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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



19


 工房のドアが叩かれる音に、リンスは顔を上げた。ドアは一定のリズムで打ち鳴らされている。
 確か、ドアのところに営業中の看板をかけておいたはずだけれど。
 勝手に入ってこない客なんて却って珍しいなと思いつつ、「どうぞ」と声を掛ける。
 しかし、ノックは止まなかった。ずっと同じテンポで続いている。
 声が小さすぎて聞こえなかったのだろうか。もう一度、今度は大きめに「どうぞ」と言う。しかしそれでもノックは止まない。
「なぁに? どうしたの?」
 風呂掃除をしていたクロエが音をいぶかしんで顔を出した。
「おきゃくさま? おでむかえしなきゃだめでしょ!」
 そしてぴしゃりと言い放つと、ぱたぱたとドアへ駆け寄る。
「はぁいー! いまあけま、」
 す、という声と共に、ドアノブはひねられドアは押された。しかし開かれるはずのドアは、がつんという音と共に戻ってくる。
「……? あかない」
 ドアの前で、クロエが疑問符を浮かべて立ち尽くした。こちらを見て訴えかけるような目をしているので、椅子から腰を上げてドアへ寄る。ノブをひねって、開けようとして。がつ、とやはり、何かにぶつかる。
「……?」
 クロエと同じように疑問符を浮かべ、僅かに空いた隙間から顔を出すと、そこには壁があった。
 なんだ、壁か。冷静にそう思ったのも束の間、壁にあった目が開き、こちらを見た瞬間少し驚く。さらに口が開き、「ぬ〜り〜か〜べ〜」と地響きのように低い声で喋っ(?)たことにより、
「……は?」
 堪え切れなくなった疑問が、表に出た。


 ぽかん、と丸く開かれた目と口に、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は手を打った。肩の上のアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)も、おかしそうに笑っている。
「あーははははは! 大☆成☆功!」
「ハァイ、オトー様、オネー様。ゴ機嫌ヨゥ☆」
「いや……、いや、ねえ。この壁、何」
「お父さんだよ」
「お父さん……?」
 挨拶に対する返答もなく、まったくわけがわからないといった顔でいるリンスに、またも笑いがこみ上げる。
「ぬりかべ!」
 という叫び声は、窓の方からした。見ると、クロエが窓から顔を覗かせている。そこから見ることで、全貌を把握したようだ。
「そう、ぬりかべです」
 セイルーン家には、妖怪がいる。名前はその通り、ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)。妖怪の山から出稼ぎにやってきた、妖怪一家の大黒柱である。


「いやー、ドアを開けたら壁がありました! っていうドッキリを仕掛けたくて!」
「なんのために」
「あの驚く顔を見るために」
 お父さんの素性を説明し、種明かしをするとリンスがはあと息を吐いた。
「驚いた……」
「大成功」
 ダブルピースで笑う。呆れたような顔で見られ、すぐに視線を外された。視線は、なんとか工房に入ることができたお父さんへと向いている。
「いやー入れてよかった」
 お父さんの身長は、実に三メートルを越す。ドアのサイズよりもよほど大きいので、どうしたものかと思っていたが、体重変移の可能な彼は発泡スチロールのように軽くなって横たわり、引っ張られることで工房内への進入を可能とした。
「今日のメインはお父さんだからな〜」
「そうなの?」
「うん。俺はついこの間買ってったばっかだし」
「アタシだっテ、綺麗にシテもらッタバッカリだモノ!」
 アキラの肩に座っていたアリスが飛び降りる。リンスの目の前に飛び降りると、そのままくるりと一回転。
 リンスは、頬杖をついたままじっ、とアリスを見つめてから手を伸ばし、アリスの頬を撫でた。
「ドォ?」
「綺麗になったね」
「大変ダッタのヨ? アキラ、買ってキタそのママノ大きさのスポンジでガシガシ洗いハジメるんダカラ! 苦シイしちょット痛いシ!」
 う、とアキラは呻く。だって、別に洗えるんだからいいじゃないか。大きいままでも。心中でごにょごにょと言い訳していると、アリスを見ていたリンスがこちらに目を向ける。
「ちゃんと切ってあげなきゃ」
「んな細かくなきゃ駄目だってんならいっそメラニンコットンをミキシングしてメラニンコットン風呂とか作っちゃえばいいんじゃね?」
「その発想はなかった」
「どう? 俺天才?」
「ある意味」
 普通なら嫌味か馬鹿にされているかと思うところだが、リンスの場合はわかりづらい。だろー、と笑っておくと、アリスから蹴りが見舞われた。
「そんな獰猛だと新しい服すぐに駄目にするぞ」
「ソレはイヤ!」
「そうだね。せっかく似合ってるからね」
 リンスが言うと、アリスは満更でもなさそうに笑ってみせた。足取り軽く、クロエの方へと飛んで行く。
「アリスさぁ、確かに綺麗にしたけどさ」
「うん」
「俺じゃやっぱ、やれることは限られてるんだよね〜」
 度重なる冒険とその損傷は、メラニンスポンジという手軽な処置でどうにかできるはずがなかった。思っていた以上に多い傷に、口を噤まざるを得なくなった。
「今度さ、一度本格的な修復してやってよ」
「いつでもどうぞ」
「助かるわー」
 話が一段落したところでお父さんの方を見ると、丁度彼も品定めを終えたところだった。ほくほくとした表情で、人形を二体手にしている。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 欲しい、と言うお父さんへとリンスは手を伸ばし、人形を受け取った。
「これ、買うってことでいいんだよね?」
 一応の確認、とばかりにリンスがアキラに問う。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 お父さんは言った。ラッピングもお願いします、と。
 そのままをリンスに伝えると、てきぱきとリンスは手際よく包んでいく。
「娘さんへのプレゼントなんだってさ」
 アキラの家には、リンスの工房で買った人形があちこちに飾られている。
 それを見たお父さんが、山の娘たちにも買って送って言い出したことが、今日ここに来たすべてだった。
「そっか。ありがとう」
 淡白に聞こえるリンスの言葉は、心なしかいつもより温かみがあるような気がして。
 お父さんも、僅かな声音に気付いたのか、あるいは単に満足のいく買い物ができたからかご機嫌で。
「今日、来れて良かった」
「そう言ってもらえて何よりだよ」
「ん。じゃ、あんま長居しても悪いからお暇するわ」
「うん。またね」
「また」
 短くやり取りをして、帰途を行く。
 空はまだ高く、明るく、心地よい風が吹き抜けていった。