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第10章 キミを、あなたを、守りたい

 ロイヤルガードの宿舎に、樹月 刀真(きづき・とうま)は、手作りの菓子を持って訪れていた。
 刀真には他に住まいがあるため、宿舎の自分の部屋には今のところ最低限のものしか置いてはいない。
 今日、顔を出すと言っていた相手――恋人の風見 瑠奈(かざみ・るな)が訪れるまで、まだ少し時間がある。
 刀真は瑠奈からもらった本、『恋愛マニュアル』を取出して、うさぎの栞が挟まっていたページを開く。
(瑠奈が栞を挟んだこのページは、瑠奈が気を付けて欲しい所。それは瑠奈の気持でもある)
 ならばそこを理解するために努力しなければならない、と思いながら。既に何度も何度も繰り返し読んでいた。
 そのページには『どの行為から浮気と判断するか』などの質問に対しての、少女達の投票と意見が載っていた。
 どの行為から浮気……に関しては、親しげなメール交換や、異性と2人きりでの食事から浮気と判断する女性も多いらしく、刀真が普通にしてきた、様々な行為は完全な浮気行為となるらしい。
 浮気をすると、恋人が悲しむ。
 それは理解できる。
 でもなんだかしっくりこない。
 刀真は他のページもしっかりと呼んで、学習をしていく。
(俺はパートナーとしての自分の在り方を変える事はできない、だから瑠奈の恋人としての自分を今から作り上げていこう)
 瑠奈に何をしてあげれば喜ぶのか、考えながら。

 午後3時。
 瑠奈は小花柄のチュニックを纏って、刀真の部屋を訪れた。
「飲み物、持ってきました」
 瑠奈は紙パックの麦茶を1パック持ってきていた。
「ありがとう、グラス用意するから座ってて」
「は、はい」
 瑠奈は緊張した面持ちで部屋に入って、ソファーに腰かけて刀真を待った。
 グラスに氷を入れて、瑠奈が持ってきてくれた麦茶を注いで。
 ソファーの前の小さなテーブルにグラスと、手作りのお菓子を置いた後。
 刀真は瑠奈の隣に、腰かけた。
「このケーキ、手作りですよね?」
「うん、あまりお菓子作りは得意じゃないから、こんなものでごめん」
 刀真が作ってきたのは、プレーンなカップケーキだった。
 それだけでは寂しいので、その上に生クリームを乗せてある。
「いえ、カップケーキって結構手間がかかるし、焼き色も綺麗で、美味しそう」
 そう言う瑠奈に、「ありがとう」と言い、刀真はケーキをホークで切って、瑠奈の口に近づけた。
「はい、あーん」
 瑠奈はちょっと驚いた後、恥ずかしそうに笑いながら、口を開けた。
 刀真もくすっと笑みを浮かべる。
「な、なんですか……」
「いや、無防備な瑠奈を見たかったんだ、それって俺を信用してくれているって事だろう? そういうの嬉しいからさ」
 もぐもぐごっくんと瑠奈はケーキを飲み込んだ後。
 瑠奈もホークをとって、同じように刀真の口にカップケーキを近づけた。
「はい、刀真さんも、あーん」
「えっ? えっと……あーん。
 うん、これ照れるというか恥ずかしいと言うか」
 ちょっと赤くなった刀真を見て、瑠奈は満足げな笑みを浮かべた。
「うん、これとても美味しいわ」
 残りはホークを使わずに、瑠奈は自分の口に直接ケーキを運んだ。
 それから「はいどーぞ」と、生クリームがたっぷりついた部分を、刀真の口に差し出した。
「それはよかった。今度、瑠奈と一緒に料理を作りたいな」
 言って、刀真は口を開ける。
「え……っ」
 瑠奈の指がピクリと揺れ、生クリームが刀真の唇と、瑠奈の指についてしまった。
「あっ、ごめん」
 とっさに、刀真は自分の唇と、クリームのついた瑠奈の指を口に含んで舐めた。
「!?」
「あっ、違う! そうじゃなくて、いや、違わない!?」
 えっと、その……と、刀真は目を泳がせ、瑠奈は赤くなって俯いてしまう。
「ごめんなさい。私の指……女の子っぽくなくて」
 そんな風に謝ってきた瑠奈の指に。
 刀真は自らの指を絡めた。
「綺麗な手だよ。白百合団の団長として、剣士としての瑠奈の努力が現れている」
 瑠奈の手は、年頃のお嬢様の手とは違って、たこやまめが沢山あった。
 爪も切りそろえてあって、ネイルアートもつけ爪もしていなかった。
 控え目にピンク色のマニュキアが塗ってあるだけで。
 そんな彼女の剣士としての手を、愛しげに握って刀真は語りかける。
「俺は瑠奈を守る。
 それは物理的な事だけじゃなくて、精神的にも守りたいと思ってる」
 顔を上げた彼女の瞳を見つけて、刀真は続ける。
「だから、悩み事や心配ごとがあれば言って欲しい。それが分からないと何をすればいいのか分からないから……事情が分からず俺が勝手に動いても、瑠奈の助けになるか分からないから」
「あのね……」
 瑠奈が瞳を揺らしながら、答える。
「私、料理は皆で作りたいな。年末に、お節料理や年越しそばを、作れたらいいな」
「それは、楽しそうだけれど……?」
 刀真は瑠奈の言葉に違和感を覚える。瑠奈はクリスマスはずっと側に居てほしい、と刀真に言っていた。
 ずっとそばにいる、絶対だと刀真は約束をし、彼女はとても喜んでいた。
 2人きりでいること、恋人として過ごすことを凄く嬉しく思っているはずなのに、何故『皆で』というのだろうと刀真は不思議に思う。
「去年の年末に、『刀真さんと一緒にご飯を作るのは私だけ』『ご飯を作っている時だけは私だけの刀真さんです』って、あなたの大切な人が、言っていたわ。
 ……奪うようなこと、できないから」
「それはパートナー達の中でってことじゃないかな。瑠奈は俺の恋人だろう?」
 頷いて、だけれど瑠奈はそのまま首を横にも振る。
「頭で考えても、きっとお互いのこと、わからないと思うの。心で理解出来た時、成長できるんじゃないかな」
 そして、軽く笑みを浮かべた。
「私、悩みなんてないわ。刀真さんと過ごせる大切な時間を、どんなふうに楽しもうかなって迷ってるくらいで……あっ、迷っているといえば」
 少し言いにくそうに、瑠奈は言葉を続ける。
「ヴァイシャリー家の男性の方に、パートナー契約を申し込まれたの。なんだかずいぶんと買いかぶられてしまって、私の事誤解してるみたいだから、断るつもりなんだけれど……」
 ヴァイシャリー家の男性と聞き、思い浮かぶのはミケーレ・ヴァイシャリーだった。
 恐らく、ルシンダの恋心を利用した男。でも彼には、パートナーがいる。
「ただ、異性の……私に興味を持ってくれている人と、契約したら……刀真さんの立場とか、気持ち……分かるのかなって、思って」
 刀真は、自分のことを理解しようとしてくれている瑠奈の姿に嬉しさと、危うさを感じていく。
「それで少し迷ってしまってる。誤解されているとはいえ、相手に失礼よね。うん、ちゃんと断ります」
 瑠奈は表情を変えて、柔らかに刀真に問いかける。
「刀真さんには悩み事、あるんですか?」
「俺?」
「私、今まで刀真さんには沢山助けてもらってるわ。精神的な面では私もあなたを支え、守ることが出来たらいいな」
「悩み、あるよ」
 刀真は困ったように淡く微笑んで言う。
「どうすれば瑠奈に喜んでもらえるかって悩んでるよ」
「わ、私は……」
 瑠奈は赤くなって顔を逸らしてから。
 刀真の顔を見ずに、突然。
「!?」
 彼の背に両腕を回して、抱き着いた。
「刀真さんが誰とも行ったことのない所に、沢山遊びに行きたい。私で最後になる場所にも、行きたい」
 突然の瑠奈の行動に驚き、刀真もまた赤くなっていた。
「瑠奈……」
『私のことを、一番に考えて欲しい、他の人に強い想いを向けたり、好きだと言ったり、抱きしめたりしないでほしい』
 そう、刀真に言っていた彼女は、刀真のことを一番に考えていて、他の人物に強い想いを向けたり、抱きしめたりはしないのだろう。
 肌で感じる強い想いに刀真は眩暈を感じた。
 契約を結んだパートナーとは違い、語り合わなければ、気持ちを知る事は出来ない。
 離れている時には、何もわからない。心の状態も、身体の状態も知ることが出来ない。
 刀真は瑠奈を抱きしめ返す。強く。
「ずっと、こうしていられたら。側で守りあえたら、不安になることなんてないのに。悩むことなんてないのに、ね」
 掠れた瑠奈の声が、耳元で響いた。
 抱きしめ合いながら、互いの鼓動を、呼吸を、存在を全身で感じあいながら。
 次の休みには、どこにいこうか。
 クリスマスは、どこで過ごそうか――。
 2人で過ごす幸せな時を、思い描いていた。

担当マスターより

▼担当マスター

川岸満里亜

▼マスターコメント

ご参加ありがとうございました!

美味しく楽しいティータイムを過ごせましたでしょうか。
私も皆様がアクションで指定された数々のスイーツ、食べたいです〜!!

それではまた、次のシナリオでお会いしましょう。