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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●花火大会の夜

 からころとなる下駄の音(ね)は、聞いているだけで心が躍る。
 実際、ちょっと踊りだしたいくらい。
 秋月 葵(あきづき・あおい)は浴衣姿。くるっとまわって帯のデザインを秋月 カレン(あきづき・かれん)に見せた。
「見て見て〜。あの帯、巻いたらこんな風になるんだよ〜」
「うわ〜、あおいママ、とっても素敵です〜」
「そんなカレンの浴衣も可愛い! そろって新調した甲斐があったね〜」
 きゃっきゃと笑いあい互いの浴衣を褒め合う、これもまた夏の楽しみだ。
 二人はおそろいの浴衣姿、手をつなぎ下駄をならして、向かうは花火大会だ。
 華やいだ場所が近づくにつれ、やはり浴衣姿の男女が多く見られるようになる。
 屋台も増える。
 ソースの香り、綿飴の香り、射的がポンと跳ねる音、そして目にも鮮やかな紅い宝物……。
「あおいママ〜、あれ、見たことあるよ。えっと、リンゴあめ〜」
「そう、よく知ってるねえ。じゃ、ひとつ買ってあげようかな」
「わーい♪」
 串に刺さった真っ赤な林檎は、硝子細工のように美しい。ちょっと食べるのがもったいないくらいだ。
 しばらく行くうちに夜空に、もう大輪の花が咲き始めた。
 赤い花火。
 青。
 黄色。
「ねぇ、あおいママ〜 花火ってお空に咲くお花さんみたいできれいだよね〜」
 カレンはそう言ってともすれば立ち止まりそうになるので、葵はそのたびに、「エレンが待ってるから」と声をかけざるを得なかった。
 さて、
「エレン、場所取りご苦労様〜」
 やがて河原の土手の一角、特等席をとって待つエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)のところに葵とカレンはたどりついた。
 エレンは自ら、
「葵ちゃんもカレンちゃんも小さいですから……人混みを避けて花火がちゃんと見える場所を確保しなくては」
 と言って随分前から、この場所を確保していてくれたのだ。
 待っている間はのんびりと水筒に入れた紅茶を飲みながら、読書して時間をつぶしていたという。
「来る途中にあった屋台でたこ焼き買ってきたから、花火見ながら食べよ☆」
 葵はそう言って、アツアツのトレーをさしだした。
 ソースの湯気に乗せ、かつおぶしがゆらゆらと踊っている。見た目からしてもう美味だ。
「ありがとうございます」
 こうしてタコ焼きをつつきつつ、三人ならんで花火を鑑賞する。
 葵、エレン、ふたりの間にカレン。
 光が花咲くと数秒遅れて、ぽん、と炸裂音が鳴る。この不思議さよ。
「わぁ、キレイ……」
「すっごくキレイだね。お空にキラキラのお花さんいっぱい〜」
 葵とカレンはもう子どものように、夜空のキャンバスに見とれていた。
 このとき二人の瞳は、花火に負けずキラキラしているのだった。
「とってもキレイですね」
 というエレンは、花火と葵を交互に見比べていた。どっちに対して言っているのだか。
 そんなエレンの片手はずっと、葵の手を握っていた。
 花火の合間に、葵はエレンに声をかける。
「ねぇ、エレン…ちょっとこっち向いて……目を閉じてくれる?」
「はい」
 そして与える、軽い口づけ。
 ところがこれを見て、カレンは頬を膨らませたのである。
「ママたちズルイの〜。カレンもするの」
 そうしてカレンは二人の頬にキスして、二人から同時にキスのお返しを得た。
 
 沢渡 真言(さわたり・まこと)三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)も、浴衣姿で夜の祭会場を楽しんでいる。
 真言の浴衣は水色地、燕を思わせる涼しげな古典柄が描かれている。
 対するのぞみの浴衣は薄紫色の地で、朝顔の花の絵が散らしてあった。
 真言の青い帯、のぞみの赤い帯、いずれも劣らぬ二輪の花だ。
 空には大輪の花火が上がる、これを見るのも楽しい。
 ゆくてには沢山の屋台、これもきっと楽しいはず。
 けれどふたりは知っている。もっとも楽しいのは、ふたりでいられることそれ自体だということを。
 黒い髪、白いうなじ、ときどきびっくりするほど色っぽくなる真言の横顔を、ふとのぞみは魅せられたように眺めていた。
 どきどきしたりはしない、一緒にいるのが当たり前みたいな安心感がふたりの間にはある。
 だから何があっても大丈夫――そうのぞみは思う。逆に……離れていたって、お互いでいられる。
 でも、のぞみは知っている。一緒なら一番良いのだと。
 ――真言と一緒だから、こんなに楽しい。
 どんなことだって楽しめる。
 のぞみの視線に気づいたのではなさそうだが、ふと真言は彼女のほうを見た。
「どこに行きましょうか? あ、色々と屋台が出ていますから巡ってみましょうか」
「うん! そうしよう」
 少女ふたりは連れだって、大通りをゆくのである。
 たとえ真夏でも、夜ともなればそれなりに涼しいものだが、会場は熱気に満ちており、涼を取るにはいささか不向きだろうか。
 けれどもここにいれば暑さは忘れてしまうだろう。この場所は心躍る驚きに満ちている。
 これから幾歳経とうとも、提灯、裸電球、サイリウムや蛍光塗料、さまざまな光源が競い合う屋台密集地の光景は不変であろう。
 香ばしい匂いの数々も、おいでおいでとふたりを誘惑する。
 行き交う人たちの姿も、このハレの日に生きる喜びを、全身で表しているかのようであっった。
「射的、やっていいでしょうか?」
 昔懐かしコルクの射的場に、真言は興味を惹かれたようだ。
「そうね……でも、あたしはどうかな、弓ならそれなりにできると思うんだけど……」
「私は、射的なら少し得意なので」
 そう言って身を乗り出した真言の腕前は、まさに言葉通りであった。
 パン、パンと撃ってただ当てるだけではなく、狙う対象を効率的に倒す位置を的確にヒットしている。ためにかすぐに真言の手元には、キャラメルの箱、人形、小型ICレコーダー……と、様々な景品が積み上げられた。
「パートナーたちにも良さそうなお土産ができました」
 真言は会心の笑みを見せた。
「すっごーい」
 のぞみは惚れ惚れとした様子だったが、ふと視線の先にあるものに気がついて、
「あれって……」
 吸い寄せられるようにふらふら、屋台の行列に並んでいた。
 りんご飴。
 水で溶いた砂糖と食紅を軽く煮詰めて蜜にして、りんごに絡めてコーティングした菓子だ。
 よく誤解されるのだが、これは生のりんごに単に飴を塗りつけただけのものではない。熱い蜜をからめることでりんごの表面がうっすらと焼け、いわばレア焼きの味わいをかもしだす。目に愉しいばかりではなく、しゃりっとカリッの中間のような歯ごたえも楽しめる特別なキャンディーなのである。
「そういえば買ったことなかったな……ひとつ下さい!」
 その赤さと透明さに魅了され、のぞみはこれを購入した。
 表面を舐めつつ、真言はと探してみると、彼女は金魚すくいの屋台にしゃがんでいた。
「金魚すくいなんて久しぶり、と思いまして」
 こっちはそれほど上手にはいかなかった。けれど、かわいらしい赤い金魚を一匹、袋に入れて持って帰ることができた。小さなビニール袋の中で、小さな命が賢明に泳いでいる。
 それでもふたりの探索は終わらない。のぞみが、
「あっ、真言、見て見て! 向こうの屋台も行ってみようよ!」
 と、たたっとそちらに向かうと、
「なにか面白そうなものでもありましたか? あ、のぞみ、そんなに走ると危ないですよっ」
 こちらもたたっと真言は追う。
「うわー、真言真言、来て来て! スマートボールだって! なんだろう?」
 振り返ったのぞみは、笑顔だ。
 そんな彼女を見て、真言は確信する。
 ――のぞみが楽しんでくれることが、笑顔でいてくれることが私にとって一番大事。
 かつて、幼かったときよりもお互いの関係も、取り巻く環境も変わってしまった。
 ――けれど、のぞみの笑顔は、そしてそれを大切に思う気持ちだけは……。
 これからも一番大事にしたい――そう真言は思うのだった。