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リアクション
一周忌
『人の生の価値は道程に何を為したかで決まる……私は、幸せだったわ』
それが、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)の最後の言葉だった。
30歳まで生きられないと宣告されていた彼女に奇跡は起こらず、20代の内に、この世を去った。
日系ロシア人のイーリャは優れた強化人間候補の一人だったが、16歳の頃に生物テロに巻き込まれ、重度の障害を負った。
その後研究者に転向し、自らが遺伝子提供したジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)と契約をして、情操教育を託され海京へと出向した。
海京では20代にして幾つもの実績を残しており、同業者の中ではそれなりに有名だった。
派手な活躍をするパイロットとは違い、彼女の名前が世界に知れ渡ることはなかったが、研究者として職人として、必要とされていた有能な人物だった。
世界の危機が去ってから数年後。生物テロの後遺症が急に悪化をして、役目を果たし終えたかのように、彼女は永眠した――。
「もう1年になるのね」
イーリャの故郷であるロシア西部、ノヴゴロド。
彼女はここに埋葬された。
ジヴァはイーリャの墓標に花を供えた。
彼女の一周忌に、ジヴァはヴァディーシャ・アカーシ(う゛ぁでぃーしゃ・あかーし)と共に、この場に訪れていた。
「ママ……っ……」
ヴァディーシャの目にじわりと涙が浮かぶ。
ヴァディーシャはイーリャの子供だった。ヴァディーシャのいた未来では。
自分が過去のイーリャの元に来て、変わった未来がある。
でも結果的に、イーリャは早く亡くなってしまった。
「本当に、いきなりいなくなっちゃって……最後になって、無責任なんだから」
何も言わない墓標に向かって、ジヴァが語りかける。
「…………」
何の音も聞こえない、誰の声も響いていないけれど……ジヴァとヴァディーシャの頭にイーリャの姿が浮かび、想いが響いた。
「……大丈夫よ。
ヴァディーシャもいるし、なんとかやってるから」
「ん! もう大丈夫です、泣いてないです……っ」
涙をのみ込んで、ヴァディーシャは頑張って笑みを浮かべる。
「また来年も来ますから……ボクとジヴァのこと、見守っててください……です……」
笑っているのに、涙がぽたりと落ちた。
「泣いてないです、ボク、笑ってます。元気にしてます……」
「そうよ。思い出してちょっと感傷的になっちゃってるけど。ホント、あたしたち、上手くやってるから」
ジヴァは少しだけ切なげに微笑んで、墓標に語りかける。
「だから、安心して休んでちょうだい」
「ゆっくりゆっくりしててください……です」
2人はしばらく、お墓の前で立っていた。
言葉はもういらなかった。
沢山の思い出が、イーリャの姿が2人の心の中に浮かび上がっていく。
もう、戻ってこないけれど……。
決してなくならない、過去。
彼女がいたから、いてくれたから……自分達は在る。
長い間、思い出に浸り、心の中でイーリャと会話をしたあと。
「さ、行きましょう」
「ん。ママ……っ。また……きます」
「またね」
ヴァディーシャとジヴァはイーリャが眠るお墓に笑顔を向けて。
それから、一緒に歩き出す。
自分達の家、イーリャと過ごしてきた自分達の故郷に帰るために。
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