉と共にビルから脱出する途中だ。
 亡霊に憑依されていた雪風 悠乃はまだ身体が本調子ではないので、慎重にならざるを得ない。

 輝がチェックしている間にも、放送は進む。

『まずは司会特権で、ワイのメッセージから読み上げちゃうぜ。
 恋歌たんが死んだらワイは悲しい。
 恋歌たんの呼びかけに集まった奴らは皆そうだ。
 ――だから生きろ!!
 以上!!』

「短っ!?」
 シエル・セアーズは突っ込んだ。

『あ、『たん』付けなのはラジオパーソナリティとしてのキャラ作りだから気にすんな』

「自分で解説しちゃうのっ!?」
 レナ・メタファンタジアも突っ込んだ。

『よーっし、次からはワイのところに届いたお便りを匿名で読み上げてくぜ!!』

「あ……これじゃ、ないかな」
 輝は自分の携帯に届いていた、一通のメールを見つけた。
「マスター……なんです、それ?」
 瑞樹が横から覗き込むと、そこにはこう記されていた。

『このメールには人の生き死にが関わっている。それが嫌なら今すぐ削除だ。
 いきなり意味不明なメールをすまんとは思う。
 けど今、四葉 恋歌という女の子がひとり、死のうとしている。
 詳しいことは言えないけど、マジだ。
 だからもし、恋歌という女の子を知っていて、死んでほしくないと思うなら。
 そしてもし、恋歌という女の子を知らなくても、見知らぬ娘が理不尽な不幸を背負ったまま死んでほしくないと思ってくれるなら。

 無責任な言葉でも構わない。

 ワイが責任をもって彼女に伝えるから、皆の気持ちを教えてほしい。


 頼む』


 と。