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リアクション
●スプラッシュヘブン物語(7)
ステージでは着替えて登場したローラが、アイビスにインタビューをしている。
新曲のプロモーションでもあり、一方でローラの売り出しでもあるということだ。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)はうなずいて、妻の山葉 加夜(やまは・かや)の手を引いた。
「よし、もうこれでいいかな」
「涼司くん、今の歌、良い曲でしたね」
「そうだな。それに、ローラが元気にやっているところも見れた。ほら、ローラは一時、俺の秘書だったから気になって」
「ええ。リハビリを兼ねて、でしたよね。お綺麗な人で……」
「そうかい? だが俺からすれば、加夜以上の美人はいないさ」
「涼司くんったら」
気恥ずかしいけれど嬉しい。涼司がこうやって戯れてくれる相手は自分だけだと知っているから、誇らしくもある。
今日、ふたりは夫婦の思い出を作りにスプラッシュヘブンを訪れていた。
手はずっとつないでいる。誰に見られても恥ずかしくないし、堂々としていられる。
涼司は有名人であり重要人物なので、道行くとほうぼうから声をかけられたり、ときに取材のマイクを向けられたりするのだが、
「悪い。今日はプライベートなんで」
といちいち断ってくれた。ときには、
「妻とのデートなんだ」
とも言ってくれた。すると皆、うらやましい、などといって解放してくれる。
いつの世でも有名人の妻というのは気苦労の多いものだが、すくなくとも加夜に関しては苦労よりも、涼司が守ってくれるという安心感が先に立った。
流れるプールで遊びながら、ふと思いだしたように涼司が言った。
「ところで……変な意味でなくて聞いてほしいんだが」
「はい?」
「そ……その、誤解しないでくれよ。セクハラじゃないんだ。お、夫としての率直な感想だぞ」
オホン、と空咳して涼司は意を決したようだ。
「……胸」
「ええ」
「…………大きくなってないか……?」
「え?」
そうでしょうか、と加夜が言った途端、プールの流れが増して彼女のビキニは取れそうになった。
「きゃっ! や、やっぱり涼司くんの言う通りかもしれません!」
「ああやっぱり……って、うん、これはいやらしい意味ではなくてだな……」
こういう話は苦手なので、また涼司はオホンオホンと空咳するのだった。
「……涼司くんのおかげだと思います」
するとますます、涼司の空咳は増すのであった。オホンオホン。
つぎに二人は高速ウォータースライダーに向かった。二人乗りのスライダーだ。
加夜は、
「キャー!」
と大声を出して楽しんだ。しかし着水するや、
「楽しかったです! また滑りに行きましょう!」
元気にこう言うのだ。そういえば、以前涼司とスプラッシュヘブン一緒に来たときに気に入ったような記憶がある。
こうして遊んでトロピカルドリンクで一息ついて、やがてカップル用のプールに二人は向かった。
どちらから誘ったわけでもないのだが、ごく自然に。
――前ほどは照れないけど……。
それでも、体を密着せずには入れないプールに二人で体を浸すのは、胸が高鳴る。
水温は冷たく、それゆえに、暖を求めて抱き合うような格好になる。
椰子の木が絶妙に配置されており、二人の様子は外からはうかがえない。
だから、
「愛しています、涼司くん」
「俺もだ」
普段はなかなか言えないような睦言さえも、自然に唇にのぼらせることができる。
抱きしめあう。体を密着させる。
たくましい涼司の胸板が、やわらかな加夜の胸を圧迫している。
魂ごと彼に抱かれているような安心感があった。
――ずっと一緒にいたい。
加夜は思った。できることなら永遠に。
せめて今は抱きしめ合いながら、もう少しこのままで。
バロウズ・セインゲールマンは次に、パティ・ブラウアヒメル、かつての『クランジΠ(パイ)』に声をかけていた。
「ごめんなさい。夫婦水入らずのところ、邪魔するつもりじゃないんですが……つい見かけたので」
「いや、ワイからすればバロウズさんは義理の兄だから。いや、義理の弟? まあいいか」
七刀切は笑って、一歩引いてパティとバロウズの会話を見守った。
「あらオメガ?」
過去には色々とあった。だがパティはもう、まったくわだかまりなくクランジの『兄弟(ブラザー)』を迎えた。
「最近どうしてるの? そっちはカノジョ?」
「いえ、パートナーのアリアです。あと、できればバロウズって呼んでくれるほうがいいんですけれど……」
と苦笑気味のバロウズの背後で、アリア・オーダーブレイカーはパティにだけ見えるようにVサインを出している。「ご名答!」とでも言うかのように。
「それなりに元気にやっていますよ。今ある、自分が幸せだと思うものは何か訊こうと思っていたんですが……それこそ野暮ですね」
「そうね」
ぱしっと彼女は、バロウズの肩を叩いた。
「がんばんなさい、あんたも」
と言いながらパティの目は、バロウズではなくアリアを見ていた。
いつの間にか及川翠と椿更紗の姿はどこにも見えない。
きっと翠が、更紗をガンガン連れ回しているのだろう。
更紗には気の毒だが、おかげで、ミリア・アンドレッティとスノゥ・ホワイトノートは、ふたりっきりの時間を楽しむことができている。
カップル限定のエリアに、二人は足を踏み入れていた。
静かな場所を求めた結果そうなった格好だ。
「うわ〜、見て! 小さいプールよね、スノゥ」
ミリアはカップル用のプールを見つけて声を上げた。ミリアはこの目的を理解しておらず、一人で入るためのものかな、とか、個人用の温泉……? とか言って首をかしげている。
「あ〜、これはですねぇ〜」
のんびりしているようで、実はしっかりしているスノゥは、たちまちその用途を見抜いていた。
「恋するふたりが一緒に入るためのプールなんですぅ〜。こんな風にぃ〜」
するりちゃぽんとスノゥは先に水に入り、そうしてミリアを引き込んだ。
「ひゃ、冷たい!」
ミリアを驚かせたのはプールの狭さ深さよりまず、水温の冷たさだった。
「スノゥ?」
そうして次にミリアは、自分の腰に回されたスノゥの手の温かさを知った。
嬉しさと照れが良い感じにブレンドされた状態で、体温が上がってくるのをミリアは感じている。
「こ、こんなところ誰かに見られたら恥ずかしいよ……」
「大丈夫ですぅ〜、ほら、椰子の葉陰ができているじゃありませんか〜。外からは見えませんよぅ」
「あ、本当だ……ってことは……」
「いちゃいちゃし放題ですぅ〜」
と言って唐突に、スノゥはミリアの唇を奪った。小鳥がついばむような軽いキスを三回、そして、息もできないような長いキスを、一回。
「スノゥってば……ときどき大胆だから、びくりしちゃうよ」
「そうですかぁ〜?」
いつの間にかふたりの両手は、指を絡め合って結びついていた。
脚も絡み合っている。スノゥの太股の感触が、ミリアの同じ場所に伝わってきた。
ぽてっ、とミリアはスノゥの胸に自分の顔をうずめた。
「しばらく……」
「しばらく、なんですかぁ〜?」
「しばらくこうさせてもらって、いい?」
「いいですよぅ〜」
そう言ってスノゥは、ミリアの額に接吻したのである。