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リアクション
第6章 本好きの2人
「腐った妄想が! 無限に! 湧き出続ける! らめぇぇぇ! しゅごいのおおお!」
隣で、ユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)が絶えず奇声を発している。何かが乗り移ったかのようなハイテンションでユウが書いているのは、次のイベントで売るための腐った同人誌の原稿だ。脳内に溢れるありとあらゆる腐の妄想を、文章の全てにぶつけている。
「えーと……この単語はなんだっけ……」
すぐ近くで、ましてや自分が頭を使う作業をしているところでそんな奇矯っぷりを発揮されたらウザったいことこの上ないが、皆川 陽(みなかわ・よう)はユウを全く意に介さずに辞書を捲っている。
――慣れているのかもしれない。
「あ、そうそう。こういう意味だったよね」
騒がしい隣とは対照的に、落ち着き、地味で、静かである。机に向かうその姿は、学生とはこうあるべきというテンプレートそのものだ。
とはいえ、陽が今やっているのは勉強ではない。同時に勉強にもなるが、それは仕事だった。彼は、出版社から翻訳のアルバイトを請け負ったのだ。実家が日本のサラリーマン家庭であり、他の生徒と比べればただの庶民の陽だったが、彼も薔薇の学舎の生徒である。『おおよそどんな進路でも選ぶことができます』と学舎説明に書かれている通り、彼が交流していた先輩――卒業生の中には本が好きで出版社で働くようになった者もいる。今回は、その先輩からの頼みだった。
パラミタの出版業界は、空京を玄関口に地球文化が流入してくるようになってから様変わりしていた。否、その殆どは地球人達が確立していったものであるからこの言い方は正しくないかもしれない。シャンバラ地方に6校が出来てから様変わりしていた、という方が正しいだろうか。地球とシャンバラだけで行われていた文化交流は今やパラミタ全土にまで広がっている。関わりが増えれば扱う本の種類も増えるというもので、言語や風習等、現地に実際に赴いて調べるのが難しい仕事が契約者の担当になっているのだという。
このアルバイトもその一環で、今、陽に翻訳依頼をしてきた先輩はニルヴァーナに出張している。明後日には帰ってくるという話だったし、それまでには終わらせておきたいところだ。
本1冊とか、そんな大きい仕事ではない。A4用紙数枚の翻訳ではあったが、それでも陽には嬉しいし、仕事自体が面白い。
今回は、英語文をシャンバラの文字に書き換える仕事だった。地球人と契約していないパラミタ人の中には、地球の文字を読めない者達も多い。
「あ、ここは、本を確認しとこうかな」
机から離れ、布団の周りにある本の山から日本語で書かれた旅行書を探す。目当ての本を引っ張り出すと、高く積み上がっていた本がぐらついた。
「あああ、また本タワーが崩れちゃうー」
慌てて本のバランスを整え、倒れずに済んだことを確認してほっと息を吐く。
「本当にそろそろ片付けないと……」
積み上がった本は、政治の本、歴史書、技術書、恋愛小説から冒険譚や随筆まで色々だった。場所が無いから積み上げているだけで、所謂積読――未読の本は無い。
ジャンルを問わず、陽は本を読む。現実には行きたくても行けない場所が沢山あるし、そんなに多くの人と知り合って話が聞けるわけでもない。けれど、本なら住んでいる国の違いも関係ない。生きている時代の違いすら超えられる。
だから、彼は本が大好きだった。
「やっぱり、文章に関わる仕事がしたいなあ……」
旅行書を抱えたまま、本タワーを見て陽は呟いた。今日、こうしてアルバイトをしてみて思った。何となくだが、将来は文章を使って人と人が繋がり合うのを仲介出来たら良いな、と思う。
「何だ、キミもほも小説が書きたくなったのか? 今なら夏のイベントに間に合うよお?」
「えっ、そ、そういうのとはちょっと違うかな……」
呟きを聞きつけたユウが茶々を入れるように言ってくるのに対して、陽は少ししどろもどろになりつつ話してみる。
「……卒業はまだ先だけど、大学出たら何がしたいかそろそろ考え始めないとだし……先輩や、友達のお父さんとかでも本に携わってる人はいるし、そういう人達から紹介してもらって出来ないかなあって。もちろんまだ学生だし、それなりの小さな事からやらせてもらえれば……それが、将来への第一歩に出来たらなぁって」
まだ迷っているし、本当にその道に進むかどうかも分からないけれど。
「へえ、陽はそんなことを考えるんだなあ」
将来自分が何をしたい、とかそういった類の夢を抱いた記憶が無いユウは、珍しいものを見た、というように陽に言った。本好きなところは同じだが、自分はこれより前の陽と繋がっているのかもしれない。
「あんま人にだけ頼って寄りかかりすぎるなよ」
そんな事を思いながら、とりあえずユウはそれだけ言った。陽の口から、誰かの伝手を頼る方法しか出てこなかったのが気に掛かったからだ。
「え? う、うん……」
意味が分かっているのかいないのか、陽は戸惑い気味に頷いた。
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