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ホタル舞う河原で

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ホタル舞う河原で
ホタル舞う河原で ホタル舞う河原で

リアクション

「その……。今夜、この先の神社で夜祭りがあるらしいんだ。一緒に行かないか?」
 神条 和麻(しんじょう・かずま)は思い切って、そう切り出した。
 『みんなで』はつけない。
 これはデートなのだ。
 少なくとも和麻はそのつもりだし、彼女にもそう思ってほしい。
 半分期待する目で見つめていると、ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)は、こくん、とうなずいたあと、照れ隠しのように笑って言った。
「へへっ。楽しみだね」


 それから、夕方に待ち合わせをした場所でルシアが来るのを待った。
 どんな風だろう? と考える。
 行くと決めてから細かく待ち合わせについて話しているとき、浴衣で行こうと約束したから、浴衣姿であるのは間違いない。
 想像しながらそわついて待っていると
「お待たせー」
 と明るくルシアの声がした。
 赤い下駄をカラコロいわせながらルシアが道を歩いてくる。
「待たせちゃった?」
「いや、そんなことは……」
「そう。よかった」
 と会話する間も、和麻の目はルシアの格好に奪われていた。
 浴衣は白地にピンクのなでしこ柄。髪は結っている。思わず「髪が」と口走ってしまったら、しっかりそれを耳に入れたルシアが髪に手をあてた。
「出がけに香菜ちゃんがしてくれたの。自分じゃよく見えなくて。浴衣とか、どっか変じゃない?」
 袖口をつまんでくるっと一回転して見せるルシアに、和麻はうなずく。
「全然」
 口にしたあとで、ああしまった、ここは「きれいだ」と言うのが正解だった、と思った。けれどルシアはにこっと笑って「ありがとう」と返してきたので、間違いでもなかったのだろう、と思い直していると。
「和麻も似合ってるよ」
 横から覗くように見つめられた。
 赤くなっているのを悟られまいと、顔に手をあてる。
「ああ、うん。……そろそろ行こうか」
「うんっ。楽しみだね、お祭り!」
 はしゃいで、よっぽど楽しみにしているのか小走りで少し前を行くルシアのあとを追うように、和麻も歩き出した。



 そうして夜店をひととおり回ったあとの帰り道。
 2人でかき氷を手に川沿いの土手を歩いた。
 ルシアはイチゴ味のかき氷だ。それを、先がスプーンの形をしたストローですくって食べている。
 和麻はすでに自分の分を食べ終えていて、射的で取ったクマのぬいぐるみを脇に抱えていた。巨大というわけではないが、結構大きい。札を落として取ったとき、店の主から手渡されたクマのぬいぐるみにルシアは歓喜して、ぎゅっと両手で抱きしめてほおずりをした。
 だから、これも喜んでもらえたんだと思う。
 何をあげれば、何を言えば、ルシアが喜ぶのか。恋人同士になったとはいえ、実はまだよく分からない。ほとんどすべてが手さぐり状態だ。
 何を言えばルシアは喜んでくれるんだろう? 間違ってボタンを押し間違えてしまわないか、毎回少し不安だった。拗ねるか、怒るかされたらどうしよう?
 そうされないためにも、ルシアのことをもっともっと、たくさん知っていきたいと思った。
 今日もいろんなルシアが見えた気がする……。
「あっ、あれ何!?」
 突然ルシアが声を上げて、和麻の横から走り出した。
「おい、転ぶぞ」
 和麻はあわてたが、ルシアは身軽にひょいひょいと土手を下りて、河川敷へと着く。そして群れ飛ぶホタルへと視線を巡らせた。
「光ってる。これ、虫?」
 ルシアが伸ばした手の先で、ホタルは伸びてきた指から逃げるようにUターンして戻っていく。
「ホタルだよ」
「ホタル?」
「そう。なんでも、ここの人たちが保護して、毎年育てて増やしているらしい」
「ふぅーん」
 話しているうちに1匹のホタルが飛んできて、ルシアの襟のところにとまった。
「きれい」
「うん。きれいだ」
 和麻が自分を見つめてつぶやいたことも知らず、黄色い光を発するホタルを見てルシアは喜ぶ。
 そっと指先で触れようとすると、やっぱり逃げられてしまった。
 上に上がっていくホタルを、ルシアはじっと見つめる。
「持って帰ることはできないけど、捕まえて、見ることはできるよ。そうしようか?」
 提案に、ルシアは首を振った。
「ううん。嫌がってるのに、かわいそうだから」
「そう」
「ねえ。どうしてあんなに光ってるか、知ってる?」
「ええと……。まだよく分かってないんだけど、ああやって体の一部を光らせているのは、オスとメスで通信をしているらしい。お互いを探してるんだよ」
「探してるの? あんなにいっぱいいるのに?」
「いっぱいいても……やっぱり、互いの相手は1人だからじゃないかな」
「探して、何をするの?」
 無邪気に訊かれて、和麻はためらった。
 そこはもう虫だから。ルシアも知識として持ってはいると思うのだが、たぶん結びつかないのだろう。
 返答を待っているルシアに、和麻はこほっと空咳をして、頭を下ろして顔を近づけ、そっと…………ほおにキスをした。
「こういうこと」
 唇に残る、やわらかくてすべすべしたルシアのほおの感触に、赤らんだほおを闇にまぎれさせていると、ルシアが精一杯爪先立ちをして、かすめるようなキスを和麻のほおにした。
「おかえし」
 かかとを下ろし、ふふっと笑うルシアを見て、衝動的に和麻はキスをしたくなる。今度こそ、その唇に。
 だけど――……。
「もう遅いから、そろそろ帰ろう」
「うん」
 うなずいて、ルシアは和麻の手を借りて土手の斜面をのぼった。
 熱心に今見たばかりのホタルのことを知りたがるルシアの質問に答えながら、和麻は思った。
 このことを知られたら、度胸がないと言う者がいるかもしれない。
 だけど俺とルシアの関係もまだまだ微妙なラインを維持したままだ。
 俺はまだルシアのことを知ろうとしている最中で、きっとルシアの方もそうなんだと思う。
 だから、お互いもっと関係が進展したとき。ちゃんとしたキスをしよう。
 早いか遅いか、関係ない。
 ペースは2人でつくっていけばいい。
 これは2人だけのことなんだから。


 蒼空学園の寮の門まで和麻はルシアを送って行った。
 今夜は香菜の部屋に泊まって、2人で夏休みの予定について話すらしい。
 別れ際、和麻にルシアは礼を言った。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「俺の方こそ。一緒に行ってくれて、ありがとう」
「ううん。すっごく楽しかった。また誘ってね。私も和麻のこと、いろんな所へ誘うから」
 笑顔のルシアを見下ろして、和麻は自分が間違っていないとあらためて思った。
 強引に進めて、この笑顔を曇らせてしまいたくない。この笑顔を守るためなら、何でもできる。
「じゃあ、またね」
「うん。また」
 手を振って別れる。
 あわてなくても、自分たちは大丈夫。いつか自然と2人の仲は深まるだろう。
 そう確信して、和麻は星空の下、家路へとついたのだった。