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リアクション
「お? こんなところに教導団の奴がいるぜェ?」
「見回りごくろーサン! ついでだから何か置いてってくれやー」
どう見ても学生には見えない酔ったパラ実生が絡んできた。
(たしかに教導団の制服着てるけど、留学みたいなもんだからな)
彼らの誤解に湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は心の中でため息を吐いた。
しかも面倒くさそうな二人組だ。
凶司には待ち合わせの相手がいる。その人が来る前に、この二人にはお帰り願いたいところだ。
「今日くらいは平和に過ごしましょうよ」
「俺らはいつだって平和を願ってるんだぜェ。ただ、俺らの平和にケチつけてくる奴がいるから、揉め事になっちまうんだよなァ。だから、何か置いてけや」
(結局カツアゲじゃないか。めんどくさい)
凶司は仕方なくポケットをあさった。飴玉くらい持っていただろうか。
その時、軽やかな鈴の音が近づいてきた。
何だろうと思って顔を向けると、サンタのトナカイが一直線に突っ込んでくるのが見えた。
三人は悲鳴をあげて散らばった。
「ケーティ、ありがとね」
ミニスカサンタのケーティの隣から降りてきたのはベルネッサ・ローザフレック(べるねっさ・ろーざふれっく)だった。
ケーティは笑顔で手を振ると、伸びている酔っ払い二人を回収したトナカイを走らせていってしまった。
「凶司、待たせてごめんね。おしゃべりの邪魔だったかしら」
「い、いや……むしろ邪魔なのはあの二人……」
「それならよかった!」
ベルネッサの笑顔が少しはしゃいでいるように見えるのは、クリスマスの明るい雰囲気のせいか。
凶司は彼女と会ったら話したいことがいろいろあったはずなのに、緊張でみんな吹っ飛んでしまっていた。
女の子と過ごすクリスマスは初めてだ。
「え、えぇと、メ、メリークリスマス……ベ、ベル」
「メリークリスマス、凶司!」
屈託のないベルネッサにホッとしつつも、ふと思う。
(ベルネッサは、いつもどんなクリスマスだったんだろう。美人だもんな、付き合ってた人の一人や二人……)
考えたとたん、気分が沈んできた。
それをどうにか振り切って凶司は無理矢理言葉を続ける。
「きゅ、旧年中はお世話に……って、これじゃ年始の挨拶だ……。ごめん、やり直し」
凶司は一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
「えぇと……その、一年も経ってないですけど……まずはその、ありがとうございます」
「どういたしまして……?」
きょとんとするベルネッサに、凶司は慌てて言葉を付け足した。
「その、声をかけてくれたこととか、いろいろと」
「そんなのいいのに。私のほうこそ、今日は誘ってくれてありがとう。賑やかなパーティは好きよ。料理もあるって言うから、お腹すかせてきたの。空いてるテーブルあるかな」
「あ、あそこはどうですか? 犬がたくさんいる……」
二人は『キャバクラ喫茶・ゐずみ』に向かった。
ドーベルマンや雑種犬やらの歓迎を受け、二人はいかついホストにテーブルに案内された。
シャンパン、ステーキ、シチューとボリュームのある料理もあっという間にたいらげてしまった。
そして、ツリー型のケーキをカットしてきたものに差し掛かった頃、ベルネッサが凶司の服装について尋ねた。
「転校したの?」
「ああ……これですか。新しいパワードスーツの受領と……僕自身も鍛えておきたいと思って。春には、帰ります」
「そうなんだ。私も鍛え直そうかな。ぼーっとしてると、すぐ鈍っちゃうもの」
(あんまり強くなられると、僕が追いつかない……)
せめて彼女の隣に立って戦えるくらいになりたいというのが凶司の目標だ。
そして、目標が達成された時には……。
「……あの、ちょっと暑くないですか? スミマセン、上着脱ぎますね」
しかし、上着だけではすまなかった。
「凶司、下だけは脱がないでっ」
「す、すみません……もう我慢できません……っ」
「我慢してー!」
暑い脱ぎたいで頭がいっぱいの凶司と、それを真っ赤になって止めるベルネッサの姿があった。
ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)は、テーブルに落ち着くなりモップス・ベアー(もっぷす・べあー)にお礼を言った。
「招待に応じたことへのお礼なら必要ないんだな。羽を伸ばせる良い日なんだな」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でも、別も意味もこもっているの」
ウィンダムは現在イルミンスールが抱えている問題で、モップスが陰から自分達の活動を支援してくれていたことに深く感謝していた。
「大げさなんだな」
「奥ゆかしいのね。そういうところ、素敵だと思うわ。世の中には、自分を正当化するためにやたら威張り散らす男性がいるけど、正直、みっともないわね。それよりも、苦難を忍耐強く辛抱して、時々弱音や愚痴をもらしても、基本的にやさしさがある男性のほうがはるかに魅力的だわ」
力説するウィンダムを、モップスはぼんやりした目で見ていた。
ハッと我に返ったウィンダムは小さく咳払いして平静を取り戻す。
「その……あくまで私の話よ。私は、いぶし銀みたいなオジサマが好きで……モップスさんは素質があると思うの」
「いぶし銀的キャラで売り出す……?」
「え? いえ、そうじゃなくて」
(これは手強いわね……)
モップスに惹かれているとはいえ、いきなり恋人候補として意識してもらえるとは思っていない。
けれど、せめて異性として見てほしいと思う。
(……あら? でもたしか、モップスさんの恋愛対象は男性じゃなかったっけ……?)
ウィンダムは愕然とした。
(だ、大丈夫よ。お友達にはなれるわ! それに、今は対象外でも、いろいろと乗り越えて……!)
越える山がたくさんありそうだ。
「顔色悪いんだな。気分が悪いなら横にならせてもらうかな?」
「い、いいえ。平気よ! 何だか私ばかり話しちゃったわね。よかったらモップスさんの思い出話なんて聞かせてもらえるかしら。私、貴殿のことをもっと知りたいわ」
「きっと、聞いてもつまらないと思うんだな」
「そんなことないわ。モップスさん、前は日本の自治体で活動してたのよね。どんな感じだったの?」
「いつも走っていたんだな……いろいろ、間に合わなくて」
「間に合わない?」
「思わぬところで渋滞や事故や……」
「そ、それは……不運だったわね」
「都心部の渋滞は永久に不滅なんだな」
ふぅ、とため息を吐いたモップスがワインを手酌しようとしたのを止めて、ウィンダムがグラスに注ぐ。
すると、今度はモップスがウィンダムのグラスを満たした。
「それでも、お仕事続けたのよね」
「行った先の子供達のおかげなんだな。こっちが癒されてたんだな」
「子供か……。実は私、子供の相手ってどうやったらいいのかわからないのよね」
「簡単なんだな。一緒に笑えばいいだけなんだな」
他愛ないおしゃべりに、ウィンダムは少しずつモップスとの距離が縮まっているように感じた。
次に機会があれば、カフェ・ディオニウスに招待したい。
そんなことを思った。
(花音とリュート兄も交際始めたし……。もしかしたら私は、この人と心の繋がりを求めているのかしら)
ぷはー、とオッサンくさく息を吐き出したモップスを、ウィンダムはやさしげな微笑みで見つめていた。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)の体調はすっかり良くなっていた。
「心配かけて悪かったな、加夜」
「本当に心配したんですよ。……と、言いたいところですが、良くなったならいいんです。それに、今日はクリスマスですから楽しいことだけ考えましょう」
涼司は、山葉 加夜(やまは・かや)の手を握ることで応えた。
主催者はパラ実生だが内容はパーティなので、加夜はドレスを着ていくことにした。
クリスマスを意識して白いタイトなデザインのドレスに赤いリボンをあしらったものだ。
涼司は一見ふつうのジャケットとパンツだが、腕時計のベルト部分はクリスマスカラーだった。
スタッフの天使やサンタガール、蝋燭の明かりがあたたかいテーブル、時折鳴るクラッカーの音。
広い会場を二人は腕を組んでゆっくり歩いた。
たまに冷かしてくるパラ実生を軽くあしらって。
そして、二人が足を止めたのはクリスマスツリーをイメージした高さ二メートルほどのケーキ。
「遠くから見た時はツリーに見えましたのに」
「これ、ウェディングケーキだよな?」
「そうですね。ふふっ、おいしそうです。ナイフもありますし、切って食べましょうか。涼司くんはどこがいいですか?」
「じゃあ、そこのショートケーキっぽいところを。──なぁ、ショートケーキだよな? 食べたらチョコ味だったとか、ないよな?」
「さあ、どうでしょうね。パラ実生が作ったみたいですから」
「何だか不安になってきたな……。自称小麦粉とか使ってないよな」
「まさか。そんなに心配ならやめておきますか?」
「いや、食う」
涼司の即答に、思わず加夜は笑ってしまった。
甘い物好きな加夜が幸せを独り占めしたような顔でケーキを食べているのを、涼司は微笑ましく見ていた。
「な、何ですか?」
「うまそうに食うなと思って」
「食いしん坊って言いたいんですか?」
「そうかもしれないな」
「今日はそれでいいんです。食いしん坊な私は涼司くんのケーキも食べてしまいますよ」
「そ、それはダメだっ」
涼司はケーキを守るように腕で覆った。
加夜も少し悪戯したくなる。
「どこを狙いましょうか〜」
フォークをさまよわせてみせると、涼司はますます慌てた。
「ふふふっ、冗談ですよ。……それにしても暑いですね。会場の熱気でしょうか」
「外だぞ。こもることはないだろ。大丈夫か?」
「何だか体の中から熱いんです。でも、さすがに脱げませんよね……」
「ダ、ダメだからな!?」
腰を浮かせた涼司に、しかし、加夜は困ったように微笑んだ。
辺りを見回した涼司の目が種もみ会館を捉えた。
「あそこ、ベッドがあったよな。休ませてもらおう」
涼司は加夜を支えて会館に向かった。
ベッド二台分ずつ一応の仕切りをされた一角を借りる。
ベッドに腰を下ろす加夜の口から、熱っぽい吐息がこぼれた。
心配する涼司をうるんだ目で見上げる加夜。
「涼司くん……ファスナー下げてもらっていいですか?」
「……!」
背を向けて頼まれ、涼司は衝撃を受けた。
アップにしたために見える綺麗なうなじが、いつも以上に眩しい。
このままではいけないことをしてしまいそうで、涼司は慌てて加夜に毛布をかぶせた。
「脱ぐならその中で脱げ」
「暑いです……」
「ダメ」
諦めたのか、毛布の下で加夜がもぞもぞと動いている。
涼司は白いうなじの残像を追い払うように座り込んだのだった。
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