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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第27章 盗難された部品の行方

「ここが現場だ。まあ、見ても何も判らないと思うけどな」
 ヒラニプラの教導団管内にあるイコン部品保管庫までルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)日下部 出雲(くさかべ・いずも)を案内したのは、2人と同階級の教導団員だった。口元を引き締めた鉄面皮めいた顔で、しかし多少辟易したように語り聞かせる。
「教導団自体でも調査はしたし、警察も現場検証を行っている。これまでに自分達で解決しようとする団員達も飽きる程に案内してきた。だが、手掛かりは何も出てきていない」
「そうかもしれませんが、ここが被害に遭っていなかったとしても、この事件はシャンバラの治安を預かる教導団員として放ってはおけませんよ」
「……似たような台詞を、もう何回も聞いたな。まあいい。非番の日を利用してする調査は、私生活の範疇に入るからな。自由にすればいい」
 教導団員は投げやりとも取れる言葉をルークに返すと、2人から適度に距離を取った。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
 ルークは早速、広い保管庫の中を見回り始める。ここに泥棒が入ったのは、1週間程前のことだった。盗難が起きて以来、まだ新しく部品が補充されていないのかぽっかりと何も無い空間があった。ルークと出雲は大きめのそこに立ち、周囲の状態を確認する。警察の捜査資料は事前に目を通したが、各現場を直に見ないと盗まれた状況やシチュエーションが想像出来ない。犯人が手掛かりを残しているのならサイコメトリの使用で何か判るかもしれないが、今の所は証拠となる物が見つかったとの報告も無かった。教導団員が言った通り、この現場でも同様だ。
 ――といっても、ルークも出雲もサイコメトリは使えない為、必然的に別の捜査方法になるわけだが。
 これまでに捜査官達もやってきているだろうが、基本は大事だ、とルークは言う。
「出雲さん、自分が犯人になったつもりで犯行のやり方を考えるんです。自分ならどう盗むのか。どう運んで、どう逃げるか。また、盗んだものを何処に隠して、次の犯行までにどう過ごすのか」
「むう、拙者が犯人だったら、でござるか……」
 きょろきょろとしていた出雲は、それを聞いて悩ましげな顔をした。大太刀に半ば体重を預け、前傾気味の姿勢で何も置かれていない床を見つめる。自然と唇を尖らせていた彼女は、そういえば、と顔を上げると団員に訊いた。
「それで、盗まれた部品というのはどのくらいの大きさだったのでござるか?」
「……ああ、その横にあるのと同じくらいの大きさだったな」
「!? なんですと!?」
 こともなげに返ってきた答えに、出雲は弾かれたように背筋を伸ばした。正に彼女の横にあったその部品は、人の身長2人分程の高さがあった。横幅も大きい。
「いやいや、これはもうポケットに入れて持ち出すとかのレベルじゃなく、イコンや大型生物でないと持ち運べないでござるよ! ……はっ! まさか犯人は巨大生物……部品を食料にする生物が……」
「それでは、証拠が残り過ぎるくらいに残るのでは?」
「で、ござるな。イコンでは人目につかずに行動するのは難しそうでござるし……となると、全部解体して運び出すとか……でも拙者、解体は出来ても組み立てる自信はないでござるよ〜」
「「…………」」
 頭を抱えて地面をごろごろ転がる出雲に、ルークと教導団員は無言という方法でしばしツッコミを入れていた。しかし、いつまでも観ていても仕方ないので、頃合を見てルークは言う。
「あの出雲さん……出雲さんが組み立てる必要は無いんですよ? 犯人に組み立て能力があれば……」
 そこまで言って、ルークは思う。やはり、犯人はイコンなり何なり、何らかの兵器を組み立てる為に部品や鉄材を盗んでいるのだろうか。金銭目的以外には、それ位しか可能性として思いつかない。だとしたら――

「……犯人の目的が見えてこないのが嫌ですね」
 その頃、ソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)は情報課に赴いて情報収集を行っていた。主に調べるのは、裏社会の動向である。盗難品がもしどこかの闇市場に出れば、少なからず話題に挙がる筈だ。
 そう思ったのだが、事件の起き始めた数ヶ月前まで遡ってもそんな記録は見つからなかった。金目的であれば、ジャンク屋等に運び込んだものが捜査の網に引っ掛かるだろうが今の所はそういった報告も無い。
 一度、記録の束を横に置いて盗難品のリストを見直してみる。盗まれた場所と品の文字列をざっと見ながら、ソフィアは呟く。
「犯人の居住地も判りませんし、特定のしようもない……これが、犯行を分散している理由でしょうか。それにしても、盗まれているのは量産品が多いですね……」
 彼女には、盗みを犯す程のリスクを負う価値をリストから見出せなかった。秘密裏に研究開発された特殊品というわけでもない量産品を、何故盗もうと思ったのか。
「考えられるのは……手に入れる必要性はあったが、買う金は無かった……ですか」
 犯人は所持金の少ない技術者か何かだろうか。そう考えながら、再び裏社会に関する資料を手に取る。仔細に内容を確認していたソフィアは、ある1箇所に目を留めた。
「『悪人商会』……?」
 数ヶ月前に突然現れ、頻繁に商会を訪れている男がいる。用件は判らなかったが、時期の一致が気になった。

 一方、部品保管庫では。
「もう、犯人がボロを出すか、警察が捕まえるのを待つしかないだろう」
 ルークの言葉を聞いて「そうか」とばかりに立ち上がり、出雲はまた人目を憚らぬ様子で悩みだしていた。それを見ながら、教導団員が言う。
「そうはいきません。既に、新聞やニュースで取り上げられてしまう程に一連の盗難事件は悪化の一途を辿っています。盗まれた部品が何らかの兵器を造るのに使われ、犯罪や戦争の道具に使われようとしているなら……特に、地球に運ばれていたら最悪ですね」
「…………」
 教導団員は少し顔を顰めた。その先で、何が起こるのかを想像したのだろう。
「パラミタの技術は地球の技術を数段上回っていますから、もしも地球に持ち出されていたら大勢の人死にを出す結果になりかねません。地球とパラミタの関係悪化は避けられないことになります。ですので、早期に盗まれた部品を取り戻し、犯人逮捕をしなくてはいけません。……私的な理由で集中的にテロを仕掛ける人物もいますし、その方面も危惧する必要があるでしょう」
 話しながら、ルークは先日デパートで起こった兎事件を思い出した。あれは、完全なる犯人の私怨による犯行だった。政治的な問題にはならなかったが、100人以上の重傷者を出した。それも、一般人の。
 それを考えると、悠長に構えている時間は無い、と思わざるを得ない。
「事態の深刻さ、お判り頂けましたでしょうか?」
「む……」
 教導団員は言葉に詰まったようだった。だが、すぐに再び口を開く。
「しかし、調査の方法が無いことも事実だろう」
「確かに、狙いを定めて調査をする方法はありません。だから俺達は1件ずつ、事件の現場を回ろうと考えています」
「1件ずつ……? 全部見て回るつもりか。手掛かりが無いのに?」
「手掛かりが無いかどうかは、見てみないと分かりません。大事な事は、全ての現場を直に見るということなんです。盗難がパラミタ各地で起きている為、現状、捜査に当たる警察機関はバラバラです」
 その為、捜査官のプロファイリング方法や考え方に一貫性がないのが実情だろう。
「ですが、1人で全ての現場に足を運ぶことで、見えてこなかった一連の犯行の特徴が浮かび上がってくるかもしれません。来ないかもしれませんが」
「それで、全部を見ようというのか。……ご苦労な事だな」
 呆れたように教導団員が言う中で、ソフィアから電話が掛かってきた。報告を聞いたルークは、眉根を寄せる。
「悪人商会? ……分かりました。ソフィアさんはそちらの方を調べてください。危険が伴うかもしれませんが。はい、気をつけてくださいね」
 そして、彼が話をする横では、教導団員もまた電話を耳に付けていた。
「……今日の派遣スタッフは13人か。そうだな、振り分け先は……」