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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第23章 そして、また1人

 朋美達と会った翌日、アクアは印刷した紙を片手に、該当する不動産屋を回っていた。だが、未だに運命の出会いは訪れない。思ったよりも一部屋一部屋が狭かったり、立地が良くなかったり、もう売れてしまっていたりと理由は様々だが、最後のは兎も角として、その家屋を選んで後で後悔しない自信がない――つまりのこと、何か、決め手に欠けるのだ。
「それだけの数を見ている努力は買うが、いくらなんでも要求が高過ぎるだろ」
「そんなに高いのでしょうか。必要最低限だと思っていたのですが……」
 昨日に続いての柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の突っ込みに、アクアは表情を曇らせた。条件が揃った家が良いというのに変わりはないが、同じようなことを連続して言われると、自分の基準に少し懐疑的にならざるを得ない。
 ……もしかしたら、自身でも薄々は気付いていたのかもしれないが。
 何せ、訪問する不動産という不動産が条件を聞いた瞬間に口元を引きつらせるのだ。
「流石に要求が高過ぎですよぉ……せめて半分くらいに絞らないと」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)も、悲鳴を上げられない不動産屋の代わり、という感じの表情でアクアに言う。
「私だったら、リビングとかキッチンとか専用部屋とかクローゼットとか……あと、ユニットバスと町内会がない、という方が理想ですけど、探してるのって工房ですよね?」
「ええ……。機晶工房として使おうと思っています」
「……それなら、ある程度の居住性は諦めたほうがいいと思います」
 控えめながらはっきりとしたヴェルリアの意見に、アクアは反駁のしようもなく口を噤む。そこで、真司が提案した。
「とりあえず後半の条件は諦めて、客間を含めて個室が5つ以上……」
 ちなみに、個室の数が昨日より増えているのはメンバー数が増えたからである。
「作業に余裕のある大きい部屋、それに防音加工済みで探してみたらどうだ? 倉庫は別に探すとして、これなら見つかるかもしれないぞ」
「そうですね。何なら、防音加工は後からでもできますし、この位の条件なら当てはまる場所もあるかもしれませんよ!」
「そ、それは……」
 真司と、そして目を輝かせたヴェルリアを前に、アクアはたじろぐ。確かに、2人の言う通りの条件の物件ならパラミタ上に――ツァンダにも建っている可能性はある。実際、似たような物件ならいくつか記憶に引っ掛かっていた。
「……………………」
 だが、夢のウォークインクローゼットや、書斎を諦めるのは中々に決心が要ることだった。町内会の煩わしさもやっぱり嫌だし、モフタンに家中を飛び回られるのもちょっと困る(モフタンは訓練されている癖に、アクアの言う事はあまり聞かない)。
 しかし――
「分かりました。背に腹は変えられません」
 アクアは、苦渋の決断をした。
「その条件プラス、バストイレ別で探しましょう」
 ――往生際が悪かった。
「これだけは譲れません。……在ると思いますか?」
「そうだな……予算は上がるだろうけど、無いこともないだろう」
「その位なら、見つかるかもしれません。次に行く不動産屋さんはどこですか?」
「もうすぐ近くです。あと50メートルも歩けば着くと思いますよ。……ああ、彼女の手は絶対に離さないでくださいね」
 ここまで来る中でも、ヴェルリアは何度かあさっての方向に行きかけた。「分かっている」と真司が答えてからほんの数分。
 不動産屋に着いた3人は、まず店の外に貼られた見取り図を確認することにした。

(うう、お金がないです……)
 その不動産屋では、見取り図を前にした天神山 清明(てんじんやま・せいめい)が、ガラス壁に両手を付けて涙目になっていた。
 未来人である彼女と同一人物である「清明」がこの時代で産まれたのは、2ヶ月程前のこと。「清明」を産んだ母の天神山 保名(てんじんやま・やすな)は地祇としての力を娘に譲渡し、獣並みの知能の「白面九尾」となってしまった。清明――否、「自分」が生まれたことで名を変えた宿儺は、言葉での意思疎通が不可能となった母を看病しようとしたのだが、そこで父の天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)に拒絶され――
『……なんでですか? 清明は……一人前じゃないからですか? ……こうなったら、修行して一人前になって父様を見返してやる!』
 と、この時に家出をし。
 工房を借り様にもお金がなく、この2ヶ月間、ずっと根無し草状態だったのだ。
「はぁ……」
 近くにあるのに手が届かない、そんな部屋の数々を前にすれば溜息も出るというものだ。
(家族の為に出て来てしまいましたが……どうしよう……いいえ、ここで自立して父様を驚かせてやるのです!)
 途方に暮れかける心を、何とか奮い立たせる。
「ここは、工房にするには少し狭いような……」
「工房!?」
 その中で、隣から聞こえてきた台詞に過剰反応してしまうのも無理からぬことだろう。思わず振り向いた宿儺は、驚いた様子の3人に続けて訊ねる。
「今、工房って言いましたか!? 工房って何の工房です? も、もしかして魔かが……」
「え、あの……機晶工房ですが……」
「機晶工房!?」
 勢いに押されつつ答えたアクアは、更に食いついてきた宿儺に身を引きつつも言う。
「機晶生命体のメンテナンスや修理、改造等を請け負いながら研究を行う工房です。同時に、機晶技術に魔法を組み合わせる研究を……」
「機晶技術に魔法……」
 それを聞いて、宿儺は光明を見た気がした。明日をも知れなかった未来が、今は具体的にイメージできる。
「何故、そのような研究を?」
「それは……興味を持ってしまったからですが、私は……」
 どこまで話すべきか、と逡巡してから、アクアは話し始めた。研究をするに際して、自分に課したルールについて。決して意識と心を持つ存在を披験体にしないという事を。
「そうですか……なら、『魔法』と『科学』を融合した『魔科学』の研究者、天神山宿儺がそのノウハウをお教えしましょう!」
「!? な、何ですか突然……」
 ドン引きしている。アクアはドン引きしている。真司とヴェルリアも一歩引いたところで何事かという表情をしていた。だが、ドン引き程度でひるむ宿儺ではなかった。今後の生活がかかっている。
「……その代わりと言っては何ですが……共同研究者という事でその工房に置いてほしいのです!」
「……!? ちょ、ちょっと待ってください魔科学って何なんですかその前に貴女は一体誰……いえ、宿儺といいましたかしかし素性は……私が素性をとやかく言うのも何ですが、何者かも分からない者を仲間には加えられません」
 昨日、会って数時間の朋美を仲間に加えたアクアだったが、彼女が身を置く背景は判明していたし怪しさは感じられなかった。だが、会って数分の宿儺からは今のところ怪しさしか感じられない。何より、背景が見えないのが落ち着かない。
「怪しいものではないのです! 身分証は……パラ実なので無いのですが、宿儺は未来から来たのです!」
 宿儺は、何とか工房に置いてもらおうと魔科学について説明する。
「この『魔科学』は元は『十天君』という悪い妖怪達が考案した物らしいのです。……それを引き継いだ父様もたくさんの人を『不幸』にした悪人でした。でも、宿儺は……『魔科学』で人を幸せにしたい……そしてこの時代の父様に考え直してほしいのです……。この研究は、人の幸せの為にあるべき、と。だから…宿儺はアクアさんの手助けがしたい……その高潔な精神に、敬意を表して」
「……貴女……」
 真っ直ぐに見つめられて、アクアは怯んだ。1歩引いた彼女の前で、宿儺は更に土下座をする。
「……!?」
「何でしたら家事手伝いでもいいのですので! 行く所がなくて困ってるのです!」
 そこからは、答えが返ってくるまでは頭を上げないとばかりの一生懸命さが伝わってくる。
「ちょ、ちょっと、あの……」
「ど、どうするんだ、アクア……」
「アクアさん……」
 困り果てたアクアに、同じく困惑しているらしい真司達が声を掛けてくる。どうする、と言われても昨日以上に即決は出来ない。それでも、宿儺には何とか頭を上げて――というか立ち上がってほしいし、家出中と言った彼女の言葉が嘘ではない事は何となく伝わった。だが、仲間に入れても大丈夫だという安心感が覚えられずに頷けない。
「……………………」
 通行人がもれなく一瞥していく中で、追い詰められたような気持ちで考えていたアクアは30秒程の間の後にとりあえずの答えを出した。
「……まだ信用出来ないので共同研究者にとは言えませんが……家事手伝いということでしたら……」
「! あ、ありがとうございますアクアさん!」
 こうして、暫定だがまた1人、工房メンバーが増えたのだった。