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リアクション
第7章 荒野とポップコーン
種もみの塔の傍に、この学園祭に向けて建てた『種もみ会館』がある。
猫井 又吉(ねこい・またきち)が日々の生活費に苦労するオアシスの住人を雇って建てたものだ。
今後もいろいろと使い道はありそうだが、今日はドキュメンタリー映画の上映会館として使われていた。
内容は、これまで又吉が撮影し続けてきた種もみ学院の活動を、二時間弱程度に編集したものだ。
さらにブラヌやカンゾーが宣伝しているのを受け、又吉も独自に宣伝した。
種もみ学院総長の名義で、ヴァイシャリーり富裕層、地球の環境団体や慈善活動団体などに招待状を送ったのだ。
そのかいあったか、身なりの整った客がちらほら見えた。
抜け目ない又吉は、切符売り場に募金箱も置いておいた。
映写室にいる又吉は、国頭 武尊(くにがみ・たける)がいるだろう座席を見下ろした。
「ポップコーンとジュース……事情を知らねぇ奴が見たらデートだな」
呟き、自身もポップコーンをつまんだ。
武尊の隣の座席には横山 ミツエ(よこやま・みつえ)がいる。
武尊に誘われたのだ。
何となく周囲から好奇の視線を向けられていたが、二人は無視した。
武尊がミツエを呼んだのは、種もみ学院の主な活動内容を知ってもらうためだ。
何となくミツエはこの学院のことをわかっていないような気がしたからだったが、それは当たっていた。
「若葉分校みたいなものじゃなかったの?」
最初に聞いた答えがこれだった。
種もみ会館に入る前に、会館の隣に開店した、弁天屋 菊(べんてんや・きく)が運営する『強飯店シード』でポップコーンとジュースを買ったのだが、その時支払いでもめたりもした。
これくらい自分で払えるというミツエに対し、
「オレが呼んだんだからオレが払うのが道理だ」
と、武尊が言い切ったことで決着がついたのだった。
学院起ち上げ時から地球への研修旅行、契約の泉の問題、迷子の虹キリンだけはミツエも知っている。
ミツエはひたすらポップコーンを食べながら、黙って映画を見ていた。
上映が終わり、会場内が明るくなっていくと空になったポップコーンの入れ物を脇に置き、ジュースを飲んでいた。
「あんた達の活動はわかったわ。──で、ただ知ってほしくて見せたわけじゃないんでしょ」
「話が早くて助かる。ノブレス・オブリージュって言葉を知ってるか? 有徳思想ってやつだ。昔から日本にもあったんだ。極端に言えば金持ちの義務的なもので、持てる者が得を施す。ただそれだけのことだ」
「あたしにもそれをしろと?」
「そんな押しつけがましいことは言わないさ。オレは金持ちってわけじゃないが、パラ実界隈ではそれなりの地位にあるし力もある。だから、カンゾー達から話を聞いて動くことにした」
パラ実S級四天王と名乗るだけで、顔は知らなくても名前を思い出す者は多い。
ミツエは話の続きを待って武尊を見つめている。
武尊は、まだ半分ほど残っているポップコーンを見ながら、思い出すように言った。
「カンゾーは言ってた。貧しいオアシスを救うためにがんばったが、オアシスを潰してしまったと。チョウコは言ってた。よそから奪わねば大荒野では生き残れないと。──君は乙王朝を興す際、誰もが飢えない国をつくることを目指してただろ。だからこそ、君にはできることがたくさんあるんじゃないかと、オレは思うんだがな……」
武尊かミツエを見ると、まっすぐな目とぶつかった。
不意に、ミツエが武尊の手からポップコーンを奪い、食べ始める。
「別に、あんた達と敵対する理由はないわよ。いいんじゃないの、友好関係で。手を組むことでお互いの利益があるなら、王朝にとっても悪くないわ。でも、お互いの揉め事にはノータッチでいきましょう」
たとえば、種もみ学院が何かのトラブルにあっても乙王朝は関知しないというわけだ。
逆もしかり。
ただし、個人的に首を突っ込むのは自由である。
ポップコーンを食べ終わり、ミツエは席を立った。
「ミツエ、切符売り場に募金箱あったろ。うちの又吉はスーツケース一個分寄付したって言ってたんだけど」
「ポップコーンとジュース代でいいわね」
ニヤリとしてミツエは言った。
「それと、虹キリンがたまに遊びに来ると思うから相手してあげてね」
武尊とミツエはここで別れた。
ミツエを見送る武尊に、強飯店のカウンターから顔をのぞかせた菊が声をかけた。
「デートの首尾はどうだったんだい?」
「デートじゃねぇよ」
「そう睨むなって。あたしが言ったんじゃないよ。おまえ達が一緒にいるのを見た連中が噂してたのさ」
武尊は頭を抱えた。
パレードの後、黒崎 天音(くろさき・あまね)とジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)はカンゾーのデコトラに乗って種もみの塔に戻ってきていた。
流れで闘恐竜を観戦した後、二人は種もみ会館で上映中の映画を見た。
そしてちょうどお腹もすいたということで、強飯店シードに寄った。
ジークリンデがまじまじと看板を見上げている。
「ゴウハン……いえ、おこわ?」
「よく読めたな。さっき来たモヒカン連中なんて、食べれば強くなると勝手に思い込んでってたよ」
菊は苦笑して言った。
「いろんなものがあるのね。どれもおいしそうね、天音さん」
「そうだね、迷うね」
菊が用意したメニューは以下の通りだ。
・強飯
・プラスB(オリザニン添加ジュース)
※オリザニンとは、米糠から精製されたビタミンBのことです。
・ポン菓子
・あんかけおこげ
※野菜は学院の畑で育てたものです。
・スープ(赤)・スープ(緑)
※赤はトマトや香辛料による。肉料理のスープ。
※緑は野菜のスープ。
ジークリンデが全部食べてみたいと言い出したため、メニューすべてを注文した。
もちろん、一人で食べきることはできないので、分けて食べることになる。
「赤いスープはけっこう辛いの?」
「そんなに辛くしてないよ。辛いのが好きなら手を加えるけど」
「いいえ、このままでいいわ。いただきます」
食べ始めてしばらくは会話がなかった。
おいしいわ、と言ったきり、ジークリンデが食べることに集中してしまったためだ。
スープを飲んで一息ついたジークリンデは、ようやくそのことに気づき恥ずかしそうに天音を見た。
「ごめんなさい。食べてばかりで」
「いいよ。おいしそうに食べるなと思ってた」
ジークリンデの食べ方そのものは綺麗だ。生前の名残だろうか。食べ方だけではなく、立ち居振る舞いすべてに品の良さが見られた。
「ジークリンデさんは好きな映画はある?」
「ん……映画自体、あまり見ないわね。バイトの関係で多少見たくらいかな」
「どんなものを見たの?」
「フリーターを追ったドキュメンタリー映画とか、低所得者を主題にした映画とかね」
「そうなんだ。じゃあ、さっき見た映画は少しは馴染みのある内容だったかな」
天音が学園祭のパンフレットを開く。
カンゾーに提案して、急遽、ブラヌに話して作ったものだ。
「種もみ学院の存在は知っていたけれど、どんな取り組みをしているのかは細かいところまでは知らなかったわ。私が知っていたのは、植林くらいね。最近のことなんだけど、苗木の発注がきたのよ。手続きは済んだから、もうじき届くんじゃないかしら」
「それって、種もみ学院から?」
「ええ。依頼者はチョウコさん。あの映画も、今までネットに流していたのでしょ。たまに寄付金の申し込みや移住関係の問い合わせがきてたわね」
へぇ、と天音は感心した。
「それらはどうなったの?」
「寄付金は学校運営のためにいただいたし、移住関係も調べて返事をしたわよ」
「……え、種もみ学院の資金にならなかったの?」
「種もみ学院て、パラ実の分校でしょ。送ってくれる人はたいていパラ実宛てに送ってくるのよ。ネットで動画見ました、パラ実のために使ってくださいって感じで。そう言われちゃうと、どうしようもなくて」
ジークリンデは苦笑を浮かべた。
天音も何とも言えない表情になったが、カンゾーやチョウコを思い浮かべて気づく。
「……うん、このままでいいのかもしれないね。あの二人に経理は無理だろうし」
後でこれまでの活動に反響があったことは、みんなに伝えておこうと天音は思った。
「そろそろ行こうか。待ち合わせがあるんだよね。送っていくよ」
「ありがとう。今日はとても有意義な時間を過ごせたわ」
「どういたしまして。そう言ってもらえると嬉しいよ」
天音とジークリンデは馬車に乗って契約の泉へ向かった。
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