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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第5章 忙中閑あり

「え? 機材が故障ですって?」
 空京にあるレコーディングスタジオで、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は驚いて声を上げた。アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が困り顔のスタッフに確認する。
「直りそうにないんですの?」
「はい。すぐ、というのは難しそうです。今日中に直るかどうかも怪しい状態で。なので、今日の収録はここまでということで」
「ここまで……」
 さゆみはアデリーヌと顔を見合わせた。アルバムに収録する曲を新録している最中だったのだが、そういった事情なら仕方がない。そして、この事実は――
「これってもしかして、夕方までオフってこと?」
「と、いうことですわね」
 思いがけなく自由時間が出来た、ということを示していた。春のライブ、アルバムのレコーディングとその売り込みへ向けての準備だけでなく、今年の春アニメの主題歌に新曲が起用されてそのイベントに出演したりと、さゆみ達はここ最近、コスプレアイドル『シニフィアン・メイデン』としての活動が大学生活と並行して壮絶に多忙だ。
「……週休二日って都市伝説だっけ!?」とぼやく状態の2人にとって、夕方のラジオ番組出演までの時間が空くのは僥倖以上の何物でもなかった。
「……ちょっと街中でもぶらついてみる?」
「そうですね。せっかくですから」
 ぽっかりと出来た休み時間を満喫しようと、彼女達は早速外に出ることにした。さゆみはいつもツインテールにしている髪を下ろして、頭にキャスケット、眼鏡、ダッフルコートにスカートという格好。アデリーヌはベレー帽を被ってピーコートを纏い、ボトムはスリムパンツという、2人共軽めの変装だ。大きなサングラスを掛けたりマスクをしたりという類の変装はしない。シンプルな方が、かえってバレないものなのだ。
「アデリーヌ、空京市街の地図って持ってたっけ? 道案内してもらいたいんだけど……」
 ぶらつくといっても、さゆみは絶望的方向音痴だ。自分の住んでいる街でも容赦なく迷う。適当に歩いてラジオの開始時間までにスタジオに着けない事態になったら大変で、自分の方向音痴を考えたらそんな自殺行為は出来っこない。だが、今日はきちんと考えていた。普段はさゆみが先行して歩くことが多くアデリーヌを巻き込んでしまうが、本来、彼女は方向音痴ではない。地図も読める。
 その相棒に案内してもらえば、時間前にスタジオにも着けるだろう。
「はい。スマホの地図もありますし、安心してください。どこに行きたいですか?」
 久しぶりに好きなところへ行けるとあって、アデリーヌは嬉しそうだった。さゆみもわくわくしながら、彼女の開いた地図を覗き込む。
「そうね、とりあえずスタジオの場所だけチェックしておいてそこから遠すぎない場所で遊ばない? この辺、ショップも多いし」
「わかりました。じゃあこっちへ……あ、そっちじゃなくてこっちですわ!」
「えっ、こっち!? 危ない危ない……また正反対の方向に行くとこだったわ」
 そんなこんなで、2人は街歩きを開始した。

「結構買えましたわね。前から行ってみたかったお店にも行けましたし」
「うん、コスプレ用に使えそうな布もGET出来たしね」
 それから暫く。アイドルだとバレることもなく幾つかの店を回り、さゆみとアデリーヌはスタジオを目指すことにした。道草を交えつつのんびりと行けば、ちょうど良い頃合になるだろう。
 歩く先では、着ぐるみを来た何人かが等間隔に道に並んでティッシュを配っていた。学芸会の森の木役、みたいな着ぐるみで顔が出ている為、ゆる族ではないことが分かる。
「さゆみ、あそこの着ぐるみ、ファーシーさんじゃない?」
 地図から顔を上げたアデリーヌが、手前に立つ着ぐるみを指差す。「え?」と思って視線を追うと、確かに着ぐるみに嵌っている顔はファーシーのものだ。青い髪も出ているし間違いないだろう。
 着ぐ――ではなくファーシーは、ティッシュの少なくなった籠を持ってこちら側に歩いてくる。道端に置かれている段ボール箱の近くに立った彼女に、さゆみは声を掛けた。
「ファーシーさん」
「? …………? あっ、」
 ファーシーの口が「さ」の形に開いた瞬間、さゆみは唇に人差し指を当ててウィンクした。キャスケットの鍔をちょっと下げて、彼女に近付く。
「バイトしてるの?」
「うん。これ着てみたかったから応募しちゃった。可愛いでしょ?」
「え? ……そうですね。単純なデザインで、可愛いかもしれませんわ」
 アデリーヌが答え、さゆみも頷く。アリかナシかの2択だったら、まあアリの方だろう。
「それに、ちょうどアルバイト探してたし」
 ファーシーは複数のアルバイトをしている事、最近になって、仕事の数を絞ろうと思っていること、長く続けるならどういう仕事が良いのか考えて、珍しい案件があったら応募してみたりしていること、出来れば機械関係の仕事が良いこと等を簡単に話した。
「これは、ずっとはやらないと思うけど」
 ティッシュ配りの将来性を考えてのものなのか、着ぐるみを着れたからもう満足したしという意味なのかその両方なのか、照れ笑いを浮かべる。
「さゆみさんとアデリーヌさんはどうしてアイドルの仕事を選んだの?」
「私達?」
 さゆみとアデリーヌは、お互いに目を瞬き合った。意識したことはなかったけれど。
「元々歌を歌ったり、コスプレしたりするのが好きで、気が付いたらそれが仕事になってたのよね。というか、実はあまり仕事という実感がないんだけど……」
 話しながら、さゆみは思う。その意味では、まだまだ自分は一人前ではないのかもしれない。
「さゆみ、そろそろ……」
 アデリーヌは、そこでスマホの画面を示しつつさゆみを促した。ファーシーも仕事中だし、こちらも次の仕事がある。長時間おしゃべりする訳にもいかないし、さゆみがすっかり調子に乗ってしゃべりだす前に切り上げさせる必要があった。
「あ、そうね。もう行かなきゃ」
 さゆみは、慌てて道端から離れて歩き出す。
「またね」
「うん、また!」
 スマホの時計表示は、道草をしないで行ってちょうど良い位の時刻を示していた。