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冬空のルミナス

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冬空のルミナス

リアクション


●あんど、らばーず、かむあげん

「ふぁ……」
 湯気上げるコーヒーカップ、両手に伝わってくる熱と、ホットチョコレートの香りが嬉しい。幸せというのは、こういうときに感じる気分を言うのだろう。
 うっとりした目で小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、カフェから街並みを眺めていた。
 寒いかとも考えたが、思い切ってオープンテラスを選んでよかった思う。飲み物は熱いくらいだし、華やかなりし元旦の繁華街、その空気を直接感じることができるから。
 美羽は落ち着いた気分で、ほんの少し前までのはしゃいだ記憶を、じんわりと温かく胸に反芻する。
「思い出し笑いかい?」
 向かいに座ったコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が微笑した。
 彼の前にはコーヒーとドーナツ。ドーナツは飾り気のないオールドファッションだ。シナモンの香りがする。
 ついさっきまで、彼らは七刀切、パティ・ブラウアヒメルと一緒にいたのだ。ダブルデート。新春のショッピングを楽しんだ。
 かわいい冬服で着飾りたいもんね、年も明けたことだし……! そう提案して二人を誘ったのは美羽だ。もちろん、思いっきりオシャレして、コハクのハートをしっかりつかもうという考えに基づいている。
 新春セールということで、普段なら手が届かないような値段の服も買った。夜会服なんてのもチョイスしてみた。
「これなんて、パティに似合うんじゃないかな!」
 そう言って美羽は彼女に、ピンクのセーター&グリーンのコーデュロイスカートを勧めてみた。読みは的中、試着室から出てきたパティはまるで春の花のようだった。いや、正確には『照れ顔した春の花』というべきか。ちなみに美羽の好みで短めのスカートを選んでみたのはご愛敬。近いうち、春花バージョンのパティが見られることだろう。
 お返しにパティが美羽に選んでくれたのは、白地のシフォンワンピース。ちょっとガーリーなテイストもあるが、ブルーとイエローの花柄が、乙女チックな感覚を振りまく品だ。編み上げのベルトもあって、トータルではとても柔らかな雰囲気だった。
 ――ちょっと大人っぽくもあるんだよね……でも、気に入ったな。
 彼らとはランチをとって別れた。これからパティと切は水入らず、空京神社に初詣に行くという。美羽とコハクはその後もうしばらく街をぶらついて、ここで休憩中なのである。
 さてどこで披露しよう?――美羽はそんなことを考えている。
 実は彼女、買ったばかりのワンピースをコートの下に着込んでいたのだ。試着中も「内緒」なんて言ってこの服を、ほとんどコハクには見せていない。ダッフルコートはしっかりと合わせ目を閉じているから、まさか着替えが済んでいるとは、コハクは夢にも思っていないだろう。どこかのタイミングでいきなり披露して、驚かせてみたいという美羽の茶目っ気である。
「つぎはどこに行こうか……」
 ゆったりと言いかけたコハクだが、突然、表情を変えた。
「あれ見て」
「どうしたの?」
「カーネリアン……カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)じゃないか?」
 コハクは、通りの向こうを目で示した。たしかに、そこにいたのは彼女だ。あいかわらず厳しい表情をしているが、なにか急いでいるのか、駆け足気味だった。
「神社の方向ね」
 ぐっとカップを空けると、美羽はカーネの背を目で追う。
「行ってみる?」
「いや……待って」
 コハクは手を伸ばして美羽を止めた。
「美羽、なにか不穏な空気を感じない? この場所を、澱んだ『気』がつつんでいるような」
「そう……かも」
 美羽も武道の達人だ。コハクの言うことをすぐ理解した。
 気の流れが変わったように思う。なにかがこの街に入り込んだ……あるいは、潜んでいたものが這い出してきたような……。
「……リアジュウー」
 かすかにそんな声が聞こえた気がした。

 今年も良い一年になりますように――空京神社に祈願して、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)とともに、空京の繁華街まで出てきている。
 二人揃って和服だ。
 歌菜は、紫がかった桃色の振り袖姿、同様に明るい配色の髪飾りもあって、一足早く春が来たような華やかさ。年頃の姫君のようでもある。
 一方で、羽純のシンプルな和服もよく似合っている。飾り気のない薄墨色、帯の茶色がこれをきゅっと引き締めていた。江戸中期の武士のよう。大小の刀を佩いても調和するかもしれない。
 破魔矢も買ったしお守りも買っておいた。いい一年の幕開けとなったようだ。
「羽純くん、なにか食べようか?」
 心は満ち足りているが、お腹はちょっと空いてきた。
「そうだな……なにがいいか」
「甘いものにしない? 実はね、羽純くんが好きそうな甘味処、見つけておいたんだ」
「それはいい」
 クールな外観に似ず、羽純はかなりの甘党なのである。目元に笑みが浮かんでいた。
「あそこの通りを右に曲がったところで……」
 歌菜は、唖然とした。
 信じられない騒ぎが繰り広げられているのを目にしたのだ。
「なんですか? あのゴムの怪物はっ!?」
 突拍子もない初夢でも見ているのではないか、そんな気すらする。
 そこは見慣れた繁華街だった。しかし見慣れないものが大量……ピンク色した奇妙な怪物だ。あっちにもこっちにもいる。たくさんいる。大きくなったアメーバのような姿で、ぐにょぐにょうねうね、這い回ったり飛んだりしている。グロテスクというよりはユーモラスな姿、人を殺傷するほど凶暴ではなさそうだが、敵意を持って人々を襲っていた。
 ――カップルばかり襲ってる!? ……襲われた人の服が……!
 怪物の性質を察すると、歌菜は自分の顔が熱く、赤くなってくるのをおぼえた。
 怪物は人をつつんで動けなくするだけのようだ。しかし、そのゴムじみた体表が付着した衣服は、なぜか透明になってしまうのである!
 したがって繁華街のほうぼうが、忽然と出現したヌーディストビーチのようになっている。
 綺麗なお姉さんが、胸を両手で隠して悲鳴を上げていた。その相手らしき男性は、全裸は隠さずただ、自分の頭を覆って号泣していた。どうやら帽子、もとい、カツラが透明になってしまったらしい……気の毒! といっても一部、これを歓迎しているような不届き者もいるようだ。
「リアジュウニサバキヲ−!」
「こっちにも来る!?」
 声だけ聞けばコミカルなのだが、大変物騒なことを叫びつつゴムが飛んできた。どうやら歌菜と羽純は公式にリア充認定された模様だ。喜ぶべきか……いや喜んでどうする! それどころじゃないのだ。もし羽純があの毒牙にかかたっとしたら……!
 ――このままでは羽純くんの、は、裸が……
 しなやかな彼の体が脳裏に浮かんだ。きめ細かな肌が。長い脚が。広い胸が。逞しい背中が……なにひとつ隠すもののない状態ですべて白日の下に……!?
 ――絶対に他の人に見られちゃダメーッ!
 パニックパニック! 頭が瞬間的に沸騰しそうになる。だが必死で我を保ち歌菜は決意した。今こそ、アルティメットフォームを発動し変身すべきときだと。魔法少女アイドル『マジカル☆カナ』に!
「だ、断固、阻止です!」
 まばゆい光に包まれ、踊るようにして歌菜は空に翔んだ。たくさんのリボンが振ってくる。たくさんの花が咲き誇る。
 着地したとき、歌菜はもう『マジカル☆カナ』だった。
「人の幸せを邪魔する人は、誰が許しても、この私が許しませんからッ」
 両手を胸に当て歌菜は目を閉じて唄った。それは愛の歌。歌菜が目を開けると同時に歌は実体化し無数の槍へと姿を変えて、銀の切っ先きらきらと、きらめきながら怪物たちへ降り注ぐ。ゴム怪物は「ヒイー! リアジュウメ……」などとわめきながら刺し貫かれ、消滅していった。
 だが敵の数はまだまだある。あの一撃で十数体倒したはずなのに、一向に減った気がしなかった。
「羽純くん、下がってて! 逃げてっ」
 振り返らずに歌菜は叫んだ。せめて彼が逃げる時間だけでも作らねば。
 もう一度攻撃。もう一度槍の雨だ。さっきより大きい。今度も大量の桃色を倒した。けれど……。
 ――怪物の数が多くないですか?
 歌菜は、額に汗をかいていた。焼け石に水だったようにしか思えない。そこら一面に怪物がいる。しかも派手に攻撃したのがまずかったのか、彼ら(?)はぴちぴちと歌菜のほうに向かってくるではないか。
「もしかして、ピンチ?」
 その通り。数匹がいっせいにジャンプしてきた。
「い、いやーッ! 私に触らないでーっ!」
 脱がされる。いや、正確に言えば服だけ透明にされる! お外で! 公衆の面前で! 絶体絶命ではないか。
 しかしゴム怪物の跳躍が到達することはなかった。突然分厚い氷の壁が出現し、いずれも弾き返したからだ。
「歌菜。俺に逃げろ、って言ったけどな……普通、逆だろう」
「は、羽純くん? 逃げたんじゃなかったの?」
 歌菜を支えるようにして羽純が立っている。彼が伸ばした手の先からエネルギーの残滓がほとばしり、青白い冷気を発していた。
「置いて逃げられるわけないだろ、バカ」
 羽純は冷静だ。焦っているようでも、怒っているようでもない。
「力を合わせるぞ」
 ほんの一瞬だけ、羽純は彼女に視線を向けた。だがそれで充分。彼の意思はすべて伝わったと歌菜は思う。
 ――俺たちは、夫婦だ。
 だから協力し合うべき、そう言っているのだ。
 ――羽純くんたら、新年早々、私の王子様すぎます……!
 卒倒しそうなほど嬉しい。だが卒倒なら後でしよう。歌菜は歯を食いしばった。
 この危機、絶対に乗り越えてみせる! 二人で!